真銀週間(4)
「拾った。」
「拾った。」
「クロ〜、弟か妹か分かんないけど、兄弟だよ〜。」
「にゃ……。」
成猫サイズになったクロだが、自分より一回りほど小さいだけの子犬の扱いに困っている。バルトもだけど。
「アンッ!」
くるくると走り回る白い子犬。
「この白い毛……まさか、フェンリルか?」
「多分……?」
わたしがフェンリルを子犬から躾けたいとか願ったからだろうか。ワーグがスライムを経由してフェンリルの子犬になってしまった。
「ウチの子にしたいんだけど、いい?」
「それはもちろんだが。」
「とりあえず、何をするにしてもクロ優先ね。上の子を優先しないと精神不安定になったりグレるっていうから。」
「あ、ああ。分かった。」
いやしかし可愛いな。すっかり猫派になった気でいたけど、犬も可愛い。フェンリルは狼なんだけど。ずんぐりむっくりしてるのがまた可愛い。この子は大きくなる。だって、脚が太い。
「クゥン。」
ベッドに乗りたそうにしているので乗せてやると、バルトに駆け寄って手をぺろぺろ舐め始めた。あ、クロが怒った。
「カーッ!」
「ああ、クロ。よしよし、怖くない。怖くないよ。この子は新しい家族だからね。クロ、お前が兄だ。仲良く遊ぼうな。」
バルトは順応性が高いというよりはわたしに対してイエスマンになってる気がする。よろしくない傾向である。怒られるかと思ったのに。
「本当にいいの?」
「何故?いいに決まってる。それよりも、こんな小さな子、中層階に置いて帰れないだろう?」
それはそうだ。問題は……。
「またですか!?」
今回はシロと名付けたフェンリル(仮)の子犬を拾ったので、一晩ダンジョンで明かして明朝すぐに戻って来た。下層階はほとんど周らず、パナケイア池の水を回収しただけで終わった。我々がギルド本部に足を踏み入れると駆け寄って来た職員に「何をどれだけ取って来ました!?」と聞かれ、パナケイアとフェンリルだと言うと失神された。取って来たパナケイアを樽に出すとまた失神者続出。現物支給がいいと言うと、半分持ってけ、採取量は虚偽申告しとくから、とコソアード国ギルド協会会長に言われる。トップがそういうなら有難くもらっておくことにした。わたしの足元をうろつくシロを見て、盛大に嘆息していた。可愛いだろ?白い毛玉がコロコロと転げ回ってるみたいで。
「とりあえず、その犬の登録手続きを行なってくれ。どうせまた飼育するつもりなんだろう?」
「ええ、まあ。」
「ゼーキン卿。家族であると言うならば躾はしっかりとお願いしますよ。」
そう言いながら会長の視線は完全にわたしにロックオンされていた。わたしを躾とけって言ってんだな、このオッサン。やらかしが多いのは認めるが、可愛いは正義だろ?こいつにわたしの躾とか言うと明後日の方向に変換するからやめろ。
「分かっている。シロは立派な戦士に育ててみせる。」
額面通りに受け取ったらしい。いや、素知らぬ振りをしているだけか?
「鑑定はこちらで行いますか?」
「いや、明日カーテン卿と約束があるのでそこで。後程詳細を追加申告する。」
またわたしを置き去りに話が進んでいる。会長がわたしとは話そうとしないから。問題児扱いだ。甚だ遺憾である。
「その方がよろしいでしょう。あの方より詳細な鑑定を出来る鑑定士は我が国には他におりませんから。」
そんな方が気軽に鑑定してくださることに感謝しよう。お礼はポーションの詰め合わせでいいだろうか。あの人、鑑定士一本でも食べていけるんじゃないか?
モンスター登録申請書に書けるところだけ書いて提出し、明日、詳細を追加申告することになった。
「これはこれは……シロくん、こんにちは。」
オスだった。まあ、何となく予想してたけど。
「アンッ!」
しっぽが千切れて飛んでいきそうなくらい激しく左右にフリフリしている。犬の尻とはなんて可愛いんだろう。臀部のモフモフが可愛すぎる。それにしっぽが生えてるなんて更に。そういや魔王様もしっぽがあるんだよは。アレは可愛いとは思わない。気持ち悪いとか怖いってわけでもないけど。
「フェンリルの幼体、生後二日。現在の体長に対しては生後一か月半相当。知能は人間の二歳児相当。体調は健康。スキルは三つか!さすがワーグの王だね!ひとつは……クロと同じく〝威圧〟。二つ目は〝攻撃力強化〟で最初から他者への付与がついている。群れで生きるモンスターだからかな?その分この子の体力と精神力が削られるからそこは気をつけて。三つ目は〝熱操作〟。何だろうね?聞いたことがないなぁ。」
「フェンリルって、口から火を吹いたり、敵を凍らせたりするんですよね?」
図鑑にそう書いてあった。ドラゴン並みにトンデモモンスターだ。敵にはしたくない。
「そうだねえ。じゃあ、それはドラゴンと違ってスキルによる攻撃ってことだったのかな?」
カーテン氏は首を傾げながらシロの顔を覗き込むと鼻をペロリと舐められて笑った。わたしの頭にはクエスチョンマークだらけだ。バルトを見ると解説してくれた。
「フェンリルの生態はよく分かってないんだ。滅多に現れないし五体満足の状態で狩られることはまずないからな。」
どっちみち五体満足でも生きてはいないんでしょ?シロがそうなったらと思うとゾッとする。
「ドラゴンよりも出現率が低いからねえ。だからこそフェンリルの毛皮は貴婦人にとって憧れなんだが……シロがそういう方向で狙われる可能性もある。周囲にはよく気をつけるんだよ。欲に目が眩んだ者は何をするか分からないからね。クロ同様、本人……人じゃなかったな、シロを鍛えておくに越したことはない。登録の届出がされていれば、そのモンスターに害をなした者は罪に問われる。殺せば他人の所有物を破壊、誘拐すれば窃盗に値するから。」
分かっちゃいるけど所有物扱いされるとムカッとするな。カーテン氏はそういう目で見てるわけではないのは知っている。だが、そういう者が少なくない、特に上流階級には、ってことだ。
「まあ、離れて行動する時は守りを万全に。信頼する人にしか預けちゃダメだよ。バルト君は分かっていると思うけどね。」
「ええ。この子に危害が及ばぬように致します。」
「うんうん。そうだ。孫たちがね、クロと遊びたいと言って部屋で待ってるんだ。鑑定が終わったら庭で遊ばせてやってもいいかね?」
「ええ、もちろんです。」
「シロも行っておいで。」
「子犬とはいえフェンリルと遊べるとなると興奮するだろうなぁ。フェンリルはモンスターだけど美しさ故に憧れる者もいるからね。以前、フェンリルをテイムしたという他国の来訪者がいたそうでね。その伝説の名残だな。」
ウチのシロはテイムされたわけじゃないけどね。わたしの思考が生み出した愛玩動物……いや、家族だから。
クロの鑑定もしてもらい、レベルは順調に上がっていた。上がり方はこの世界のヒューマンと同じだからわたしや佐山くんのようにバカみたいに一気に上がってはないが、威圧で9、クリティカルで15なので充分だろう。知能は人間の五歳児相当。手を焼く時期だねえと子育て時代を懐かしみながらカーテン氏はクロを撫でていた。
カーテン氏と夫人も子どもたちと遊んで疲れ切ったクロとシロを愛でて、帰り際に冒険者ギルド本部によって追加申告をし、ヨックバール邸に帰宅。
「フェンリル……?」
「この子犬が?」
「かんわいい!」
「まっしろ!」
ワイーロくんとフーセくんに追い回されて、オーショックくんの後ろに隠れてしまった。オーショックくんは落ち着いたお兄さんなのでクロもよく逃げ場にしている。理想の息子、オーショックくんはシロを抱き上げて弟たちにしつこくするなと注意している。さすが長男。しっかりしている。
「シロ、弟たちがごめんね。」
「クゥン。」
「また冒険者ギルドで何か言われたんじゃないか?」
兄親子は昨日コーワさんの御実家に泊まられたので不在だった。今日がシロと初対面だ。ガーメッツ氏が笑いながらそう言うとバルトが諸々の事情を説明した。
「嫌味のひとつで済んだなら良かったよ。実験モンスターとして取り上げられてもおかしくないからな。クロのことも。」
「僕も職場でモンスター研究室の方に声をかけられました。もちろん断りましたけど、叔母はちゃんとモンスター登録しているからそんなことは出来ませんと。」
オーショックくん、叔母は気が早い。なんか外堀埋められてる気がする。
「いいなぁ、しかし。ウチでも飼いたいなぁ。」
「クロもシロも、ユキヒトが言うにはショウコの思念がダンジョンと一体化して生み出されたモンスターだ。スキル発動中でないと出来ないことだ。他の者には難しいだろう。」
「シロと一緒に住みたい!」
「クロと寝たい!」
「あなたたち、我儘言うんじゃありません。」
マイーナちゃんもコーワ夫人に抱かれながらクロとシロの動きを目で追っている。うーん、モンスターなのに子どもに大人気。
「カーテン卿はなんて?」
「シロは毛皮を狙って誘拐や討伐の対象になるかもしれないから自衛出来るようにしろと。預ける時は信用に足る者にとも言われました。」
「そりゃそうだ。コノではそんな相手がいるか?コートだってジンだって、フェンリルを前にしたらどうか分からんぞ。」
そんなにフェンリルって人気なの?確かに図鑑でもレア度は滅茶苦茶高かったけど。
「コートさんはともかくジンさんは大丈夫だと思います。余りそういうことに興味がなさそうなので。」
コートさん、シロの毛皮でキィさんにプレゼントを!とか考えないよね?その辺、正直、信用出来ない。あの人はそれくらいやりそうな気がする。
「何かあった場合の預け先はユキヒトです。コノに戻ったら最初から〝実現〟でそのような目には遭わぬようにしてもらうつもりでいます。」
佐山くんといれば安全安心ってわけじゃないけどね。もやしだから。おっと、悪口は言わないつもりだったんだけど。研究者もなるべく生捕りにしたいだろうし誘拐防止の文言をかけておいてもらえばいい。何にするかはまだ分かんないけど。
ふとシロを見るとコーワ夫人がオーショックくんにマイーナちゃんを預けてシロを肩に乗せていた。
「ねえ。こうして夜会に出られないかしら。生きたフェンリルの襟巻きなんて注目の的じゃない?」
「母上。いくらなんでもそれはよした方が……。」
「バルト、ショウコ、是非そうした方がいい。あの通り、御婦人の美への欲望は底なしだからな。」
わたしとバルトはしっかりと頷き、オーショックくんは呆れながらマイーナちゃんをあやしていた。
シロは訳も分からずコーワ夫人の肩に乗ったまま。
クロは完全に不貞腐れていた。




