スルースキルを上げよう(3)
わたしがゼーキン氏の名前を呼ぶ前に酒とお通しが出てきた。今の話はそのまま流して乾杯をする。
「レベル10到達、おめでとう。乾杯。」
「ありがとうございます、乾杯。」
ハイボールを頼んだ。この世界にはハイボールがなかった。他の客たちも興味深げに見ている。うん、割り方が上手い。勘がいいんだな。お通しも濃厚なクリームチーズにドライフルーツとナッツが練り込まれていて、オリーブオイルと粗挽きの黒胡椒がかかっている。女性向けに出してもおかしくないような品。見た目もよく、しかも美味い。何故美味しくて映えるものに目がない女性客が来ないんだろう。
しかし、これなら食事も期待出来る。わたしも常連になりたい。
「美味い。」
「ゼーキンさんの」
「バルト」
「バルトさんの」
「バルト」
しつこいな。無視して話を進めよう。
「お口に合って良かったです。店主さんすみません、この店ボトルキープ出来ます?」
店主さんは作業の手を止めて驚いた顔をして振り向いた。
「出来るけど……え、また来るの?」
「はい。皆さんお察しの通り、わたしは来訪者です。あとひと月もしたら街で一人暮らしをする予定でいます。そうしたらまた飲みに来ようかと。」
「そりゃ嬉しいけど、いいの?」
「ええ。独り身ですし、たまには自炊したくない日もありますから。そういう時にお世話になれれば。」
店主は視線をゼーキン氏に移した。何故ゼーキン氏。保護者だからか?何でため息なんだよ。
「私も一緒に来よう。」
「え、お断りします。」
「ね、姉ちゃん!そりゃダメだよ!」
隣のおじさんが青褪めて止めて来た。そんなにマズイのか?
「何でですか?」
「え!?何でって、領司様だし、姉ちゃんは来訪者だし、えー、ここの酒場はな、荒くれの冒険者ばかりで女一人は危ねえんだよ。キントーに迷惑かけないようにはしてるけど、絡まれたり、その後連れ込まれたりしても知らねえぞ?」
「大丈夫です。スキルで逃げ切ります。」
「そんな強えスキルなの?」
「認識阻害なので、相手はわたしがどこにいるのか分からなくなりますから。」
「普通認識阻害っつっても、熟練になれば気配で察知出来んだ。そういうモンスターとも戦わなきゃならねえからな。あっという間に捕まっちまうぞ?」
メーガー氏曰く、認識阻害は認識阻害としてスキルがあり、それはこの世界の人間でも与えられるものらしい。そのスキルの上位互換がわたしのスキルではないかと考えていた。レベル1の時点で、普通の認識阻害50くらいの効果がある。つまり、手練れと言われる人たちにも気配の察知は難しいと言うことだ。兵士の周りをグルグル歩いてみたが認識出来ず、走ってみても足音もしなければ風も立たない。剥き出しの土の上でも足跡がつかなければ埃も立たない。
何故なら、レベル10に達したことで、世界から認識されないという条件を獲得したからだ。ちなみにレベル5で最初の付加条件が付いた。付加条件がレベル5で出てくるのは滅多にないらしい。そちらは効果時間範囲指定の条件付けだった。コールの時に〝オールスルーレベル1〟と言えばレベル1の効果、〝オールスルーレベル5〟と言えばレベル5の効果、単に〝オールスルー〟と言えばその時のレベルの効果が現れる。
「そいつぁ、すげえな。」
「そうだ。ショウコはすごいんだ。」
ゼーキン氏の発言にオッサン共は生温い視線になり、そしてわたしをニヤニヤして見てくる。勘違いしないで欲しいわ。
「へい、サルモのタルタル、おまち。」
サルモのタルタル。サルモは汽水域に棲む魚らしい。身が薄い水色をしている。何度かムニエルやソテーで出てきた。味は普通の白身魚だ。青は食欲減退効果があるはずだけど、色のついた野菜が混ぜ込まれ、なかなかオシャレに仕上がっている。この人、何でこんな居酒屋してんだろ。大きなレストランとかでやってけそうなのに。
「領司さん。次は何飲みます?」
「同じものを。」
「へーい。」
もう飲み切ったのか。一気でもしたのか?わたしの非力じゃ引き摺って帰れないんだぞ。潰れたら最悪ここに置いて帰ろう。領館に戻ってお迎えをお願いすればいい。
「あとこれね。あちらさんから。」
「姉ちゃん!領司様!俺からのおごりな!お近付きの印に!」
先程見当違いのからかいをして来た厨房を挟んで向かい側に座る顔が真っ赤なオッサンから、見知らぬ甲殻類のアヒージョのようなものを差し入れてもらった。これはソフトシェルクラブ的なモノなのか?いい匂いがする。緑だけど。
「ありがとうございます。」
「あー、いい!いい!気にすんな!領司様、頑張れよ!キントー、おかんじょー。」
何を頑張れよなのだろう。深く考えてはならない。
手を振ってお別れした。金使い過ぎた、カミさんに怒られるかな〜と頭を掻きながらお帰りになった。だったら奢ってくれなくて良かったのに。
「しっかし、来訪者のスキルっつーのは規格外だな。」
相変わらずお隣さんはよく話しかけてくる。
「でも、このスキルで何の仕事をすればいいのやらでして。」
「そのスキルならば特殊公務員も出来よう。」
「それってスパイとかそういうものですよね?」
「否定はしない。だが、保護期間が残りわずかな現時点で身の振り方が決まっていないのは困るだろう。」
そうなのだ。我が師メーガーにもそろそろ就職に向けた実地訓練をしたいが何が合ってるのか分からないと言われている。特殊公務員のことも聞いたが、それはわたしがお断りした。スパイなんぞやりたくない。
「なあなあ、姉ちゃん!スキル見せてくれよ!」
え、いいのかな。
「店主さん。」
「キントーでいいよ。」
「キントーさん。ここでスキルを使ってもかまいません?」
「店壊さなきゃ別にいいよ。へい、フリッター三種盛りね。」
どうせアツアツだ。冷めるまでに実演してみよう。何かアイデアをもらえるかもしれない。
「ゼーキンさん」
「バルト」
「いいですか?」
「それはいいが、ショウコ。スキルを使って私の前からいなくならないと約束してくれるか?」
ゼーキン氏はいつの間にか三杯目も飲み切り四杯目に差し掛かっている。目が据わっているわけでもない。酒、強いのかな。強そうには見えるけど。
「大丈夫ですよ。帰り道で迷子になったらいい歳して恥なので。それに食い逃げはしません。」
「今だけじゃない。これからずっとだ。」
「それは時と場合によります。」
「何でそんなに我儘なんだ。」
「我儘ですか?え、皆さんも我儘だと思います?」
我儘でーす!と割と若めの酔っ払いが笑って手を挙げた。そんな常識は聞いてないぞ。隣のオジサンにも聞いてみるか。
「この世界では常識なんですか?それともこの国がそうなんですか?」
「男の我儘を素直に受け入れないのは女の我儘だな。」
「それ、男に都合が良すぎません?」
「嘘でもいいから男の我儘を聞いてやるのがいい女ってモンだよ。」
「嘘は私に通用しないぞ。私のスキルは〝看破〟だからな。」
「だそうですけど。」
「そりゃ参ったな。領司様、あんまり姉ちゃんを困らせちゃダメだぞ。本当に逃げられちまう。」
それは困る!と勢いよく椅子を倒してゼーキン氏は立ち上がった。来訪者は自由なんじゃなかったのかよ。結局囲い込みか。がっかりだ。