戸川祥子の日常(1)
「この子がクロです。クロ、ご挨拶。」
「み!」
「本当にシャパリュだわ。」
コノに戻り、領司館に泊まって翌日夕方寮に戻って来た。
バルトとお付き合いすることになった。みんなが何となく察しているのが気恥ずかしい。平日はお互いに仕事があるのでわたしは寮で過ごし、はたまたダンジョンに潜り、週末は領司館で過ごす。話し合ってそう決めた。
なんせスキルが51。泊りがけでダンジョンに潜らないでどうする。
問題はクロ。幼体のうちは寮にいていいと言われた。更に大きくなっても、マッタさんから許可がおりて寮の空いてる敷地に獣舎を建てられるならそれでもいいらしい。でも一緒に寝られないのはなぁ。屋敷建てるくらいなら領司館に住んだ方がいいような。でも、家族じゃないと一緒に住めないからなぁ。
クロはまだ猫の成体ほど体長はないが、オスだからか骨格がしっかりしている。それでも子猫らしいあどけない顔がまた可愛らしい。ふんふんとジュンさんの部屋を歩きながら匂いをかいで探検中。しっぽがピンと立っている。可愛い。
「クロ。」
「みゃ?」
「ちゃんと返事するのね。」
「賢いでしょう?可愛くて賢くていい子なんです。」
「ショウコ……アンタ、すっかり親バカね。」
そうは言っても親バカにならざるを得ない可愛さだ。しかも強い。素晴らしいパートナーである。
「わぁ〜!ホントにシャパリュがいるぅ!」
若者組が帰って来たらしい。シーラちゃんとメニちゃんだった。突然部屋に入って来たのでノックくらいしろとジュンさんに怒られている。
「遊んでいいの!?え、ちょっと待って、棒拾ってくる!」
「うわぁ、これからシャパリュ殺れるかなぁ。クロのこと思い出しちゃうよ。」
確かに。そんな弊害もあるのか。でもわたしたちのホームであるコッティラーノ第一ダンジョン、シャパリュ出ないんだよな。カーバンクルも。可愛い系が少ないのは良心が傷まず済む。アミルラージくらいか?それも野うさぎと同じ感覚で皆狩っている。タンパク源としか見られていない。つまり山の獣や家畜をベースにしたモンスターが多い。それもダンジョンの記憶なんだろうか。
メニちゃんが部屋を飛び出たと思ったら棒にリボンつけて戻って来た。じゃらしなら持ってたのに。外でやれとジュンさんに追い出され、わたしは調理室で今晩の飲みに向けて酒肴作り。クロはお姉さんたちにかまわれて楽しそうに遊んでいるのが窓から見える。微笑ましい。
「ショウコ、作り置きでいいからもう何か出してちょうだい。」
「ジュンさん、初っ端から日本酒ですか?飛ばしますね。」
佐山くんに出してもらった一升瓶を片手に調理台の隅にジュンさんが座った。ポケットをゴソゴソとして、「ハイ」と渡されたのは封筒だった。これ、ソヨウさんからの手紙では?
「どうしたんです?」
「しまってあったヤツ。それ、あげるわ。」
「なんでわたしに?」
「お祝い?読まなくてもいいわよ。」
「じゃあ、どうして?」
「何でかしらね。気分がいいから?」
大事なものを受け取れないと言うととりあえず持ってろと差し戻された。仕方ないのでマジックバッグに仕舞う。読むか読まないかはそのうち決めよう。
「あーあ。ショウコも寮を出ちゃうのね。」
「まだ出ませんよ?」
「結婚しないの?」
「まだそのつもりはありません。」
「アンタのその拗らせも、早くなくなるといいわね。」
拗らせって言われた。自覚はあるが、ジュンさんに言われるとショックだ。ジュンさんも大概拗らせてるような気がするが。
そこにこの寮で一番拗らせてるハンちゃんが帰宅。キョウちゃんも一緒だ。
「ショウコ、おかえり。」
「ただいま。もう飲む?」
「うん。」
「ねえ、あの猫!」
「クロだよ。」
「シャパリュ手懐けたってマジだったんだ。あ、ショウコ、アタシにもちょーだい。おちょこおちょこ〜。」
「ハイハイ。あ、その前にあの二人にも声かけてきてよ。クロにもご飯あげなきゃ。」
というわけで、ハナちゃんはダンジョンに泊まるそうなので六人+一匹で宴会だ。
「では。ショウコの帰還と新メンバークロの歓迎、あとショウコのAランク昇格と、それとショウコがこの世界に来て一周年記念、領司様とめでたくくっついた記念でなんかいろいろまとめてカンパーイ!裏切り者には死を!」
「ハン、それ祝ってないわよ。ショウコ、おめでと。乾杯。」
「ハンちゃんそればっか〜。かんぱーい!」
「ハンちゃんこそ自分のことなんとかしろカンパーイ!」
「出張お疲れさま。Aランクおめでとう。乾杯。」
「ありがとう。ハンちゃん、わたしまだ死にたくないんだけど。」
クロは気にせず出されたご飯を床でパクパク食べている。何でも食べるんだよな、この子。さすがダンジョン生まれ。
「結局、結局、結局じゃん!」
「まあ、いろいろあって。」
「え〜!?聞きたーい。」
「ナイショ。」
「ずるぅ〜い!キョウ!おひとりさまだよね!?アタシたち、おひとりさま仲間だよね!?」
「ハイハイ。ジュンさんもね。」
「ジュンさん、コノに来て一度も彼氏いないもんね!」
「ハン。その口縫い付けるわよ。」
横暴エルフ〜!とハンちゃんは騒ぐ。まだ一口しか飲んでないのにテンション高過ぎる。
「支部内で異動があってね。」
「異動?」
「ジンが第一に戻って来たのよ。それでハンが精神不安定なの。」
「はあ。また何で。」
ジュンさんとキョウちゃんの説明では、第一ダンジョンの評価が上がることになって、四月から正規職員の高ランク冒険者の配置人数が変わったらしい。ジンさんは第三専属だったけど、そこに第二のネンドさんが異動しブンボさんと二人体制、第二は新しく他領でAランクパーティになった人たちが移住して専属でつくことになったそうだ。
Sランカーは基本支部詰めだから、ゴズさんは据え置き。高ランカー正規職員は緊急事態はあっちこっち行かなきゃいけないけど、普段は後進の指導。第一の専属高ランカーはコートさん、ジンさんというAだけどS相当の実力がある二人となる。ゴズさんは頭数には入らないらしい。
Aランカーはソロでダンジョンの低層階に潜って帰って来られることが条件になるので、わたしはバッチリと当てはまっている。無念。
「第一、そんなに変わった?」
「低層階がね〜、結構強いモンスターが出るようになって。」
「そだね。ドラゴン系は出てこなかったのになぁ。」
「ドラゴン!?」
「そうそう。よく分かんないね〜、ダンジョンって。」
取説あっても意味不明だからな。佐山くんほど賢くないわたしはそういうものだと受け入れて場面場面で対処していくしかないな。
「ショウコ、明日からもう潜るの?」
「明日は一日瓶詰めかな。シディーゴ第一でポーションかなりもらってきたから。」
その前に瓶買わなきゃだな。買い物の間、クロどうしよう。街中を連れて歩いても大丈夫だろうか。犬みたいに散歩用リードを付けた方が周りの人が安心するかな。
「マジか。アレでしょ?エリクサーでしょ?」
「ネクターもだよ。他にも色々あるけど。」
「どうせこの子らにあげるつもりなんでしょ?原液なら腐んないけど、薄めると腐敗するわよ。アンタのマジックバッグならいいけど、他の子たちの鞄だとあっという間に使えなくなるわ。」
え、そうなの?そっか。時間停止機能ないと腐敗しちゃうのか。じゃあ、原液であげようかな。
「みんなどれくらい欲しい?」
「え。マジでくれるつもりだったの。」
「うん。大量にもらってきたし。」
「売れば?別に禁止されてないわよ。」
「そうなんですか?」
転売……にはならないのだろうか。まあ、ギルドや領に配布されたものじゃないからな。個人の報酬でもらったものだし。
「原液に安い値段付けられても困るけど、希釈液ならウチの診療所に置いてくれれば売っとくわよ。アタシも仕事が楽になるし。普段使いなら千倍希釈でいいのよ。」
マジか。三倍か五倍希釈くらいで考えてた。味は薄くて不味いんじゃないかとは思ったけど、薬湯飲むよりはいいかと思って。千倍希釈ならほぼ水じゃん。
今回冒険者個人に配布されたのは原液で一本10mlのすごく小さい小瓶。支部にはもっと大きな瓶であるけど、たった10mlでも体力が完全回復するし、軽い怪我なら治る。ちまちま詰めるのが面倒だから薄めて大きな瓶に入れるつもりだったけど、ちゃんと意味があったのか。
瀕死の重傷なら原液300〜500mlは必要だ。飲ませる分もあるけど、傷口にかけたりすることを考えると500mlある方がいいとのこと。また泉を干上がるくらい回収して来たモンだから、報酬は前回と合わせてエリクサーが浴槽二杯分、ネクターが浴槽一杯分くらい。来月またシディーゴに行くから、その時にもう一度取って来てもいい。
「とりあえずみんなには原液であげようと思います。」
「やったぁ!」
「あ、でも、あんまり口外しないでね。」
「いちいちこっちから言いはしないけど、どーせ誰も言ってこないよ。」
「なんで?」
「だってショウコだよ?言えるわけないじゃん。」
「そうそう!ゼーキン家にもヨックバール家にも睨まれたくないしね!」
「あたしたちみたいな庶民なんてすぐチョンだよ。」
セレブリティ出身のジュンさんとキョウちゃんを見ると苦笑している。
「まあ、そこまでしないと思うけどね。」
「マッタ次第だけど、昇格はしづらくなる程度の忖度はあるかもね。」
マッタさんはそんなことしないと思うけどね。
セレブリティ、こわ。




