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未練など 忘れさせてと 言ったから 四月十日は 転移記念日

「おかえり、ショウコ。」


「ただいま、バルト。」


「あ、まぁーーーーい!!!」


 いつものテンションに戻った佐山くん。うるさいな。


「クロ。パパのところにおいで。」


「み?」


 シディーゴでダンジョンに潜りまくったからか、クロはかなり大きくなった。ダンジョンにいると成長するらしい。謎である。


「可愛いな。」


「ウチの子だもん。」


「ああ、ウチの子だものな。」


 いや、それはわたしの子という意味なんだが。まあ、いいか。


「あ、まぁーーーーい!!!」


「どうする?領司館でこのまま預かってもいいが。」


「一度、寮に連れてく。みんなのこと覚えてもらわないと。」


「そうか。」


「アレ?無視ですか?」


 スルースキルなめんな。無視に決まってる。


「そんなことないよ、ユキヒト。ちゃんと聞いている。」


「バ、バルトさぁ〜ん!」


 何でお前の方が乙女な顔するんだ。ていうかさ。


「名前……。」


「ああ、それは」

「トガワさんが電話しない日も俺は連絡入れてたんで!首都にいる間、毎日電話してたんで!俺たちマブダチなんで!!」

「だから、今更、他人行儀なのもな。」


 依存しているようにも見えるんだが。一瞬、バルト返してよって言いそうになった。そういうのはよろしくない。わたしの信念に反する。


「もお〜、ユキヒトじゃ長いからユキでいいって言ったのに!」


「ユキヒト、いい名前じゃないか。世界で知らぬ者がいないこの名を友として呼べる栄誉にあずかれて光栄だよ。」


 大丈夫かな。わたし、今日このあとバルトと話をするつもりなんだけど。佐山くんに負けてる気がする。見つめ合って微笑み合ってるんだけど。まあ、まともな友だちいなさそうだからな、バルト。セレブ仲間には何故か塩対応だし。


「それにしても……」


「どしました?」


「ショウコが今日戻って来てくれてうれしい。」


「うん。」


「戸川さん、今日でここに来て一年ですもんね!出会った記念日だ!」


「いや、私がショウコに会ったのは転移した翌日だ。」


「え、そうなんです?」


「わたしが領館に来て最初に会ったの、そういえばロコンデさんでしたね。」


「覚えてらしたんですか?」


「今、思い出しました。」


 ロコンデ氏は大きな声で笑って、片付けがありますのでとアーブラ氏と共に下がって行った。いやホント。入口に立ってる姿見てそういやこんな背格好だったなと思ったんだよ。

 デンキー氏もさすがの長旅で疲れましたのでとご自宅に戻って行かれた。お疲れ会は別の日に行う予定。


「二人は大丈夫か?」


「疲れてますけど、飲みたい気分です。」


「わたしも。今日、泊まってもいい?」


 バルトが驚いて目を丸くした。なんだろ、自覚したら可愛く見える。あざとく少し首を傾げると何故か仰け反った。なんでだよ。


「み!」


「あ、ああ、クロもな。」


「俺……お邪魔です?」


「いや、いや。そんなことない。出来ればいてくれ。いて欲しい。」


 何故佐山に縋る。本能全開のバルトなら食い気味で来そうな提案だが、本能封印のバルトは及び腰なのか?その割には頬染めてるし。佐山もつられて照れてるし。なんなの、君ら。乙女なの?これじゃわたしが本当に美貌の領司様を手玉に取る悪女みたいじゃないか。


「それではお疲れさまでしたアーンド!戸川さん転移一年を祝し、かんぱぁーい!」

「乾杯。」

「乾杯。」

「みゃーんっ!」

「クロ以外ノリ悪ッ!!」


 クロは既に粉ミルクではない仔猫用牛乳をペロペロと舌で上手に掬い飲んでいる。


「ていうか、自分で言っててアレなんですけど、転移って祝うことじゃないですよね。」


 またダウナー佐山降臨している。死神佐山よりダウナー佐山の方が扱いづらい。


「ユキヒト。私はユキヒトに会えて良かったと思っている。」


「トゥンク!」


「それ口に出して言うモノじゃない。」


「や、普通にトキメキました。イケメンイケボの破壊力半端ねえ。」


 そりゃ良かったね。佐山くんのことはもういいや。飲も。


「二人とも、大変だったな。」


「色々ありましたからね。」


「クロと会えたからオールオッケー。」


「オールスルーの人がオールオッケーとか言ってる。」


 うっさい。スルーはスキルなだけだ。


 佐山くんは「あ」と言ってわたしのマジックバッグを指差して尋ねた。


「そういや、ポーションどうするんですか?」


「どうしよ。バルトには分けるつもりだけど。」


「領にはギルドとは別に配布されているぞ?」


「違うよ、個人的に。疲れたときに薄めて飲んで。あとは寮のみんなにもコッソリあげるつもり。」


 佐山くんとデンキー氏、そして兵士二人には帰路の休憩中に瓶に分けて渡してある。その場でも飲んだ。質のいいシートとはいえ、座りっぱなしは疲れる。


「余りおおっぴらにはしない方がいい。」


「それはもちろん。」


 二度目の採取で「お願いですから現物支給で持って帰って下さい」って言われたから、かなりの量あるんだけどね。本部職員の人は少しでも量を減らしたかったんだろう。


「もう一か月後の話だが、ショウコ、首都に行かないか?」


「ああ、五月の休み?いいけど、何で?」


「甥っ子たちから今回ショウコとクロに会えなかったとクレームが来たのと、クロの鑑定だな。シディーゴでかなりレベルが上がっただろうから。」


「確かに。一回見てもらいたいかも。」


「また車、出します?」


「飛んで行く方が速い。」


「うわ、便利。」


 クロは離乳食がメインになったので牛乳の後は茹でた赤身肉を砕いたものを平らげ、誰の膝に乗ろうか思案しているようだ。


「クロ。」


「みあ?」


「パパの膝においで。」


 バルトがぽんぽんと膝を叩いて見せると遠慮なくクロは飛び乗る。ジャンプも上手くなった。前はお尻が重くて飛べなかったのに。子どもの成長は早いな。

 でも、バルトが自分のことパパって言うの違和感。コートさんはよく「パパ頑張るからねーッ!」と目の前にいない娘さんたちに向かって叫んでいる。


「猫を撫でるのは生まれて初めてだ。」


「モンスターですけどね。」


「可愛いでしょ?」


「ああ、とても。撫でる手が止まらないな。気持ちがいい。」


「なでなで好きだからたくさん撫でてあげて。」


「うん。」


 ほんのりと頬が上気しているのは酒のせいか、初めて猫を撫でた喜びか。

 クロは安定したバルトの膝がお気に召したのか、食事中はずっと乗ったままだった。時折テーブルに伸びるバルトの手を見上げて動く頭がとても可愛い。


「さ、て、と!そろそろ俺は離れに帰ります。おーい、クロ。行くぞ〜。」


「みゃう!」


「やだじゃない、行くの!」


 バルトの服に爪を立てて離れまいとするクロと、それを引き剥がそうとする佐山くん。バルトはおろおろして手を出さないでいる。


「何でよ、連れてかないでよ。」


「いやいや、これから大事ィ〜な話、するんでしょ?お二人とも全然酒、進んでないじゃないですか。ホラホラ、クロ。パパとママはこれからイチャイチャするんだから、今日は俺と寝ような〜。」


 クロは渋々と爪を引っ込めて佐山くんに抱き上げられ、自ら肩に登った。え、行くの?行っちゃうの?


「ていうか、イチャイチャって。予定ないけど。」


「は?ダメです。してください。じゃ、おやすみなさい。」


 そう言って佐山くんは去って行ってしまった。それと共に、人払いも済んでしまった。事前に打ち合わせでもしてたのか?だけどバルトまでぽかんとしてる。浮いた左手はクロを撫でていたときのままだった。


「はあ。」


 自然とため息が出た。なんなんだ、アイツは。


「ショウコ。疲れてるだろう?ユキヒトはああ言ったが、別に話は今日でなくてもいい。もう寝るか?」


 寝たいは寝たい。眠いは眠い。だけど、物事には勢いが必要なときもある。このまま、話してしまおうか。その方がいい。


「今、話す。……って、言っといて、何から話せばいいのやら。」


「思いついたことを、一つずつ話せばいいよ。」


「うん……あ、そうだ。まず、バルトの、その、本能の話。」


「うん。」


「どうしてそんなことしたの?」


「あのままでは、ショウコの信用は得られないと思ったから。」


「まず、友だちから、お互いを知っていこうって言ったよね、わたし。」


「うん。ショウコのことは知りたいよ。だけど、番だから。それは私にも変えられないから。ショウコの何もかもが欲しいと思う。」


 ゴクリと自分が唾を飲む音が頭に直接響いた。わたしを見据えるバルトの瞳は熱がこもっている。だけどそのまま距離を縮めることもなく、バルトは体を背もたれに預けて話を続けた。


「ユキヒトにも、番のいる種の本能は子孫を残すための生存本能なのか、性欲なのか、本当の愛情なのか分からない、と言われて。ユキヒトの妻も虎の獣人だったろう?今でも分からないと言っていた。一方的に囲われて、グレップで過ごす中では助かった部分もあったそうだが、独占欲が激しく、嫉妬深く、執着心が強い妻を煩わしく思っていたと。それらは番のいる種に共通して言えることだ。妻が自分に向ける執着は自分の何に対してなのか、番の体液やフェロモンに反応するのは肉体に依るのではないか、自分の中身が全く違う人間であっても肉体が同じなら誰でも良いのではないか、よく悩んでいたと言っていた。ショウコもそう思っていただろ?だから、頼んだんだ。そこから始めなければ、本当のショウコを知ることが出来ないと思って。」


 佐山くんは奥さんのことを、ウザかった、でも、悪いヤツじゃない、そう言った。わたしがバルトに思うことと佐山くんが奥さんに思っていたことは同じだ。佐山くんはそれを奥さんに確かめられないまま。だけどわたしはバルトが目の前にいる。自分で聞かなければ。自分で言わなければ。


「わたしのこと、分かった?」


「以前よりは知ることが出来た。でも、全てじゃない。会えない時間に私の知らないショウコがいる。本能を封じる前はそれがとても苦しかった。今も、苦しくないとは言わない。でも……。」


「でも?」


「次に会える日が、前より楽しみになった。会えない時間は辛く苦しいだけだったのに。早く会いたいと思う気持ちは変わらないけれど、ショウコの足枷にはなりたくないし、ショウコが頑張っていると思えば自分も頑張ろうという気になる。番だと自覚してからはずっと、囲い込んで、閉じ込めて、私以外と関わらない方が安心出来ると思っていた。それがショウコの為になるのだと本気で信じてたんだ。」


「なるわけないよ。そんなことされたら心が死んでいくだけだよ。」


 わたしは人形じゃない。誰かと共に人生を歩むなら、手を引かれて後ろを歩くような生き方はしたくない。横に並んで、同じ歩調で進みたい。


「そうだよな……。そんな簡単なこと、思い浮かばないんだ。元々情緒の面で劣ると自覚はあったが、本能に支配されている間はそれが最良であると信じ込んでいたんだよ。母もそうだったしね。」


 そういえば、シディーゴ第一について来た議員たちが言っていた。議事堂にも乗り込んで来たって。さすがにそれはやりすぎだと思ってたけど、ソヨウさんも竜人の本能に抗えなかったのかな。ジュンさんの手紙にも、仕事について行かなくなったことを自分の〝成長〟と記していた。〝老化もしたけど〟という一言はブラック過ぎて笑えなかったな。


「本能を封印して、何か変わった?自分でも感じる?」


「ん?いや。ああ。変わったといえば変わったかな。ショウコから見てどうだ?」


「なんか……アッサリした。」


「あっさり?」


「割と初期からここに住めとか言ってたし、何かにつけて離れに来るし、距離近いし、離しても詰めて来るし、正直ウザかった。迷惑だった。だって、わたし、裏切られたばっかだったから。そんな気になれないのに、あんな風にされても、デリカシーないし、相手の気持ちなんて慮れないヤツなんて願い下げだと思ってた。」


「うん。ごめん。」


「一方的な愛情なんて迷惑なんだよ。普通の人間なら必ずしも相手と気持ちが通じるわけじゃない。通じ合ったと思ってた相手とも、簡単に壊れちゃう。それを番だから、一生好きでいられるって、重いし怖い。」


「うん。」


 思い浮かぶのは母の顔。わたしを祖父母に預けてから刹那的な男女関係を繰り返していたけれど、結局根底にはわたしの父親がいた。父親を超える人がいなかったのかもしれない。父親以外、本当に好きになれなかったのかもしれない。それくらい、父親を愛していたのかもしれない。


 その愛情をほんの少しでもわたしに傾けてくれていたら。


 本能のままのバルトのことも、受け入れられたかな。


「わたし、結婚するのが怖かった。本当は怖かった。子どもの話もしたことあった。でも、本当は怖い。だって、わたしは親の愛情を知らない。わたしは両親に望まれて生まれたわけじゃない。おじいちゃんとおばあちゃんは愛してくれたけど、父親はわたしのことを堕ろせと言って生まれる前に消えたし、母親は意地になってわたしを産んだけど愛してくれたわけじゃなかった。父親に似ているわたしに怒りと憎しみをぶつけて、憂さ晴らしだよ。わたし、サンドバッグだった。それにも飽きて、お荷物になったら自分の親のところにわたしを捨てて行った。」


「うん。寂しかったね。」


「佐山くんに聞いたの?」


「いや、ショウコから聞いたよ?」


「いつ?話した記憶ないんだけど。」


「初めてからだを重ねた日。」


 マジか。全然記憶ない。本当に、朧げな記憶。あとそういう言い方されると胸がざわざわする。

 わたしが黙ってしまったからか、バルトは苦笑して話を続けた。


「泣いてたよ。」


「泣いてたのに抱いたの?」


「泣いて抱いてと頼んで来たのはショウコの方だぞ?」


 は?んなわけあるか。自分を正当化すんな。先に手を出したのはそっちじゃないか。


「覚えてない?かなりやられてたものな。酩酊状態だったから。」


「わたし、なんて言ってた?」


「忘れたい。」


 それはずっと思っていたこと。


「忘れさせて、と。」


 覚えてない。でも、ウソじゃない。


 バルトの本能に当てられて出て来た本音だ。


 母に、父に、誰かに、愛されたかった。


 それがわたしの未練。


「バルトは、忘れさせてくれる?」


「忘れなくてもいい。だけど、そんなことを考える暇もないくらい、愛して幸せにするよ。」


 本当に?約束出来る?


「バルトに裏切られたら、わたし、佐山くんと一緒に日本に帰るからね。」


「そんな日は来ないよ。命を賭けてもいい。信じられないのなら、ユキヒトにスキルで縛ってもらおう。私がショウコを裏切ったら、死ねるように。」


 いやだ。死なないで。バルトまでわたしを置いていかないで。


 例え話のようなものなのに、体の芯が冷えていくのを感じた。

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