スルースキルを上げよう(2)
あれからまた一か月。レベル10までなら子どもでも上げられるというので、わたしは頑張った。そしてレベル10というのはスキルに於いて節目の時。またレベル上げの壁でもある。
10、50、70が代表的な壁で、もちろんそうでない者もいるが、レベルが上げにくくなる一方、効果が大幅に上がったり、持続時間や範囲の拡大があったり、指定条件を付けられたりと、往々にして大きな変化があるらしい。
こちらの世界の人々は成人の十五歳までにはスキルをレベル10に上げておくのが常識らしい。余程特殊なものでなければ、普通は平均で20くらいまでは上がっているものだと言う。かと言って、レベルを50以上上げる者はなかなか居らず、「最大の壁は50」とも言われている。
佐山氏のような∞はまず存在しない。どんだけこき使われたんだろう。〝純金一噸〟とか〝此男不老不死〟とか欲を書き付けてある紙が大量にあった。不老不死は叶ったのかと尋ねると、気が狂って死を望んでも死ねず、今ではどっかの山に引きこもっているらしい。その男はノブド国の昔の王様だそうだ。
ちなみに口伝えで残っていた佐山氏の言葉「オレ、漢検一級持ってるから」の意味がようやく判明して、ノブド国の使者たちは喜びに咽び泣いていた。泣くほどか。泣くほどなのか。
わたしは∞までは行かずとも、死ぬまでにレベルをカンストさせることを目標にした。メーガー氏には「泥棒に向いてますね」と言われるこのスキル。未だに使い道を見出せないでいることが少しばかり気がかりだが。
レベル8になった後、予定通り街へと検証に出掛けた。効果持続時間30分、効果範囲三十畳くらい。
スルースキルは認識阻害なのでメーガー氏もわたしのことを見失ってしまう。散歩の犬よろしくリードを持たされ、もう一つのリードの先はメーガー氏の手首に巻き付けられた。わたしが犬じゃないのか。
リードそのものは短いが、知らぬ人が見れば紐が宙に浮いているように見えるらしい。こちらからすればナイスな中年男性にリードをつけてお散歩する痴女。メーガー氏が気にした様子がないのだけが救いだ。そもそも彼の提案であるのだが。
このことを定期食事会でゼーキン氏に報告すると、何とも微妙な顔をされた。SMという概念はないが、異世界でもやはり変態性のある行為らしい。何故か自分が同行すれば良かったとこぼしていた。コイツMなのか?顔のいいM。怜悧な美貌のM男。界隈で需要はありそうだな。
こちらに来て五か月。何とかレベルが10まで上がった。ゼーキン氏から定期食事会の日でもないのに夕食を共にしようと誘いが来た。お祝いしてくれるらしい。
たまには外食しないかと言うので、それならば領館を出た後に困らぬよう、市街の一般的な食堂か居酒屋で食事がしたいと返答するとすぐに承諾された。遠回しに断ったのに。ハッキリNOと言わなければ伝わらない欧米スタイルなのか。
「私は余り外で食事をしないので、実は何処の店が美味いとかは知らないんだ。一応、いくつか部下に馴染みの店を教えてもらったが、そうでなくても君が気になるところを見つけたら入ってみよう。」
予想通りというかなんというか。知らないなら断ればいいのに。
世話係のキエラさんにめかしつけられ、ゼーキン氏のエスコートで繁華街まで徒歩で移動した。馬車かと思えばまさかの徒歩。運動不足ではあったので構わないが徒歩。ゼーキン氏が徒歩。
歩きながら雑談かと思いきや、仕事の話だった。
「総統が君に会いたいと言っている。半年の保護期間が終わったら、一度私と首都に行ってもらいたい。」
「拒否権は?」
「ある。その代わり、私が総統に嫌味を言われて、君の独占を疑われるかな。」
「では、わたしの代わりに総統に恨まれて下さい。」
そんな絶望感たっぷりの顔するなよ。面倒事は御免だ。断固拒否の姿勢を貫く所存である。血税に世話になった分は納税で返していきたい。
「実は君の指輪を競り落としたのは総統夫人なんだ。興味は湧かないか?」
「湧きませんね。」
しょぼくれた犬の耳と尻尾が見える。大型犬がショボンとするのは可愛いが、大男がショボンとしてもわたしの性癖には刺さらない。
しかし、ゼーキン氏と泊まりがけで出かけるのが嫌なのであって、総統に会うのは面倒は面倒だが即断即決で断るのも失礼だったな。一筆したためて送ってもらおう。慣れない世界でいきなり長旅は厳しい、まずはこの街で足元を固めたいと言えば理解してくれると思う。まだ字は辿々しいけど、それも含めてまだこの世界に馴染んでいないというアピールになるだろう。
「そうだよな。君にとってあの指輪は曰く付きだ。」
他人が言うな。殴ったろか。
「あれほど精巧なものではないけれど、今日の記念に指輪をプレゼントしよう。」
「いえ、仕事の邪魔になる可能性のある装飾品は極力避けてますので、お気持ちだけで結構です。」
普段は指輪なんかしないタチだったが、あの時ばかりはつけていて良かったと心底思う。ネックレスも煩わしく思うこともあるくらいだ。気にならないのはピアスくらいだな。
というか、気持ちもいらないわ。何でレベルが10に到達したお祝いが指輪なんだ。子どもだって簡単に到達出来るんだぞ?セレブの感覚が分からん。
「残念だ。またの機会にしよう。」
そんな機会は永遠に巡って来ないと思いますが。ゼーキン氏の様子から口に出すのは野暮だと思ったのでやめておいた。
「ここが飲食街だ。」
「おお。」
ズラリと店が立ち並ぶ目貫通り。大きい街の作りは基本どこも同じで、碁盤の目のように道路が整備されているらしい。大きな通りが東西南北に走って街を十六の正方形に区分け、その正方形を十字で切り、それをまた小路で分けている。京都みたいだな。といっても、規模はもっと小さいが。
大きな区画ごとに、役割がまとめられ、ここは商業地区。領館の前は行政区なので、一区分トコトコと歩いて来た。エスコートで。市街地に来るのにエスコートの姿勢が必要なのかは知らない。周りを見回しても、わたしらのようにキッチリとしたエスコートで歩いてる男女などおらん。手を繋いだり、普通に腕を組んだり、男が女の肩を抱いたりだ。
こんなの、日本人がするのは結婚式のバージンロードくらいなものなんだぞ。
だが、今はそれよりも。
「何だか人によく見られる気がするのですが。」
「来訪者が現れたことは周知されているからな。私と歩く、めずらしい黒髪の女性となると君が来訪者だと考えたんだろう。一応私も領司として名と顔は知られているが、このようなところに女性同伴で来るのは初めてだから。」
それってむしろゼーキン領司が女連れて歩いてる!?で注目されてませんかね。全部コイツのせいにしておこう。
「黒髪はめずらしいんですか?」
「この国ではね。ノブドにはそれなりにいるそうだよ。何人かユキヒト・サヤマの子を孕った女性がいたからね。そこから広まったようだ。この国では君とは違う世界から来た来訪者がやはり黒髪黒目でね。頭にツノが二本生えていたんだ。マ・オウという方なのだが、その方の子孫に黒髪黒目の者がいるくらいだな。スキル以外にもとても優秀な方でね。現在の我が国の政治基盤を作った伝説の来訪者だ。子孫には今でもたまに小さなツノを持って生まれて来る子もいるそうだ。ああ、黒に非常に近い濃いブルネットは元からいるよ。」
歴史の講義でボード氏にも教わったな、マ・オウ。黒髪黒目でツノが生えてるって、それは魔王なのでは?魔王も異世界転移して子作りしたのか。世界は支配しないのか。この国の封建制を壊したのが魔王なのか。魔王としてどうなのだろう。王位簒奪とかしないのか?元から王だからいらないのか?
この国は議会はあっても一党独裁だから、封建制と余り変わりはない気もするが、成人した国民に参政権を与えられ、職業選択の自由があり、ベーシックインカムがある。日本で習った政治主義経済主義のあれこれのいいとこどりしてんな。それで上手く回って行く組織を作ったんだから、魔王様は素晴らしい為政者だったんだろう。
というか、佐山氏。子どもいたんか。ハーレム築いたくらいだもんな。何だよ、〝全美女我妻〟って。アレ見た瞬間、佐山氏に同情出来なくなった。
「あ、あそこがいいです。」
しばらく目貫通りをウロウロしていたがピンと来る店がなかった。一本裏の道にも飲食店があるというのでそちらも探索していると、細い路地裏に灯りが見えた。気になって看板を目を凝らして見ると〝キントーの酒場〟と書いてあった。
「キントーの酒場か。あそこは食事は美味い穴場らしいが女性が入るような店ではないと聞いた。」
「いかがわしい店なのですか?」
「いかが……そうではなく、店の雰囲気が女性の好みに合わないと言った方がいいな。女性はもっと洒落たところを好むんじゃないか?」
それは偏見だ。わたしからすると路地裏の赤提灯なども洒落た店という認識である。高架下の赤提灯も可。
「食事が良いなら充分です。あそこにしましょう。」
期待値が上がった。席数が少なく入れないこともあると部下が言っていたそうだが、小窓から見ると丁度二席分だけ空いていた。こいつはラッキーだ。
調理場を囲う形でカウンターがあり、座敷やテーブルはない。十五席ほどのこぢんまりよりは少し広い程度の店だった。なかなか良い。風情がある。入り口が引き戸というのもまたオツだ。これで前評判通りに飯が美味いなら独り立ちしたらまた来たいと思うほどに。
「おーう、いらっしゃ、でえ!?」
「店主、二名だ。入れるか?」
「へ、へえ。領司様、視察か監査でごぜえますか?」
「いや、食事をしに来ただけだ。」
ゼーキン氏がデカくて中に入れん。思い切って背中を押してもびくともしなかったがさすがにどいてくれた。
「あ、お忍びで……?」
「忍んでもいない。そこの席は空いてるのか?」
「え、へえ、どうぞおすわりになってくださいやし。」
他の客もジロジロと、そしてまじまじとゼーキン氏とわたしを見ていた。なんだよ。
「な、何に致しましょう?」
「メニューは壁掛けのもので全部ですか?」
わたしが尋ねると店主は何故かたじろいだ。向かいの方から「来訪者か?」「恋人じゃないか?」と随分とデカい声の内緒話が聞こえて来る。オッサンたち、酔っぱらってんな。
そうか。来訪者ってこういう目で見られるのか。なるほどな。この世界にとっちゃ異物なんだ。ま、見慣れてもらうしかないな。わたしは頻繁に出歩くことを決意した。積極的に交流して知り合いを増やそう。苦手だけど。
「ええと、お隣の方。」
「は!?オレ!?」
「こちらの店はよく来られるのですか?」
「お、おう、常連だぜ。」
「オススメはあります?」
「そういうのって、店主に聞くんじゃねえの?」
「もちろん店主さんにもお伺いします。でも、常連さんならではの視点でのオススメも気になりまして。」
「姉ちゃん、酒は好きか?」
「大好きです。」
「なら、サルモのタルタルだな。エールでも白ワインでも蒸留酒の水割りでも何でも合う。」
「ほう。じゃあ、サルモのタルタルお願いします。あ、ゼーキンさん、いいですか?」
「バルトと。」
「は?」
「バルトと呼んでくれ。ショウコ。」
どしたの急に。あんまり真剣なもんで人に顔を真っ直ぐ見られるのって最近なかったなとか明後日なことを考えてしまう。酒まだ入れてないよな?
「ひゅ〜う!見せつけてくれるねぇ!」
「あ、お前!領司様だぞ!?」
確かに普通ならそういう雰囲気なのかもしれないが、この人は割と人との距離感が間違ってるところがあるので一般の感覚は参考にならない。
「そういうんじゃないんですよ。」
「なあんだ。美貌の領司様の嫁探しはなかなか険しい道だなあ!」
「それよりもお兄さん。オススメのお酒はありますか?」
「おれぁ、バリバリのウイスキー党だぜ!」
ウイスキーがあるのか。炭酸水が存在してるのはキエラさんが出してくれるフルーツシロップのソーダ割で知っている。
「ウイスキー、わたしも好きです。店主さん、すみません。こちらは炭酸水ってありますか?」
「おあ?あるけどもよ。酒は飲まねえの?」
「いえ、ウイスキーを炭酸水で割って欲しくて。」
「酒を炭酸水で!?炭酸水はフリッター用なんだけど?」
「はい、そうです。わたしの故郷でよく飲まれてるんですよ。レモンがあればそれももらえるとありがたいです。あ、フリッターあるんですね。じゃあ、フリッターもお願いします。」
「お、おう。フリッターは何種類かあるけど、何がいいんだ?」
壁のメニューを見ても食材の名前が分からない。
「オススメのものをいくつか。」
「了解!」
ゼーキン氏はずっとわたしを見ている。何か言え。
「手慣れてるな。」
「まあ、故郷でも庶民ですから。こういう店も利用してましたし。ゼーキンさんは何か食べてみたいものありますか?」
「バルト。」
「バルトさんは」
「バルト。」
思わず思い切り嫌そうな顔をしてしまった。嫌なんだけど。少し固まってたら隣のお兄さんと呼んだおじさんにポンと肩を叩かれた。
「呼んでやんな。話が進まねえと思うぞ?」
なるほど。今後はこういうスルースキルも上げてかなきゃいけないんだな。理解したが解せん。
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異世界転生の恋愛で登録している他の連載より恋愛成分が出てきてしまったように感じますが、祥子さんには当分スルーしていってもらいたいと思います。ジャンルを交換した方がいいか悩み中です。
お読みいただきありがとうございました。
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