コソアード国完全制覇の旅(11)
「じゃあ、カールが2、わたしとクロが1ね。」
「本当にいいのか?」
「いい、いい。あんまりポイント稼ぐと目ぇ付けられるから。」
「来訪者って時点で目は付けられてるだろ?」
その通りである。その結果が今回の旅だ。まあ、佐山くんのお守りでお目付役だけど。ん?わたしの方が問題起こしてないか?いやいや、寝てたのはともかくクロはたまたまだし。可愛いは正義だから。
「オレのスキルレベルもうちょい上がったらまた一緒に潜ろうぜ。アンタとなら稼げそうだ。」
「わたし、あんまりコノを離れたくないんだけど。」
「番がいるしな。いいよ、オレがそっちに行く。ソロで身軽だしな。はは。いーなぁ、オレも嫁欲し〜!その前に彼女欲し〜!」
いや、だからな?わたしとバルトは、っていいか。不毛な議論だ。
「来るときは事前に連絡してね。これからもたまに出張入るみたいだから。」
「了解。そんときはよろしくな。」
カールはもう少しダンジョンに潜ると言うのでその場で別れた。ダンジョンの入口では佐山くんがイライラしながら待っていた。
「もう!戸川さん、何してるんですか!?遅いですよ!」
「あー、ごめん。第三階層でカーバンクルに遭っちゃって。しかも三匹。」
「カーバンクル三体!?高層階なのに!?」
「ここ来たとき話しかけて来た人いたでしょ?」
「ああ、カールさん?」
「彼がね、スキル〝幸運〟らしくて。引きがいいんだよ。それでカーバンクルを当てちゃってさ。その場に居合わせたから連携したんだけど、戦闘長引いちゃって。」
「うわぁ、マジかぁ。二人とも大丈夫ですか?」
「うん。クロは少し攻撃喰らっちゃったけど、もう治ってるみたい。」
「ダンジョンにいればモンスターは復活早いですからね。あー、良かった!無事で良かった!」
予定より一時間も遅く出て来たからな。前科持ちは信用なくて辛いわ。他の三人は先に夕飯にしてもらったらしい。待たせてごめん。
「クロ〜、お前のママ、ホント問題児だな〜!」
「みゃ?」
佐山くんがクロのお腹に顔を埋めるとクロは頭に登ろうとしてイテテと引っ剥がした。
「はぁ〜、かわい。アイツの小さい頃思い出すわぁ。」
アイツ。佐山くんはとても遠い目をしている。思い出に浸っている。聞いていいのか分からないけど、とりあえず聞いてみることにした。
「息子さん?」
「そです。めずらしいホワイトタイガーの獣人で、人型になるまでは可愛かったんです。いや、人型になっても可愛かったけど、あっという間に母親に似てゴリゴリになっちゃって。」
「ゴリゴリ。もやしの息子がゴリゴリ。」
「もやしって!ひどくないですか!?」
「あ、つい本音が。」
「もう!戸川さんがいっつも一番俺を傷付ける!」
だって、もやしじゃん。ヒョロヒョロで色白じゃん。やっぱもやしじゃん。いや、イジメだな、これじゃ。クロの教育に悪い。
「ごめんごめん。もう言わないよ。心の中に留めとく。」
「やっぱひでえわ!」
佐山くんはいつの間にかお取り寄せしてた猫用のブラシでクロをブラッシングしている。結構世話焼きだよな。わたしのこともさっき入口で待ってたし。
「なんです、笑って。」
「ん?佐山くんてオカン気質だなと思って。」
「せめてイクメンって言ってください。それも不本意ですけど。」
「イクメンとは違くない?ねえ。」
「なんすか。」
「子どもって、可愛い?」
わたしは母親に可愛がられた記憶がない。罵声と暴力、ネグレクト。二人で暮らしていた頃は虐待の日々だった。正直、親になるのが怖い。クロは人間じゃない。言葉では気持ちを返して来ない。だから安心出来る。確かに誰しもが言う我が子のような可愛さなのだろうが、わたしには我が子を可愛いと思う親の姿がよく分からない。
「かわいっすよ。あんな可愛いもんだとは思いませんでした。嫁さんのことは苦手だったけど、産まれるまで産まれんな、産まれんなって思ったけど、まあ、猫好きなんで。余りの可愛さに絆されましたね。人型になってからもパパっ子で。父上はオレが守ります!とか言っちゃって。ホント、何物にも変えられませんでした。」
「そっか。」
「ハーレムの女の子たちの子どもも、抱っこしてみたかったです。ハーレム解散した後は、みんな散り散りになりましたから。そろそろグレップもやばかったんで。金は俺のスキルで無尽蔵でしたけど、人的資源は限りがありますからね。皇帝は帝位簒奪恐れて自分以外の人間に不老不死は与えませんでしたし。疲れ知らずの戦闘マシーンを俺のスキルで作り上げて。精神に異常をきたして発狂する兵士もいました。女の子たちは金を握らせて戦火の届かない僻地に行かせました。帝都がクーデターで落ちるかもしんないから泣く泣く別れるって思い込ませて別れたんです。結局はそのクーデターも俺がスキルで全部やったわけですけどね。まさか妊娠してる子がいたなんてなぁ。」
「本気で好きな子はいなかったの?」
「いませんでした。今もいないです。そういう雰囲気になってもなんか、過ぎるんですよね。嫁と子どもの顔。何でですかね。忘れたかったのに、結局戻って来ちゃったし。しかも三百年後って。意味ねえし。」
忘れたかったのか。忘れられなかったのか。わたしも忘れられない。わたしと母を拒絶した、写真でしか知らない父親の顔。わたしを憎悪する母の顔。なんでだろうな。なんでなんだろうな。
結婚、怖かった。プロポーズも二度、断った。食い下がられて折れて承諾したのに、結局雅樹も浮気してわたしとは違う女を取った。
全てを向こうに置いて来た。なのに、わたしがわたしである限り、忘れられない。
「消せないかな。」
「え?」
「佐山くんのスキルで、嫌な思い出、頭から消せないかなぁ。」
「わ、かんないです。考えたことなかったな。やってみます?どういう余波があるか分かりませんけど。」
わたしは少し考えるふりをして、冗談めかして答えた。
「んー、いや、いいや。やっぱ怖いわ。」
「ですね。」
結局、わたしたちは過去を抱えて生きていくしかない。
わたしの膝に戻って来たクロの温もりは、とても重いものに思えた。