コソアード国完全制覇の旅(6)
祥子さん、猫キ◯化。
「この子はウチの子です。」
「いやそう言われましても……」
「この子はウチの子です。」
「ですがダンジョン内で生まれたということはですよ?」
「この子はウチの子です。」
「ダメだこりゃ。誰かコノから来た人呼んで来て。」
何がダメなんだ。こんなに可愛いだろうが。わたしから離れようとしないんだぞ。愛おしい存在だろうが。どう考えてもウチの子大勝利だろうが。
それなのに何故ダンジョンの入口で足止めを喰らわねばならぬ。解せぬ。
「戸川さん!なにしてんすか!」
「トガワ殿!?それはモンスターですよ!?」
「この子はウチの子です。」
「もうこればっかりで。まさか洗脳なんてされてませんよね?」
「ええ〜!?」
「この子はウチの子です。わたしがスキルを使ってるのに気付くなんて天才です。大丈夫、人は襲いません。わたしにずっと引っ付いてるので。」
「ウソでしょ!?戸川さんの!?オールスルーを!?」
「レベル9だけどね。高位モンスターの素質があるってことだよ。賢いね〜、クロ?」
「もう名前付けてるし……安直だし……」
「それ、シャパリュですよ!?」
「知ってますよ?」
シャパリュ。英語で言えばキャスパリーグか。何でフランス語チックなんだろう。災いを呼ぶ猫。いいえ、ウチの子は幸運の黒猫。だって、ホラ。ヒゲも爪も肉球も黒い。電気ネズミのような鍵しっぽも幸運を引っ掛けると言われているんだぞ。幸せの象徴じゃないか。モンスターの何が悪いんだ。
「と、と、とにかく落ち着いて下さい!」
「わたしは至って冷静です。そちらが落ち着いて下さい。」
「モンスター飼うおつもりですか!?」
「そうですよ?」
「無理ですよ!テイマーでない限り飼育許可は下りません!」
テイムスキル持ちか。これも来訪者にしかないスキルだと聞いた。もちろん、我が国には存在しない。魔王様の島にはいるっぽい。ある意味、魔王様もテイマーだな。効果対象はモンスターじゃなくて人だけど。
「だけど、こんなに懐いてます。ね?クロ?ママと離れたくないよね?」
「重症だなぁ。」
「既にクロはわたしの〝所有物〟です。家族を〝所有物〟と言うのは心苦しいですが、わたしのスキルを上限レベルで使っても一緒に移動出来ます。とても優秀な子なのです。」
「うわそれメーガーさんが飛びついて来そうな案件。」
「飼育許可が下りるならば研究対象になることもやむなし。」
「末期だった。」
他の人がわたしからクロを引き剥がそうとすると洗面台の子猫よろしくミーミーと鳴いてわたしの服に爪を立てている。いてて。これも幸せの痛み。
「どうしてそんなひどいことをするんですか?クロが怯えています。やめて下さい。」
「ええぇ……?」
「とにかく、領司とギルマスに連絡します。それまではこちらで待機をお願いします。確認を取りますので。メーガー氏と言うのはスキル研究者の方ですよね?本当に研究対象になるならば、そちらとも連絡をお願いします。メーガー氏からの申請が出て、許可が下りれば連れて帰って下さっても結構です。出るかな……前例がないぞ……。」
「許可は何処が出すものですか?」
佐山くんは眉根を寄せている。バルトから党の派閥に関しても説明をしてもらったらしく、力関係や議員の所属派閥を把握している。今ではわたしより余程国のことに詳しい。
「国家治安保全局です。」
「コートさんのお父様が局長のところですね。」
佐山くんは「はあ、詰んだ」と目をつぶって天を仰いだ。煉瓦の天井しかないよ。
「コート?」
「コート・ウ・ムーケイです。コッティラーノのAランカーです。」
お互いに余りいい印象のない相手だ。意地になって許可を出さないかもしれない。
「あー、ムーケイさんね。ハイハイ。だからと言ってあの方は忖度なさいませんけどね。」
ソッティラーノのギルド職員の方は刺々しい。クロを連れて来るまではこんな感じじゃなかったのに。猫に嫌な思い出でもあるのだろうか。こんなに可愛いのに。
職員さんの姿が見えなくなると佐山くんは大きくため息を吐いて、クロを指差して尋ねて来た。
「んで。どーゆー経緯でその猫を拾ったんです?」
「第二階層の支道の奥に小部屋があってね。スライムだまりだったんだけど、何か食べてたのよ。形とおおきさからモンスターだと思うけど。」
「ええ。それで?」
「スライムがぷるぷる震えてるのが可愛くてしばらく見てたのね?」
「かわいい……?」
「可愛いですよね、分かります。で?」
佐山くんには分かってもらえたがデンキー氏には分からないようだ。残念である。
「それで、ペット飼いたいなーと思いながら見てたのよ。スライムに埋もれながら。あ、足だけだけど。」
「はあ。それとこの猫がどうしてつながるですか?サッパリなんですけど。」
「子猫が洗われてる動画、よくあるじゃん?あれ可愛いよな〜飼うなら猫の方がいいかな〜って目を閉じて考えてたんだけど。」
「まあ、独身者には犬より猫の方が飼いやすいっていいますもんね。だから猫は?スライムだまりにいたんですよね?何処から来たんです?」
「目を開けたらスライムがいなくなってクロがいた。以上。」
「意味分からん……。」
するとデンキー氏が疑問を口にした。
「それだとまるでスライムがシャパリュになったような……?」
「スライムってのはダンジョンの消化酵素みたいなモンです。ダンジョン本体だと吸収が遅いんで、スライムがまず分解するんです。下層階だとスライム自身がデカかったり特殊なヤツがいるのは、それだけ消化吸収に時間がかかって難しい素材や大きさのモンスターがいるからです。分かります?」
「スライムのことは分かった。でもクロがどうして生まれたのか分からないんだけど。」
「何度も言いますけど、ダンジョンは記憶を取り込みます。スキル、レベル9だったんですよね?」
「うん。今日はアイテム回収じゃなくて素材回収するつもりだったから。」
ストレス解消にモグラ叩きならぬモンスター叩きをしに行ったとは言い辛い。
「戸川さんのレベル9は生命体から認識されなくなるだけで無機物からは認識されます。スライムはダンジョンの化身と言ってもいいくらいなので、多分認識はしてるんだと思います。物扱い壁扱いで、捕食対象と思われてないだけです。」
「なるほど?」
スライム、賢いのか。スライム、ペットに出来たら楽しいかな。反応が分からないから楽しくないかもしれない。ぷるぷるは捨てがたいが表情が読めないのは寂しい。
でも、だから、足元を取り囲むように集まったのか。ダンジョンの一部とでも思われたのか。人型トラップとか。
「戸川さんはそのとき猫動画のこと考えてたんですよね?もしかしたらその過程で思考を読み取って吸収されたのかもしれません。だって、このシャパリュ、完全にただの猫じゃないですか。しかも子猫。モンスターは成体で生成されるのが常識です。子猫なんてまず有り得ません。」
「なら、この子はわたしの思考から生み出されたわたしの子ども……?」
「は?」
「クロ!クロ!ママだって!わたし、本当にクロのママだって!」
「いやそう、か?違いません?」
「クロ!ママ、絶対にクロのこと離さないからね!許可が出なかったらママもダンジョンに住むからね!そしたらずっと一緒だよ!」
「みい!」
「お返事した!さすが!天才!ウチの子、天才!」
「トガワさんが狂った……。」
「もうほっときましょ。バルトさんに連絡しなきゃ。」
なんとでも言え。クロはわたしの子だ。わたしは絶対にこの子とは離れない。置いて出て来いと言われても断固拒否の姿勢を貫く所存。
バルトが迎えに来てくれたら出てってやってもいい。そのときは、クロも一緒だ。バルトがいるなら、みんなも安全でしょ。強いんだから。