コソアード国完全制覇の旅(3)
ダンジョンから出て来た夜。
眠い。眠い。とにかく眠い。また眠くなった。これはマズイかもしれない。先にみんなに報告して、明日も起きないかもしれないと伝える。無理せず、よく寝てくれと言われた。そもそも馬車で四、五日かかる距離を一日で来てるので、特に旅程に影響しないと言ってもらった。
案の定、起きたら三日経ってた。
「あ、起きました?」
「おはよ。ってもう夕方か。ごめんね。」
「いやぁ、昔の俺もよく寝てましたから!叩き起こしても起きなかったらしいです!二年くらいそんな感じだったかなぁ?他の人はもっと早いらしいですね。なんで俺らだけこんなんなんだろ?」
「ホント、何でだろうね。あ、スキル調べなきゃ。」
派出所の端末でスキルレベルを調べると。
「51。今までいくつでした?」
「36。え、いくらなんでも上がりすぎじゃない?」
ダンジョンで寝たからか?飲まず食わずで寝たからか?食欲が消えるわけではないと佐山くんは言っていた。体が危機を感じたってことか?
だが、レベル51。ということはだ。
「これで泊まりでダンジョン潜れる!」
「昨日の今日ぉ〜じゃないですけど、ソコ!?」
ソロ活動の難点は野営。その辺にいるパーティと一緒に過ごす人もいるが、ソロ活動してる冒険者の割合はとても少ない。そして何より、わたしはまだ睡魔がいつ襲って来るか分からない。見張りの交代も出来ないような人間が混ざったところで、迷惑になる。
「あー、これで何の気兼ねも不安もなくなった!やった!」
「良かったっすね。」
「バルトにも報告しなきゃ!」
「喜ぶかなぁ。」
それはいらぬ心配だと思う。むしろ誰よりも望んでいるはずだ。
まだ勤務中だろうから、終業時間になったら電話しよ。努力して上げたスキルではないが、これは幸運と言える。やっててよかった冒険者。なって良かったBランク。
「あ、もしもし?わたし。うん、また寝ちゃって。平気。なんともない。そう!さっき調べたらね!レベル51だって!うん!時間?寝てから六時間になってた。うん。そうなの。狭い。そこは気をつける。これからは家で寝てる時もスキル使うつもり。もうちょい効果範囲も時間も延ばしたいしね。え?あはは!えー?いやいや。うん。頑張る。ありがと。ここからは飛ばしてくよ。ん?うん。分かった。また連絡するね。大丈夫。うん。またね。喜んでくれたよ!」
通話を終えて振り返ると、佐山くんは呆れ顔をしていた。
「ホントなんでそれでバルトさんと付き合わないんです?完全にカップルの会話のノリでしたけど。」
「男とこんなテンション高めに会話したことないんだけど。」
「マジすか?今までどんなお付き合いしてたんです?」
普通のお付き合いですけど?と、思ってましたけど。そう言われると自信無くなって来たな。割となし崩し的に付き合うことが多かったから。
黙ってたら何故か佐山くんは不機嫌になった。何故お前が不機嫌になる。口を開いたと思えば、言い方に棘がある。解せぬ。
「バルトさん、優しいですよね?」
「たまにウザいけど、基本はね。」
「バチくそイケメンだし、体だって鍛えてるし強いし、地位も名誉も金もあるし、超優良物件ですよね?」
「一般的な評価はそうだろうね。」
「ショウコさん、少しもグラッと来ないんです?」
「顔がいい男は苦手なんだ、元々。」
「なんでっすか?」
「んー、色々。」
自分が顔のいい男に騙されたわけじゃない。バカな女が騙された結果、生まれたのがわたし。それだけだ。だが、それが大きい。それは自分でわかっている。
「だけど、バルトさん、中身もいい男ですよ?そりゃ番に対しちゃ執着あるでしょうけど、俺にだって最初怖がらせたからってすげえ気ぃ遣ってくれるし、政府とのやりとりだって根回ししてくれて、まあ、それで忙しくなって戸川さんとの時間もなくなったわけで申し訳ないと思ってました。まさか顔がいいから拒否ってるとかないですよね?人柄はちゃんと見てますか?」
さすがにカチンと来た。でも派出所の前で言い合いはしたくない。わたしが黙って歩き始めると、佐山くんは後ろでぎゃいぎゃい言いながらついて来る。
「聞いてます!?」
「聞いてるよ。でも人も聞いてる。ここではやめて。」
「すんません。だけど納得いかないです。どう見たって戸川さんだってバルトさんのこと好きなのに、何で素直にならないんですか?」
「じゃあ、なんでこの前わたしに日本に一緒に帰るか聞いたの。そんなにバルトとわたしをくっつけたいのに何でわざわざ聞いて来たのよ。」
「意思確認です。バルトさん、俺が来て戸川さんが日本に帰るって言うんじゃないかってすげえ不安がってます。試したのは悪かったです。謝ります。でもあんとき曖昧に誤魔化しましたよね?どっちなんです?」
「佐山くんには関係ない。」
「あります。俺がいないと帰れないんだから。」
「わたしは帰らない。帰らなくていい。ご希望通り答えたよ?満足した?」
「そんなやけになった状態で言われてもハイそーですかとは言えませんよ。」
いちいちうるさいな。わたしは帰らない。帰りたくない。あんなクソみたいな世界。わたしに優しくない世界。
「わたしはあっちで家族もいない。育ててくれたおじいちゃんおばあちゃんも死んで、両親は離婚どころかそもそも結婚もしてなくてわたしは認知もされてない。父親の顔は写真でしか知らない。それも母親が燃やした。母親は父親に似てるわたしが大嫌い。金遣いも荒いし、定職にも就かずに好き放題やってる。そのうち野垂れ死ぬと思ってる。縁なんか、とっくに切ってる。結婚直前で恋人がわたしたちと同じ職場の若い女の子と浮気して妊娠させて、そっちと結婚するから別れてくれって言われてケンカになって同棲してた家から追い出して、ヤケ酒してソファで寝て起きたらここにいた。これであっちの世界に未練なんてあると思う!?せいせいしたわ!!」
佐山くんの荒い足音が止まったのでわたしも立ち止まる。佐山くんは気まずい顔をしていた。
「すいません。立ち入ったこと聞きました。」
「いいよ。領館で保護してもらった時にもバイキンさんにざっくりと説明したし。」
「いやでも……すいません。」
しょんぼりした弟犬にこちらも毒気を抜かれた。ボンボンだからかな。甘いんだな、この子は。家族に愛されて育った証拠だ。
「いいよ。もう。夕飯食べに行こ。」
「あの!」
「何?」
「バルトさん、今、普通の人なんです。」
は?何?突然。意味が分からない。バルトは先祖返りした母親の影響で竜人の特性が強い。普通の人間とは違う。
「普通じゃないでしょ。竜人の血が濃いんだから。」
「それは!そうなんですけど!俺のスキルで、本能だけ封印してます。消滅だとどんな影響あるか分かんないんで、封印ですけど。あ、身体的な竜化は出来ますよ!?有事の時に戦えないと困るって言われて!あーそうじゃなくて!俺が言いたいのは!」
「ちょ、声デカい。」
「だから聞いてくださいって!俺が!言いたいのは!」
「だから声デカいって!」
はあはあと息が上がっている。もやしのくせに大声出すからだよ。本能を封印って何よ。竜化出来るなら竜人の子孫のままじゃないか。
「バルトさんは今、番への執着はありません。本能だけを、俺のスキルで封印して、恋愛とか、性欲に関しては、その辺のヒューマンと同じ人間です。戸川さんが言ったんです。番の本能が愛かどうか分かんないって。それ、言ったんです。俺、バルトさんに話したんです。」
「何でそんなこと勝手に話すの。ていうか、性欲って。」
「男だって恋バナくらいしますよ。下ネタだって話します。バルトさんだって普通の成人男性です。あの話聞いてすぐ、バルトさんに伝えました。だから今のバルトさんは本能じゃなくてバルトさん自身の気持ちを元に動いてます。バルトさん、何か変わりましたか?まだ、戸川さんのこと、好きですよね?大事に、してくれてますよね?」
「それは……」
変わらない。いや変わった。わたしの気持ちを尊重してくれるようになった。だけど、それは本当のバルトじゃないような気がして、何だか寂しく感じた。
あれだけウザいとか思ってたくせに、都合が良すぎる。
「コレ、バルトさんが言い出したんです。戸川さんの気持ち知って、自分でそうしたい、俺のスキルで出来ないかって聞いて来たんです。それって、戸川さんに信用されたいからしてるんです。俺、それって、立派な愛だと思います。本気で誰か好きになったことないですけど、そういう関係、いいなって、素直に思いました。」
わたしだって知らない。結婚すると思ってた相手に裏切られた。母親だって裏切られた。わたしの父親に。
わたしを堕ろさなかったのは、あの女の意地だ。執着だ。
子どもを産めば、興味を持ってもらえるんじゃないか。
だけど、真逆の結果だった。
その怒りを、全てわたしにぶつけた。
「バルトさんは、本気で、戸川さんのこと好きなんです。信じてあげてください。」
それは佐山くんの口からじゃなくて、本人から聞きたかったよ、バルト。




