来訪者(5)
「申し訳ございません。ノブド国から依頼が参りまして、ユキヒト・サヤマの残したカンジの翻訳をお願いしたいと。」
「はあ。」
あの一国を滅亡一歩手前まで追い込んだ日本人らしい日本人の大学生君か。
「まだこちらの字をお書きなれないですから、口頭で仰って頂き、書記が書き写すという方式になります。今までにない事例ですから、お断りすることも可能です。如何致しますか?」
報酬は出るようだが、その分来訪者教育が滞ってしまう。佐山氏が知られたくないような内容もあるのではないだろうか。まあ、わたしは同じ能力でもないし、彼のスキルは今のところ彼のみしか確認されていないので大した問題は起きないかもしれない。それはわたしも同じことなのだが。
わたしに降りかかる問題としては、これを断った場合に現在お世話になっているこの国に迷惑がかかるかどうか。外交問題になったりしないだろうか。税金で食わせてもらってる以上、この国に利益が落ちるのであれば、協力するのも吝かではない。逆に面倒事になるようならば、断ってしまいたい。その辺の義理は通したい。
「この国とノブド国の関係は良好なのでしょうか。」
「そうですね。いつくか国を挟んだ遠国ではありますが、貿易も行っておりますので悪くはありません。」
ボード氏の言葉に頷いた。とりあえずわたしの意見を述べておこう。
「わたしのメリットとしては報酬を頂けるということで有難くお受けしたいところですが、来訪者支援の方が滞り、こちらにご迷惑をかけることを懸念しております。そちらはどのようにお考えですか?他にも、国としてわたしがこの依頼を受けるメリットとデメリットを教えて頂ければ。」
わたしの発言にボード氏は目を丸くして、苦笑した。
「こちらのメリットは然程ありませんが、同時にデメリットもありません。今回は非常にイレギュラーな依頼ですので、保護期間の延長も考慮に入れております。貴女がお気になさるほどではありませんよ。」
わたしは早く自立したいので、余りそちらに時間を割きたくない。どうしたものか。
「来訪者への教育が終わってからお受けすることは可能ですか?」
「交渉は出来ますが……どの道、これから国を発てば陸路ならひと月半はかかる距離ですからね。あちらからは、支援含めてトガワさんの面倒を見るという申し出もございましたが、領司がお断りなさいました。」
え、あの人勝手に断ったの。失礼な上に勝手じゃないか?事前に説明してくれてもいいのに。
わたしが不快な表情を示したからか、ボード氏はゼーキン氏のフォローに入った。
「トガワさんはまだ体調が万全とは言えませんからね。ひと月半かかる距離の移動は貴女がお考えになっているよりも大変ですよ。」
まあ、まだ寝てる時間が多いからな。だが次回ゼーキン氏に会ったときには一言言ってやろう。それまで覚えてればの話だが。
それから二か月後。そこそここの世界と国のことを理解してきた頃。ノブド国の使者がわたしを訪ねてやって来た。
そういえば、結局ゼーキン氏に物申すのを忘れていたな。今更蒸し返す話でもない。わたしが何か言ったとて、彼の性質が変わるようにも思えない。ここはもうこちらが大人になって忘れてしまおう。
「どうも、来訪者ショウコ・トガワさん。私はこういう者です。」
回収される豪華な名刺の役割をしている通行証を見せられる。シャリクェ・ベントー氏。シャリ食え弁当?白米のみの弁当なのだろうか。
もう一人はドッコ・ミテルノ氏。どこ見てんのよ!?ってキレる芸人いたな。そういえば。
「早速なんですがねぇ。これの翻訳にご助力頂きたいのですが。」
結構な量を出して来たな。これで全部じゃないらしい。どれが何に使われたのかは把握されているが、佐山氏は何が書いてあるかは一切秘匿していたそうだ。
「これが……私どもの国にとって、最も重要な二枚です。」
そんな沈痛な面持ちで出されましても。かなり昔のことですよね?
〝此国全体徹底破壊〟
〝我帰還至地球日本国〟
ちなみに日本国以下は彼の住所が書かれている。日本語っていうか、漢文?いや、戦前?平仮名を使えないとどうしてもこうなるのか。
「読めますかな?」
「ええと、こちらはこの国全体を徹底に破壊する、です。こちらは私は地球にある日本国、以下は佐山氏の自宅の住所だと思います。ここは翻訳しても余り意味はなさないかと。」
シンプルに〝此国滅亡〟で良かったのでは?と思わなくもないが、何かしらのストッパーがかかったか、単に極限状態で思い浮かばなかったのか。聞くと徹底破壊の方は人の命に影響を及ぼすものではなく、建物は総崩れ、地面は割れ、森も山も何もかもが突然粉々になって砕け散ったそうだ。それに付随して人的被害も多数出たけども、佐山氏は己のスキルで直接手を下すことを恐れたのかもしれない。
意味以外にも意図を問われたので、推測に過ぎないけれどと前置きしてわたしは自分の意見を述べた。
「はあ。ようやく長年の謎が解けました。」
喜びというより脱力だな、これは。佐山氏の書いたものはとてもシンプルだった。
そこからは転移直後から時系列で見ていった。初期のものは〝豊穣〟とか〝再生〟とか〝病気完治〟とかの割と平和で何も知らなければこういう能力があったらいいよねと思うようなものだったが、時代が進むにつれ不穏な雰囲気が漂っていく。
「これまでが直筆のものです。ご本人も思わぬ効果が出たことがあって、いくつか破棄なさったものです。」
佐山氏のスキル実現は、①紙に実現したいことを漢字のみで記入②「リアライズ」とコールという手順を踏まねばならない。近接戦闘とかには向いてないな。あ、書いといた紙を持ち歩いときゃいいのか?コールする前に破られたら意味ないか。
効果を消したいときは書いた紙を破ればいいらしい。破棄。文字通り、破り棄てるのである。分かりやすい。
終わりが分かってる効果に関しては、役目を果たしたら終了。もう一度同じ効果を得たいときは新しく書き直さなきゃならなかったのだと説明が入った。なので同じ漢字であると見受けられるものは一枚だけ引き抜いて持って来たとミテルノ氏は言う。
それでも結構な量なのに、更に厳選して来たと言うのだから、きっと佐山氏は想像も出来ないほどの多くの紙に漢字を書きつけていたのだろう。ご苦労様である。がんばったな、青年。
「それで破棄なさった物で、ユキヒト・サヤマが死相を浮かべながらも何とか破棄に成功したという曰く付きの一枚がこちらです。」
あら〜、青年。スキルを己の欲望の為に使ったのだな。二十歳前後の健全な男子だ。こんなスキルを手に入れたらやりたくなるのかもしれない。つい心の中のオバチャンが出てしまった。
死相が出るほど……後先考えずにスキルを使うのはよくないな。肝に銘じておこう。わたしのスキルではこんなことにはならないだろうが。そもそもハーレムなど望まない。何とか破棄に成功した、という言葉がとても引っかかるが、いくつかのパターンは予想出来たのでその内のどれかであろう。
「こちらはお分かりにはなりませんかね?」
「あー、いえ。果たして語って良いものかどうか思案しておりました。」
彼のプライバシーに関わることなので。いや、もうこの時代からすると大昔の伝説のような存在だから構わないのか?
「どういった方向性なのかだけでも教えて頂けませんか?」
「こちらは二度と書かない、永久に封印するとユキヒト・サヤマが語ったと言われておりますのです。」
そうなんですね。あわや腹上死という寸前だったんでしょうね。
「簡潔に言えば、異性にモテたい、という願望を叶える為のものですね。」
ベントー氏とミテルノ氏は顔を見合わせて、わたしが女だからなのか、若干気まずそうにした。
「なるほど、理解致しました。」
「女性に言わせにくいことを言わせてしまい、大変申し訳ない。」
「いえ、おかまいなく。」
そんなことを気にするような年齢はとうに過ぎたし、恐らく気にしたことはない。
まあ、なんだ。スキルを過信するなかれ、という教訓だな。これは。
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