ショウコ、冒険者ギルド辞めるってよ(1)
「〝オールスルー〟」
今日も今日とてダンジョンに潜るわたし、戸川祥子三十歳。日本生まれ、日本育ち、異世界在住。
ああ、三十になってしまった。ピアスにつけてもらった美容の効果がいかんなく発揮されてくれることを祈る。
「はっ!」
「たあーッ!」
「うわ!」
「お前何して、うがぁっ!!」
「ナニクソォッ!せあッ!!」
みなさん、頑張っておられる。その隙にわたしは左手の法則で先を進む。左手は壁に埋まっているがキャンセルするか時間切れで効果が切れない限りは問題ない。
ちなみに時間切れはアラーム機能があり、十分前からキーンと耳鳴りがするのですぐ分かる。安全なところでキャンセルして再度オールスルーをコールすればいい。安全なところがありゃいいんだけど。
「お、新しい抜け道。」
現在第三階層。第一階層から抜け道を使って降りて来た。報告にない、新しい抜け道を発見してしまった。かなり狭い。人がすれ違うことは出来ないな。持参の地図にチェックを入れる。こうして支道や抜け道はちょいちょい変わるので意味があるのかないのか分からんが、報告義務があるから仕方ない。
どこまで行けるかな。あんまり深いと帰るのが大変になる。降りて近場の探索だけで済ませるか。
降りたところで第何階層か分からない。行ったことのあるところならともかく、余りに深そうなら引き返そう。
抜け道のいいところはモンスターにほとんど遭遇しないところだ。それと抜け道はたまに〝飛び地〟と呼ばれる中二階みたいなところがあって、そこにレアアイテムの入った宝箱なんかがある。反対に裏ボス的な恐ろしく強いモンスターがいたりもする。
今のところ遭遇したことはないが、その時は地図に記録だけしてスルーするつもりである。
少し降るとそこは飛び地構造になっていた。高層階扱いらしく舗装されている。だが、レアアイテムがある可能性は高い。今日はそれ回収したら終わりでもいい。どうかいいものありますように。モンスターじゃありませんように。
と言っても、わたしには剣とか槍とか弓とか盾とかの形状の違いくらいしか分からないのでギルドに提出して鑑定してもらわなきゃならないんだが。
うわ、やだなー。ギルド証落ちてる。モンスターがいるってこと?ただの紛失だといいんだけど。知らん名前だ。所属がコッティラーノ支部じゃない。アッティラーノになっている。そういやこの第一ダンジョンの更新が終わって一通り中層階までの確認が終わったら他所から人が来るようになった。
上から下までそっくりと変わったばかりのダンジョンは実入りがいいそうだ。他領の者は門で通行料を支払い、これまた有料で冒険者ギルドの支部でダンジョン使用許可を申請して入洞証を発行してもらう。行きと帰りに一泊ずつ宿泊所に泊まっても充分儲けが出ると言う。まあ、中層階以下を潜れる高ランカーに限りだけど。
この人、Cランカーだな。そういうのはBの上位以上の話だってのに。欲をかいて高位ランクモンスターに挑んだのか?まあ、いいや。回収、回収。落ちてるギルド証の回収は義務だからな。深く考えてはならない。
今日はダンジョンから戻ったらお風呂に入って行こう。バルトと月一面会日だから、そのまま飲みに行く。他意はない。ないったらない。
何だか今月は領館がやたら忙しいらしくて、首都から帰って来た日以来会えてない。携帯みたいに気軽に連絡出来る手段がないので仕方ないけど、忙しいのを邪魔するのはな。わざわざ領館まで聞きに行くのも面倒だし。別に酒の相手に不自由してない。
「小部屋発見。」
飛び地をウロウロしていたら宝箱のある小部屋を発見。ミミックではなさそうだ。最近は気配で分かるようになった。わたしも成長している。
「〝オールスルーレベル9〟」
レベル30になったことで加わった新たな条件。スキル効果発動中のスキルレベル切り替えが可能になった。それまでいちいちキャンセルしないとダメだったから助かる。早くコール無しになって欲しい。わたしのスキルは10ごとに変化があるから、40で出て来ないかなと密かに期待している。
レベル9なら物に触れるので気配を消した状態で箱を開けた。なんだこれ。アラビアンな盗賊が持ってそうな一双の剣だった。
価値は分からないが、もらえるものはもらっとけの精神で回収。
なかなか広めの飛び地だな。奥に行くと通路に中位から高位のモンスターがうじゃうじゃいる。飛び地は隠し通路だから、高層階であっても高位やレアなモンスターがいたりする。眼前では中位のモンスターたちが高位に嬲られている。相変わらず戦闘はヘボなので共喰いは推進する。
人は巻き込まれていないようなので来た道を戻る。さっき二股の分岐があったので反対に進んでみようと思う。スルー出来るとはいえ、血生臭いところを突き進む気にはならない。
「はぁ、はぁ、はぁ、」
荒い息遣いが聞こえた。人がいるなぁ。
「クソッ!なんで!」
誰だろ?聞いたことない声。進んでみると知らない人がいた。他所から来た冒険者なのだろう。
「〝キャンセル〟」
「うわ!あ、あ、あ、」
「静かにしてください。もう一つの通路でモンスターたちが共喰いしあってます。声で気付かれたらこっちにやって来ますよ。」
こっちも悪かったな。いつもの調子でスキルを切ってしまった。突然人が現れて驚いただろう。
「な、なあ、あんた。認識阻害持ってんのか?」
わたしを知らないならやはりコノの冒険者ではないな。どこの人だろう。
「いいえ、違います。わたしはスルーという世界から認識されないスキルです。戸川祥子と申します。貴方は?」
「あ、ああ、あんたが来訪者の……。オレはカール・イチョシー。アッティラーノから来た。よろしく。」
なんと。さっき拾ったギルド証に書いてあった名前ではないか。
「あの。もしかしてギルド証落としてませんか?」
「え!?うわ、ホントだ!」
「第三階層からの細い通路で拾ったんです。無事で何よりでした。どうぞ。」
ギルド証は大事なんだぞ。失くすなんて冒険者の風上にも置けない。
「な、なあ。迷っちまって出られないんだ。一緒に上まで行ってくんねえか?」
迷うほどの道じゃなかったぞ。単に高位モンスターが怖いだけなんじゃないのか?
「いいですけど、わたしは戦闘はからっきしなのでずっとスキルを使って移動してます。そうすると貴方からもわたしは認識出来ません。無理だと思いますよ。」
「他者への付与はないのか?」
「ないですね。残念ながら。」
クソ!と悔し紛れに地面を叩く。この人、よくCまで上がれたな。基礎の基礎がなってない。ダンジョンでは戦闘中以外、みだりに声を上げてはならない。新たなモンスターを呼ぶからだ。しかもこの飛び地には強いモンスターがいる。実力相応で負けない自信があるならともかく、この人のランクでは絶対にやってはならないことだ。
左手の法則はまだ公開されていない。どうしたものか。とりあえずここまでの道を描いた地図を見せるとするか。
「これ、第三階層からここまでの地図です。地図持ってますよね?写していいので、これを頼りに帰ってください。」
「あ、ああ。助かる。すまないな。」
単純な道なのにな。分岐が二回あって、どちらも右の通路を選んで来ただけなのに。地図を返却されたのでわたしは立ち去ることにした。
「無事にお戻りになることをお祈りしてます。では。〝オールスルー〟」
「あ!ま!待って!」
待ってと言われても待ってられない。モンスターの数からすればそろそろ共喰いが終わった頃だろう。高位モンスターが一人勝ちしてるだろうから、中位モンスターの死骸が残っているはずだ。勝者がどっちに向かったかは分からないけど、ダンジョンに吸収される前に中位モンスターの死骸を回収出来ればそこそこの稼ぎになる。たまに起きる棚ぼただ。第一が新しくなって三回目。結構な頻度かもしれない。
もう一度現場に戻ると、高位モンスターはいなくなっていた。ラッキーだ。わたしが来た道では会わなかったので、奥深くに戻って行ったのかもしれない。
「〝オールスルーレベル9〟」
かなり食い散らかされてはいるが、角や爪、骨などの硬い部分は残っている。それらが武器や日用品に加工されたりするので、どんな残骸でも回収するようにしている。
ちなみに、使い道のない部分は使える部分を取り除いた末、ダンジョンに捨てられる。吸収され、栄養になればまた新しい何かが生まれる。究極のリサイクルだな。
マジックバッグに入れて第三階層までの道を行く。途中でカール・イチョシー氏がいた。警戒しながらなので、歩調はゆっくりだ。腕に怪我してたな。まだポーションもらってないんだよ。許可はもらったが法則の公表もまだだし、各ギルドへの配布が終わって落ち着いたらと返答が来たけどいつになるんだろ。年単位にならないよな。
また驚かすと悪いから、そのまま追い越してわたしは今日の仕事を終えた。回収物を納品し、ロッカーから荷物を取って大浴場へ。いいお湯だった。
お風呂から出ると、バルトが迎えに来ていた。早いなと思ったらまず先にギルマスも入れて三者面談だと言われる。聞いてないと言ったらわたしが風呂に入っている間に緊急連絡が来て、さっき決まったと言われた。馬で早駆けして来たそうだ。何かあったんだろうか。
とりあえず、風呂上がりの匂いを嗅ぐのはやめて欲しい。変態性のある行為なのに全くこっそりしてない。
「え!?わたしがBランクに!?」
「そうだ。今日の回収物で条件を満たしてしまった。上げざるを得ないんだよ。」
「で、でも、あれは拾っただけですよ!?」
ギルマスのマッタさんの説明では、というよりギルド規定の話なのだが、そもそもランクを上げるのに必要な討伐条件がモンスターの回収量に寄るのだ。素材となる部分の重量で決まるので、今日の回収分でBランクの条件を達成してしまったらしい。確かに大量にあったもんな。中には高位モンスターの折れた牙だの欠けた歯だのも混じってたし。自分で倒してなくても、そういう階層に行ける実力があると見做されるって、ソレ基準としてどうなの。
「だが、もう提出してしまった。記録は残っている。覆せない。」
「わたし、どうなるの?」
「本部を通した国家の依頼が増えるだろうな。」
「所属はコッティラーノであっても出張が多くなる。多分、ほぼ出ずっぱりになるだろうね。」
「それ、意味ないじゃないですか。」
「だね。アタシもそう思う。領司様のご意見は?」
「公僕として、有能な冒険者には働いてもらいたいと思う。ショウコでなければな。」
「バルト……。」
「ああ、冒険者の仕事に関してどうの言うつもりはないんだ。一番いいのは私の妻になって、ずっと家にいてもらうこと。それは変わらないが、」
変わんないのかよ。番を囲いたがる本能、早く捨ててくれ。
「しかし、ショウコの有用性も領司としてちゃんと理解している。個人的にはショウコの希望を叶えてやりたいし、私自身、ショウコが目の届かないところへ行かれるのは嫌だ。それに未だ来訪者支援期間であって、月に一度の面会は必須。この期間中ならそれを前面に押し出して国内のみの出張を保護責任者として主張することは出来る。それでも、会う機会は格段に減るだろうな。いっそ仕事を辞めてしまおうか。今だって耐えられないのに。」
「ついてくるつもり?」
「ダメか?」
「おかしいでしょ。ただの友人が何処に行くにもついてくるって。」
「私も冒険者になればいい。Bなどすぐに上がれる。」
「いや、領司様レベルなら即Sだよ。こちらは大歓迎さ。そしたら二人でパーティを組めばいい。夫婦やカップルのダブルスは多いよ?」
「マッタさん。わたしたち、ただの友人ですから。」
頑なだねぇ!とマッタさんに笑われた。バルトはもう気にしてないみたいだ。気にしたら負けだと思ってるのかもしれない。わたしが言うのもなんだけどメンタル強いな。
「ちなみにマッタさんの権限で断ることは……」
「出来ない。本部の意向には従わねばならないんだ。ごめんね。」
「バルトは?」
「冒険者ギルド内部に干渉する権利は有していない。せいぜい、来訪者の保護責任者として義務を盾に条件付けをすることだけだ。」
「そっか……。」
もしかして詰みなのか。詰んだのか。
「国からの依頼を断る方法はいくつかある。女の特権妊娠出産。育児は男も。あとはギルドを辞める。ギルドに所属している以上は、本部の命令には従わなきゃならない。ショウコは来訪者だから、依頼はこなさなきゃいけないけど、考えてるほど無茶振りはして来ないと思うんだ。こき使いすぎてコソアードからいなくなられたら困るしね。」
確かに、住む国を変えるって手はある。最終手段として考えてた。でも、今のわたしはコノが好きで、コノにいたいと思っている。ギルドのみんなが好きだ。ここで、みんなと一緒にいたい。寮も出たくない。あそこの生活はとても楽しいから。
「妊娠出産は別にして」
「私はいつでも心の準備は出来ているぞ。」
「ギルド辞めるって、冒険者を辞めなきゃいけないんですか?」
「そんなことないよ。フリーになればいい。取り分は減るけど義務はないから身軽でいられる。ある程度ギルドで実績残してからそういう面倒を避けてフリーになる人はいるよ。」
「それだと寮は出ないといけませんよね?」
「そうなるね。領司様んとこに住めば?家賃かかんないだろ?」
「友人同士ではありますが一応わたしたちも男女なので。」
「今更じゃない?友人の距離じゃないよ。」
「この人が近過ぎるだけです。」
この話題になるとバルトは黙るようになった。余計な発言をしてわたしに怒られたくないからだ。外に飲みに行くと酔っ払いがこの話振ってくるからな。キントーさんのとこだけだが。
未だに美貌の領司様を手球に取る悪女扱いされてるわ。解せん。
カール・イチョシー(20)
運だけで生きる軽い調子の男
何故かCランク
アッティラーノ支部所属
いつもは領都アノ隣接の第一ではなくアソッコ地区にある第四ダンジョンにいる
ソロで活動している




