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来訪者(4)

 そこそこ起きていられるようになったので、人との交流を始めた。といっても、領館にいる人だけだ。

 この世界はヒューマン、つまり人間のみが元々住んでいたが、たまに同じ種の者が転移してきて番ったり、ヒューマンと混じったりして今では獣人が二割、竜人が五分、残りで少数種族ということだった。


「こちらでの暮らしはどうですか。」


「はあ。快適に過ごさせて頂いております。」


 ゼーキン氏は領司といって、この辺の地域の政治的トップらしい。県知事のような人だ。中央府から派遣されているお役人で、そういう人が他数人。あとは現地採用だそうだ。文字を書けるようになったのでスルースキルの使い道がなければ下っ端でもいいから雇ってもらえないだろうか。

 スキルの調査結果は結局不明。呪文を唱えればスキルが発動して認識されなくなるのは確認済みだ。スルーというよりステルススキルではないかと疑っている。今後、まとまった時間起きていられるようになったら検証していく予定である。


 今回は初めての月一面会だ。これが三年続くのか。わたしもおしゃべりな方ではないが、ゼーキン氏も似たようなもので一向に会話が弾まない。


「食事は口に合いますか。」


「え?」


「余り食が進まないという報告が。」


 ああ。こちらの食事は悪くはないが味気なかったり、肉が固かったり、脂っこかったりだからな。こだわりは強い方ではないが、こうも続くと胃がキツイ。あとやたらと量が多い。貧乏性ゆえ、残さず食べたいところではあるが毎食残さざるを得ないのだ。


「すみません。こちらの食事は些かわたしには量が多いもので。」


「そうでしたか。では、食べ切れる量を世話係に教えて下さい。他にも遠慮なさらず、ご希望があればお伝えして頂けると有難い。」


「分かりました。ありがとうございます。」


 ひたすら無言で食べ進む。これが月イチか。頻度はないがなかなか厳しい。これも領司の仕事らしいが。

 食事を全て終え、退室しようとしたらお茶が用意されてしまぅた。まだ続くのか。


「あちらにご家族がいらっしゃらないとお伺いしました。」


「ええ。育ててくれた祖父母ももう亡くなりましたし、独身でしたので。」


「ご両親は?」


 嫌なこと聞いてくるな。思い出したくもないのに。


「……色々ありまして、縁を切りました。」


「そうでしたか。踏み込んだ質問をして申し訳ない。来訪者の方は転移直後は精神が不安定になりがちだというので、メンタルケアの必要性の有無を確認したかったのです。」


 それにしても直球、いや、豪速球だったぞ。デリカシーのない人なのだろうか。顔がいいだけの男なのか。いや、仕事も出来るから今の地位にいるのだろう。あのクソとは違うはずだ。


「こちらの初婚年齢は二十代前半です。女性の一人暮らしはいらぬ憶測を生みます。宜しければ、こちらにお住みになりませんか?」


 は?何を言ってるんだ、この男は。このまま血税で養われているわけにはいかない。


「いえ。婚約者はおりましたが大変なクズ男だったので三行半を突き付けたばかりの時にこちらに参りました。対外的には離婚したとでも言っておきます。」


 コーヒーカップを持ち上げたままゼーキン氏は目を丸くしてフリーズした。デリカシーのない男に少しやり返してやろうと思っただけなんだが。


「もしや、あの指輪は……。」


「ええ。婚約者からのプレゼントでした。わたしのいた世界では婚約すると男から女へ婚約指輪を送り、結婚すると揃いの結婚指輪をつけます。ダイヤにプラチナは定番なのです。」


「そ、そうですか。求婚の指輪だったのですね。」


「ええ。結婚間近で他の女を孕ませるようなクズからの求婚ですけどね。」


 そういうとゼーキン氏はみるからにしょんぼりとして口をつける気を失くしたカップをソーサーに戻した。


「すみません。私はよく人の気持ちを慮れないと言われるのです。ご気分を害す質問をして申し訳なかった。」


「貴方、顔で女が寄って来ても性格で逃げられるタイプですね?」


 わざとらしくズズッとまだ熱いコーヒーを啜るとゼーキン氏は苦笑した。図星らしかったのに、怒らないんだな。案外、素直で温厚な人なのかもしれん。


「お陰で二十五過ぎても独り身です。」


「わたしは二十九で独り身です。だけどこうして生きてます。生きてるだけで丸もうけなんですよ。」


「なんです、それは。」


「わたしの国の有名な人の言葉です。」


 芸人だけどな。いい言葉だと思う。これからはわたしの座右の銘にしよう。


「ゼーキンさんはおいくつなんですか?」


「今年二十七になりました。」


 二つ下か。ならまだまだ出会いはあるさ。顔はいいんだもの。お金もありそうだし。


「そんなにお若くて今の地位にいらっしゃるのはすごいですね。」


「いえ、親の力でねじ込まれただけですよ。」


 そんなことはない。と、思う。おぼっちゃんだとは聞いたが、わたしが話した人は皆、手放しで彼を褒める。オジサンばかりだというのは彼には内緒にしておこう。


「そうだ。明日、例の指輪がオークションに出ます。月に一度しか開かれないもので、お待たせしてしまいました。」


「急ぎではないので、自立指導が終わる頃にお金を頂ければ。」


「それは通行証に直接入金致しますから。明細と残高の確認は私が共に行いましょう。バイキンは不正などしない男であると信用していますが、念のためですね。」


「はあ。」


 バイキン氏にはネックレスとピアスの存在もバレて、それはどうします?と二度ほど尋ねられている。これは自分へのご褒美だったので当分持っていたい。


「その耳飾りと首飾りも、元婚約者からの贈り物?」


 反省したばかりですぐこれかよ。筋金入りの失礼男なんだな、こいつ。


「いえ、これは自分の稼ぎで購入しました。」


「それなら相当優秀でいらっしゃるのですね。こちらの世界で女性の稼ぎではそのような物はなかなか購入出来ませんから。」


「わたしのいた世界では少し頑張って背伸びをすれば十代の若者でもこの耳飾りくらいは充分に買えますよ。」


 なんたってセールで一万円ポッキリだったものだ。高校生ならアルバイトしていれば然程背伸びをせずとも買える値段。ネックレスはそこそこしたが、十万円は超してない。


「こちらとは全く違う生活水準のようですね。」


「そうかもしれません。」


「苦労されるかもしれません。何かあれば、私が必ずお力になりますので。」


 それでもいい。わたしには、あの世界に生きている意味がなくなったんだから。


「お気持ちだけ、有難く頂戴します。わたしはなるべく自分の足で立っていたいので。」


 そう言うと、ゼーキン氏はあからさまに落胆していた。何だというのだ。わたしの考えが甘いくらいこの世界は貧しくて危ないのか?ボード氏の話ではそこまでではなかったはずなんだけど。


 わたしは少しだけ今後が不安になった。

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