新たな第一ダンジョン(8)
〝女子寮のみんな、新年、あけましておめでとうございます。
わたしは予定通り首都シディーゴに到着しました。シディーゴの街は華やかで、元いた世界の他国の都を彷彿とさせます。行ったことないけど。
昨日は年越しの夜会とやらに連れて行かれ、ゴテゴテに着飾らされて踊れもしないダンスを踊らされました。正直、ダンジョンに潜ってる方が気が楽です。二度と行きたくありません。
そこでマ・オウ初代総統とキョウちゃんのご両親にお会いしました。マ総統は久しぶりにジュンさんに会いたいと仰っていました。夏季休暇にでもジンさんと一緒に遊びに来て欲しいと伝言を賜りました。わたしも誘われたけどバルトが即答で断ってしまったので、よかったらいつか一緒に連れてってください。他にも友人を連れて来ていいと言われたので、お言葉に甘えて女子旅もいいんじゃないかと思っています。
キョウちゃんのご両親はキョウちゃんの普段の様子を詳しく尋ねられました。とても心配してるんだと思います。会いに来なくてもいい、手紙でいいからたまには連絡を寄越して欲しいと仰ってたよ。もうすぐBランクに上がれそうだと言うと、とても喜んでおられました。キョウちゃんの努力を認めてもらえたみたいでわたしもすごく嬉しかった。
夜会にはコートさん一家も来てて、正装してるコートさんに思わず笑ってしまいました。だって、ギルドにいる時のコートさんとは全然違うんだよ。キリッとした真顔が面白くてつい。悪いとは思ったんだけど。
みんなはどんな新年を過ごしていますか?ハナちゃんとキョウちゃん用の冷蔵庫の作り置きは足りなくなってないかな?みんなあんまり飲み過ぎず、ほどほどにね。
持たされたお土産リストはヨックバール家の使用人の方がまとめて先に送ってくださるそうです。五日の午後に届くようなので、誰か受け取ってください。ハンちゃんのリクエストはお店が年末年始休業中なのでわたしが戻るときに持って帰ります。フェイちゃんの分はわたしからのプレゼント。ちょっと早いけど結婚のお祝いです。
わたしは七日に戻る予定だったけど、もしかしたら十日になるかもしれません。首都の管理しているダンジョンに潜ることになっちゃって。バルトも保護観察者としてこのまま首都にいてくれるそうです。だから、みんな心配しないでね。ちゃんとコノに帰るから。
早くみんなに会いたいです。帰ったら、新年会やろうね。もうやってるかもしれないけど、何度やったっていいでしょ?
それではみなさん、今年もどうぞよろしくお願いします。 戸川祥子〟
「書けた。」
「貸してくれ。」
「あ、読まないでよ!」
「目に入っただけだよ。不可抗力だ。」
年末年始休暇を利用し、わたしが転移してきたコソアード国の首都シディーゴに来ている。バルトの実家であるヨックバール邸に泊まらせてもらっているのだが、これは冒険者ギルド本部と癒着している政治家からわたしの身を守るための措置である。本部からの依頼はギルドの宿泊所に泊まるように書いてあったが、そこに総統閣下が横槍を入れて、息子の番なので我が家に泊まらせると押し切ってくれた。番という言葉が初めて役に立った瞬間である。
バルトは戸籍上は祖父母の養子となっており、母方のゼーキン姓を名乗っている。この国が成立してから最初の来訪者の血筋であるゼーキン家の跡取りなんだそうだ。どんだけお坊ちゃんなんだよ。
「ふふ。仲良しねえ。」
「ゾーワ様!」
この世界には電話はないが電報的なものがある。どちらかというとファックスに近い。手紙は手紙であるが、電報の方が早いのは日本と一緒。とりあえず荷物を受け取ってもらうために寮へ事前に連絡を入れておきたかったので、年賀状ならぬ年賀電報を送ることにしたのだ。
「明日はマ総統も同行すると連絡が来た。安全面は安心してくれていい。」
「私がいます。マ総統がいらっしゃらなくても問題ありません。」
魔王様は強烈なカリスマ故、未だにマ総統と呼ばれている。現在の総統閣下で八代目と教わったが、歴代の総統は名前+元総統なのに魔王様だけはマ総統なのだ。人心掌握スキルは広範囲に及ぶようだけど、さすがに国外までは届かない。偏に魔王様自身の人柄によるものである。
イメージと全然違ったけど。キョウちゃんの言ってた通り、気のいいお兄さんだったけど。
魔族も番制度らしく、頑張れよとバルトに肩パンしてたわ。二人は並ぶと同年代に見える。魔族恐ろしや。
魔王様は奥様に騙し打ちをしたようで、何かあったらいつでも頼って頂戴ねと有難いお言葉を頂いた。番になると自分も不老不死になるなんて知らなかったのよ、と笑っていた。奥様に今でもそのことを恨まれているようで魔王様は思い切り尻に敷かれている。
首都は第五ダンジョンまであるが、どれも割と小さいダンジョンらしい。各階層が狭い、ということだそうだ。その分、とても深い。その一つが未踏破ダンジョン。左手の法則が試されるときが来た。
正規の降り口はどのダンジョンでも一つしかないので抜け道は使わない。何日かかるか分からないが、わたしのいる間に完全踏破を目指すと指令書が来てしまった。見込みがなさそうなら途中で撤退するとは言われたけど。所詮付け焼き刃な知識なのに責任取らされたら困るんだが、そこはヨックバール家とゼーキン家の威信にかけて守ると言われた。申し訳ないけど、今回ばかりは頼ることにした。
「このシディーゴ第一ダンジョンはね〜、ソヨウ夫人とジュンさんが百年くらい前に二人で踏破したって都市伝説があるんだよ!」
「コートさん、何でいるんですか?」
「来ちゃった!」
テヘペロする妻子持ちアラサー。何してんだ、マジで。
「何度も言ってるじゃん、呼び捨てでいいって。」
「先輩なんで。Aランクなんで。」
「ショウコってば頑固だなぁ。モテないよ?あ、バルトがいるから関係ないか。」
若干イラッとする感じのこの人はコート・ウ・ムーケイさん。ウチのAランカーなんだが。
「コート、何故いる。」
「親の力でねじ込んでもらった!ウチのルーキー、首都に取られたら困っちゃうからね。」
「ムーケイ卿の意向に背くことになるのでは?」
「私は放蕩息子だから!元から意向には背きまくりだよ。」
冒険者ギルドとの関係が深いムーケイ卿。コートさんの父親だ。国内の治安維持の最高責任者だ。警察庁長官と統合幕僚長を兼ねたようなポジションにいる。
「ま、あっちは勝手に期待してんだろうけどね。そこの逆を行くのが放蕩息子の矜持ってモンさ。」
見知った顔がいるのは安心出来る。コートさんのスキルの一つは〝危険予知〟だ。潜伏してるモンスターや未踏破階層のトラップなんかは教えてもらえる。アタッカーとして魔王様とバルト、ヒーラーはギルド本部の方、コートさんは〝危険予知〟だけでなく〝頑強〟もあるので特殊技能とタンク、あとわたしとギルド本部からの同行者数名、物見遊山の議員数名。何で政治家まで来るんだろう。わたしより足手まといじゃないのか?
ていうか、わたし必要かな?知恵だけで良かったんじゃないか?やはり来訪者取り込み作戦の一環なんだろうか。隙を見せないようにしなければ。
●コソアード国
民主主義国家
一党独裁のようで派閥があり、実質その派閥が党のようなもの
未だ魔王様の影響が強いので本人は余り顔を出したがらない
こそあど言葉
●首都シディーゴ
指示語
祥子さん曰く「パリっぽい。もしくはローマ。違いはわからん。」
コート・ウ・ムーケイ(28)
「貴公子然とした顔は表情筋が死にそうだけど、一般家庭出身の妻を守るために夜会もがんばるよ!」
嫁「そもそも行きたくない。一人で行け。」
正装を見た長女「パパに見えない気取っててキモイ」
次女「おじさん、だあれ?」
戸川祥子(29→30)
元旦生まれ
ひとつ歳を取った