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新たな第一ダンジョン(6)

「あ、おはようございます……。」


 目があったのであいさつしてみたが気まずい。キョウちゃんの元カレさん、名前なんだっけな。バルトの補佐のバイキン氏の部下ってことしかよく知らない。

 少し早めに来てしまったから門の前で待ってたいんだけど、この人もここで誰かと待ち合わせなんだろうか。困ったな。


「おはようございます、お待ちしておりました。」


「は?」


「すみません、領司に願って少しお時間を頂きました。あ、すぐ済みますので、寒いですがどうかこのままで。」


「それはかまいませんけど……キョウちゃんのことですか?」


 悲しそうな顔をして頷いた。まだ好きなんだな。頭にバルトの顔が過ぎる。なんかインプリンティングされてるな。あー、やだやだ。


「キョウ、さん。彼女、元気にしてますか?」


「元気ですよ。ランクアップのために毎日わたしと一緒に特訓しています。」


「そうですか。……あの、彼女に取り次いでもらえませんか?もう一度会って話がしたいのです。」


「それは……」


「何度かギルドに訪ねに行ったんです。業務外だと取り合ってもらえなくて。分かってはいたんですけど。彼女、女子寮にいるんですよね?あ、ギルドで聞いたわけではないですよ?個人情報の管理は徹底させてますから。ただ、あんな即日引越しできる先なんてギルドの女子寮しかないですしね。そちらにも行ってみたのですが、バンタン卿に門前払いを食らいまして。当然ですよね。」


 言い訳でもするかのように、途中から斜めに視線を落として捲し立てる元カレさん。


「あの。」


「会いたいんです。やり直したいんです。せめてもう一度、落ち着いて話し合いたいんです。そうしたらキョウも僕の気持ちを分かってくれると思うんです。」


 ハイ、カチン。


「お断りします。」


「ど、どうしてですか?」


「お分かりにならないなら結構です。どうせ会ったってまた平行線になりますよ。これだけは言えます。バルト!バルト、いるんでしょ!出て来て!もう行こ!」


 あ、やっぱりいた。わたし、成長してんな。門の横の大きな木の後ろから出て来た。盗み聞きかよ、趣味悪いな。


「本当にキョウちゃんに会いたいなら、その考え方を直してから来てください。失礼します。おはよ、バルト。」


「おはよう。では、行こうか。カーレッシ、また明日。」


 あ、そうだ。ムーカシーノ・カーレッシ氏だ。昔の彼氏だったのか。いつもムーカって呼ばれてたからな。復縁出来なさそうな名前。失礼だけど。


 上司(バルト)が出て来たからか、カーレッシ氏は何も言えなくなってその場に立ち尽くしたままわたしたちを見送った。


「意外だった。」


「何が?」


「ショウコならリョーリ嬢に彼を引き合わせると思っていた。何だか悪いことをしたな。彼にもショウコにも。」


「だってあの人キョウちゃんの話聞く気なさそうだったから。落ち着いて話せば僕の気持ちを分かってくれる?ふざけんなだよ。何で今日のこと許可したの?」


「冒険者の女性を愛する同じ男として……少し同情したんだ。」


 だと思った。心配してくれるのは有り難いけど、バルトも同じ考えでいる限りはわたしとコイツは平行線だ。人生が交わることはないだろう。


「何か恐ろしいことを考えてる気がする。」


「さあね。」


 その話は続かず、他愛もない話をしながら繁華街に向かった。少し足りない冬物を買い足したり、本屋に寄ったりと、一人で来てもいいような買い物に付き合ってもらった。本能だからなのか、わたしに貢ぎたくなるのを何とか我慢してるバルトは面白かった。番に貢ぎ、住み心地良い巣を提供するのが竜人男性の本能だという。面白いって言ったら悪いか。我儘を耐えて親に褒めてもらいたい子どもみたいで可愛い。昼食は朝の迷惑料ということで押し切られたけど。

 フェイちゃんの彼氏の食堂に行くと、開店前なのに少し並んでた。混む前に早めにと思ったんだけどな。


「繁盛してるんだな。」


「そうだよ。平日でもピークタイムは並ぶって言ってたし。」


 バルトが来たからか、並んでた若い男性客は驚いた顔をして、年配の方は順番を譲ろうとしてくれたが、それは丁重にお断りした。領司様はこんな風に街をフラフラ歩かないものなのかな。


「お待たせしました〜!順番にご案内しまーす!」


 休みの日は既に花嫁修行として店を手伝っているフェイちゃんからは日頃のホワホワ感がなくなっている。もう若女将の貫禄があるじゃないか。


「いらっしゃいませ。ご注文は?」


 フェイちゃんの彼氏、ナーシ・スッキライさんがテーブルに来てくれた。


「唐揚げ定食で二つ。ライスで。」


「ランチのライスは大盛り無料ですけどいかがいたします?」


「どうする?」


 目的は唐揚げだ。例の商会がターテナーガ米も仕入れているというので試しに仕入れてもらった。タイ米のような細長い米を使ったサラダなんかはこちらでも食べられているが、ターテナーガ米はわたしの思うジャポニカ米だった。注文時に商会の担当から調理法分かります?と言われたんだけど……と相談を受け、正式な依頼としてターテナーガ食材の調理法を披露した。

 米は腹に溜まるからか、パンとライスを選べるようにしたら口コミであっという間に男性客が増えたらしい。お陰で先週から店がてんやわんやだと言う。


「いや、普通でいい。」


「じゃあ、ご飯は普通で。」


「トッピングもありますが、おつけになりますか?」


「タルタルと大根おろし、チリソースがあるんだけどどうする?」


「そのままでいい。」


「それで。」


「かしこまりました。少々お待ちください。五番卓、カラ、二ィ!入ります!」


「二番卓、タルカラカラマシメシマシ一丁!」


「三番卓、おろカラ一丁!」


 大体みんな唐揚げ定食頼んでるな。ガッツリ好きな男性客の好みに合致するのだろう。子どもにも人気だと言っていた。


「人気のようだな。」


「ね。ビックリ。」


「来訪者の故郷の味と言って売り出してるんだ。人は集まって来るだろう。」


「あんまりこういうことする来訪者っていないのかな?」


 来訪者の割合は男性が高いからかな。スキル見ても戦闘に振り切ってる人の方が多い。


「聞かなくはないが、この国では初めてだな。ヒューマンの来訪者は祖国の味の再現をする者がいる。」


 この国の歴代来訪者は三人。一人目がソヨウさんやバルトの先祖の竜人。二人目が魔王様。三人目がわたしだ。他の種族は余り食に興味がないのだろうか。

 二人で唐揚げ定食を食し、腹ごなしにコノ中央公園という大区画丸々一つが公園になっている市民の憩い場を散歩する。ところどころにキッチンワゴンが来ていて、飲み物を買ってベンチで休憩することにした。


「ふう。」


「結構歩いたな。」


「ダンジョンほどじゃないけどね。」


 そう言うとバルトはわたしを伺うように顔を覗き込んで来る。距離感については前回ものすごく話し合ったので、一定距離以上は近付いてこない。元来わたしはパーソナルスペースが広めだから、人が近いのは苦手だ。


「朝の件なんだが。」


「うん。」


「すまない。気分を害しただろう?」


「あー、まあ、ね。でも、バルトには怒ってないよ。部下のこと思ってのことだし。あっちもあっちでそれを見越してバルトに頼んだんだろうし。」


「どうして断ったか聞いてもいいか?」


 どこから話そうか。カーレッシ氏に腹が立ったことはさっきも言ったけど。


「この国はさ、職業選択の自由があるでしょ?」


「ああ。」


「男女差別や種族差別も、法律で禁止になってるでしょ?」


「そうだな。マ総統がショウコの故郷の法をモデルにお決めになった。」


「んじゃさ。何でバルトはわたしに冒険者はやめておけって言ったの?」


「それは……危険が伴う仕事だから」


「でも誰かがやらなきゃいけないことだよね?アイテム回収はともかく、モンスターの駆逐は誰かがやらないと市民の安全が守れないよね?」


「そう、だな。」


「兵士だけじゃ追いつかないから、冒険者ギルドを作ったって習ったよ。貴族社会の名残りだけど、兵士が騎士って呼ばれて血筋でしかなれなかった頃に、平民の中でも戦闘に向いたスキルの人を拾い上げるための組織だったって。治安維持のために。」


 冒険者ギルドの歴史は古い。この国が民主化する前からある。他にも理由があるのかもしれないけど、表向きの設立の理由はそうなっている。


「間違いない。」


「例えばさ、ウチのハナちゃんとか、スキルが〝怪力〟なわけよ。」


「とても冒険者に向いている。」


「わたしもそう思う。キョウちゃんだってそうだよ。〝俊足〟だし。向いてるスキルがあって、本人のやる気もあって、社会貢献出来る職業なのに、何でダメなの?女だから?兵士だって、戦争が起きれば国のために戦うんだよね?女性の兵士だっているじゃん。それと何が違うの?わたしたちはハナちゃんみたいな力がない分、それを補うための努力もしてる。今のわたしならあの時の第三みたいな状況になってもオールスルーで逃げ切ることは出来るけど、キョウちゃんは違うよね。あの人は彼氏だったんだから、その努力をずっとそばで見てたはずなんだよ。キョウちゃんは何かあった時の覚悟だって、ちゃんとしてる。それにさ、男性冒険者だって同じだよ?でも、ちゃんと結婚してる人も多いし、男の人もパートナーに危ないから冒険者やめろって言われることもあるかもしれないけど、ハイ分かりましたとはならないと思うんだよね。何だったら今からギルド行ってアンケートとってみる?貴方は奥さんや恋人に危ないから冒険者を辞めてくれと言われたら素直に受け入れますか?って。」


 睨み合うような状態になっていたが、バルトはスッと顔を逸らして両手の中のカップに目を落とした。


「いや、いい。彼等の覚悟と誇りは私も理解している。」


「うん。あー、まあ、何が言いたいのかっていうと、そういう根底の男女差別?ん?話しが広がりすぎてるな。そうじゃなくて、えーと、」


「分かった。リョーリ嬢の覚悟を彼が軽んじた。それに腹を立てたんだな。」


「そういうことになるかな。あと自分の意見の押し付けね。考え方が違うからこそ話し合わなきゃいけないのに、あの人は話し合いって言いながらキョウちゃんを説き伏せる気だった。それじゃ話し合いじゃないじゃん。どっかで妥協点見つけるための話し合いならまだしもさ。だから、会っても無駄だなって思ったの。一応、朝のことはあの子に報告はするけどね。」


 と言いつつも、自分がまったくもって出来てなかったことだから現在わたしの心には盛大にブーメランが突き刺さっている。どうにかそれをバルトに気取られたくなくて、残りのジュースを一気に飲み干した。

ムーカシーノ・カーレッシ(23)

通称ムーカ

キョウの元カレ

バイキン氏の秘書みたいな仕事をしている

以前から結婚を機に冒険者をやめさせたいと思っていた


ナーシ・スッキライ(21)

好き嫌いのないフェイの婚約者

スキル〝絶対味覚〟

神の舌を持つ男

将来食堂を大きくして一大チェーン店のオーナーになる予定

フェイ、玉の輿

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