新たな第一ダンジョン(4)
「別れてきた。寮に戻るわ。手続き先にして来ていい?」
「い、いいよ?」
驚き過ぎてイエス以外の返答が出来なかった。え、別れちゃうの?話聞かない男ならさっさと別れた方がいいよ的なことを言ってしまった。責任を感じる。
「お待たせ。」
「お帰り。」
「悪いんだけど、これから荷造り付き合ってもらえない?依頼もついでに出して来た。おハナがいればな、荷物運ばせたんだけど。」
「え、今日なの?」
「うん。あっちが仕事の間に荷物引き上げたくて。」
「彼氏さん、なんて?」
「そっちこそこっちの気持ちをわかってない、だって。平行線だよ。」
キョウちゃんの彼氏の言葉なのにわたしもダメージを受けてしまった。
「いいの?夜逃げみたいに出てって。」
「夜逃げっていうか、昼逃げ?あっちももう私に付き合っていけないって言ったんだからいいでしょ。サンの部屋が空いてるから、そこに入ることにした。これからよろしくね。」
「う、お、うん?こちらこそ?」
というわけで、本日の訓練はお休みしてキョウちゃんの引っ越しを手伝うことになった。
「散らかっててごめんね。あ、でもあんまり私物はないんだ。あっちの部屋に転がり込んだから。」
も、物が散乱している。
メニちゃんのところのような汚部屋というより、これは……
「かなりバトッたね?」
「分かる?分かるか。」
冒険者とバトッて彼氏さん、無事かな。
「あ、直接手は挙げてないよ?」
「キョウちゃん〝読心〟あったっけ?」
「アハ。だってそういう顔してた。」
とりあえず、ギルドから借りて来た木箱に物を詰める。装備品なんかはギルドのロッカーに入れてるから私服と少しの小物類くらいで、みかん箱くらいの木箱が二つで収まった。わたしのときと大違いだな。アレでも減らしてもらったんだが。まだ領司館に置いてあるらしいけど。
量的にわたし、いらなかったんじゃないか?まあ、誰かといたかったのかもしれないし、別に構わないんだけど。
リヤカーに木箱を乗せて、えっちらおっちら引いていく。
「ショウコ、よくそれで冒険者やってんね。」
「いや、無理だよ!まだ、こっち来て、一年も、経って、っしょ、ないんだから。」
「来訪者はいいなぁ。特殊スキルあって。」
「来たくて、来た、わけじゃ、ない、けどね!」
「あ、ごめん。」
「いい。大、丈、夫ッ!わたしも、あっちに、いたく、なかったから、無理!交代!」
ふはあ!石畳の道だから振動が辛い!手が痛い!何で交代で荷台に乗ろうなんて話になったんだっけ。もうちょい体鍛えたいってわたしがぼやいたからだった。自業自得だった。
交代して荷台に乗ると、ハナちゃんほどじゃないがキョウちゃんは普通にリヤカーを引いている。さすが冒険者だ。
「今日は私の歓迎会だね。」
「自分で言う?」
「やってくれないの?」
「やるよ。ジュンさんの酒盛りデーだし。いいワイン出してもらお。」
今日はキントーさん経由で手に入れた醤油を使った料理を振る舞う日だし。丁度いいや。
「キョウの出戻りに、かんぱーい!婚期逃し仲間増えたフゥーッ!!」
「ハン、さすがにまだ早いわ。キョウは21よ?」
「ハンちゃん、わたしにケンカ売ってる?」
「ショウコは番がいるじゃん!保険あるじゃん!あたしは崖っぷちなんだよ!?」
「ハイハイ、うるさいわよ、小娘ども。主役のキョウから一言どうぞ。」
「あは、えーと、キョウ・ノ・リョーリ、無事出戻りました!」
「フッフーウ!」
寮の十代チームはまだ第二で特訓中。キョウちゃんの歓迎会は寮の二十代と年齢不詳のエルフだけで開かれている。
「で、その酒瓶、デカくね?」
「これね。酒瓶じゃなくて調味料。」
「飲むの?」
「飲まないよ。料理に使うから。」
「ショウコの世界にもあるものなんだって。」
「へ〜、異世界料理かぁ。」
といっても、荷解きの後にキョウちゃんに手伝ってもらいながら既に作り終わってるんだけど。サラダのドレッシング作るの忘れたから出しただけ。
「はい、コレ、ハンちゃん絞って。」
「ちっから仕事なら任せんしゃい!」
「当分嫁に行けそうにないわね。」
「んだとこの彼氏いない歴百年以上のエルフが!」
「頭カチ割るわよ?」
おお、こわこわ。何でハンちゃんもう酔っ払ってんだよ。まだ始まったばっかなのに。ジュンさんに絡むなよ。
「ショウコの作るのにしては彩りが……なんていうか、茶色ばっかりね。」
ふんぬ!と言いながら柑橘を搾っている、いや、粉砕しているハンちゃんは置いといて、フェイちゃんに彩りのなさについてご指摘を受けてしまった。調子に乗って醤油フルコースだからな。
「ごめん、昔よく作ってた物ばっか作っちゃって。コレ使うと全部茶色くなっちゃうんだよ。」
「調味料の色なのね。」
ポンカンもどきの柑橘果汁と、これまたターテナーガ産の胡麻油を混ぜてドレッシングを作る。フェイちゃんは醤油に興味があるようだ。来年結婚と同時に冒険者引退と言っていた。専業主婦になるのではなく、彼氏の家がやってる食堂を手伝うんだそう。
「うん。美味しい。」
「気に入った?」
「この鶏揚げたのめっちゃうまい。」
「レモンはお好みで搾ってね。大根おろし乗せて醤油かけて食べてもサッパリしていいよ。こっちは大根の皮を醤油と鷹の爪で漬けたやつね。箸休めにどうぞ。」
「至れり尽くせり!嫁に欲しい!ショウコ!結婚しよ!」
ハンちゃん、いつもテンション高いけど今日はやけに弾けてるな。
「ねえ、ショウコ。これ、レシピ売ってくれない?」
「レシピって売れるの?」
シェフとか料理研究家じゃないんだけどな。唐揚げだって下味なんか醤油と生姜と日本酒は手に入れられなかったけど何故か醤油買った商会で米焼酎は取り扱ってたからそれ入れて揉んだだけなんだけど。
「売れるわよ。まあ、技術関係と違って権利料は発生しないけどね。」
「そうなんですね。いいよ、フェイちゃん。彼氏に作ってあげて。」
「あ、家で作るんじゃなくて、彼の親がやってる食堂で出せたら人気出るかなって。」
あー、なるほど。唐揚げ定食なんて定番だ。売れるに決まってる。
「いいんじゃない?別にわたしが考えた料理でもなし。あ、でも、キントーさんにも醤油料理教える約束なんだけど、大丈夫かな?」
「出来ればコレは当分独占したいけど、ショウコ次第よ。」
「んー、でも、フェイの彼氏の実家ってキントーさんトコと客層被んなくない?あっちはオッサン、こっちはファミリー向けじゃん。」
「ていうか、何でみんなあんまりキントーさんのとこ行かないの?」
アーリさんはたまに売店に不在の札かけて後輩指導してる。元Aランクなだけあるんだけど、キントーさんだってそうだ。キョウちゃんなんか同じスキルなんだから、キントーさんの話は参考になると思うんだけど。
「あそこはな〜。」
「カウンターしかないしね。」
「なんか落ち着かないんだよね。」
「そう?」
「外で飲むなら個室がいいよね。」
「そうね。」
この世界の飲み屋って個室が普通なの?聞いてみたらそんなことはないけど、女子だけで飲んでると絡まれたりするから個室の方が落ち着いてていいらしい。面倒な酔っ払いはどこにでもいるんだな。
確かにキントーさんのとこの客層はそんな人ばかりだわ。悪女呼ばわりされたしな、わたしも。