キントーの酒場にて
コノへ帰還。
「ホイ、お疲れさん。お通しと、これね、俺のおごり。」
「いいんですか?」
「いーのいーの。第三に行った奴らにはみんな出してんの。新人なのに大変だったな。」
わたしはコノに戻って来た。それまではギルマスのマッタさんとゴズさんの判断から、研修期間を一か月延長し、第二で他の冒険者と共に訓練の日々を送っていた。
合間に第三ダンジョンで御霊鎮めが行われて、久しぶりにキョウちゃんに会った。事後処理の担当者として派遣されて来たお役人の彼氏が付き添っていた。笑っちゃいたけど、頬が少しこけていた。女の子だけチームだったキョウちゃんのパーティは彼女ともう一人が残った。ダンジョンに取り込まれたサンちゃん、ジュンさんの到着に間に合わなかった子、生き残った子も肘から先をモンスターに奪われてしまって冒険者は引退せざるを得なくなった。ハーフエルフのジュンさんでは失くした部位の再生は難しい。
今後、キョウちゃんがどうするのかは分からない。当分、第三にいるつもりだと言っていた。
「おいしいです。」
何の肉だか分かんないけど。濃い味で酒が進む。見た目は佃煮っぽいけど、この黒に近い茶はバルサミコ酢だった。甘酸っぱさがあって美味しいが、脳に伝わる見た目と味のギャップに口へ運ぶたびに驚かされる。醤油よ、あなたはどこにいますか。探しています。連絡を下さい。
「おい、キントー。ショウコにコレ、つけてやってくれよ。」
「お、お前から?」
「そうそう。一回、あちらのお客様からですってやってみたかったんだよな。」
「万年金欠がめずらしい。おっしゃ。お客様、あちらの小汚いオッサンからです。」
わたしが訳もわからず目を瞬かせていたら、キントーさんとその客で言い合いが始まった。
「キントー、テメェ!小汚いオッサンってなんだ!」
「いやいや、小汚いオッサンでしょ。」
「ああん!?」
「あの!」
久々に大声出したかも。何となく、〝オールスルー〟するようになって声を潜めることが増えた。かくれんぼをしているような気分になるから。それは第三に行ったことで拍車をかけた。見つかりたくない。誰に?何に?
二人はバッとこちらを向いた。少し早い時間なのでまだお客はわたしの他に三人しかいない。あとの二人もなんだなんだと野次馬している。
「あの、どうしてコレいただけるんですか?」
「んあ?あー、包帯まみれだったから覚えてねぇか。第三でよ、腕と膝から下、ショウコのお陰でこの通り元に戻ったからな。その礼だよ。」
「遠慮すんなもらっとけ。金がねえからシケたモンしかおごれねーオッサンだけど。」
「んだとゴルァ!」
「やるかゴルァ!」
「いえ!あの、ありがとうございます。ご馳走になります、す、いただきます。」
すみません、という言葉を飲み込んだ。今は使っても良かったけど、ゴズさんにつまんないことで謝ってばかりだと言われた指摘は結構グッサリと来た。すみません、ごめんなさいを減らしたら、ありがとうと言うことが増えた。別に前からちゃんと感謝は伝えて来たつもりだけど、ありがとうを増やすと相手から笑顔がもらえる。ナメられる云々は置いといて、せっかくの親切もこちらが恐縮してしまうと、相手にとって何だか悪いことのように思えてしまう。そう考えて、ありがとうと感謝をたくさん伝えるように心がけている。
「おーう。食ってくれや。」
「キントーさんも。キントーさんの作る料理は何でも美味しいんで。しけたものなんてないですよ。」
「そ、そう?やだな〜、そんな褒めんなよ!」
「うっわ、キントーきんもッ!」
また言い合いが始まったけど、他のお客と目が合うと呆れたように笑いながらお手上げとジェスチャーをした。これもよくあるじゃれあいなんだろう。彼等の日常だ。
すると店の入り口の戸が開いた。上半分がガラスだからシルエットで分かる。わたしの連れだ。
「邪魔をする。」
「お、領司様!いらっしゃい。」
「ショウコ、待たせたな。」
「そんな待ってないよ。お言葉に甘えて先に飲んでる。」
「構わない。キントー、ショウコと同じものを。」
「ウイスキーの水割りで。」
「ハイボールはダメなのか?」
「炭酸とアルコールの組み合わせで泥酔するって自覚ないの?」
バルトは眉根を寄せて首を傾げている。自覚なかったのかよ。
「嫁さんの言う通りにしとけ!ホイ、水割り。と、コレお通しと、こっちはサービス!」
わたしは嫁じゃない。バルトの口の端が少し上がった。喜ぶな。そんな関係じゃないだろう。
「サービス?」
「領司様も第三に行ったんだろ?聞いたわ、ミスリル真っ二つだったって。なんだそれ、Sランクどころじゃねえよ。冒険者形なしだって!ま、感謝の気持ちっての?受け取ってよ。」
「頑張ったご褒美だって。」
バルトは小皿の佃煮もどきをじっと見て、それからキントーさんに礼を述べた。
あの日、予定より早く来たのはスキルの〝飛翔〟を使ったからだそうだ。ジュンさんをお姫様抱っこして二人で飛んできたらしい。
今日は先月結局出来なかった面会日の変わりだ。今月ももう半分近くに来てるが、とりあえずお疲れ会をしようと言うことになった。一応、御霊鎮めの時に顔を合わせてはいるけれど、バルトは多忙なので領都にとんぼ返りしてしまった。
「献杯という言葉は初めて聞いた。」
御霊鎮めで故人を偲びながら盃の酒を一口飲んで、残りはダンジョンに垂らした。それが作法らしい。冒険者は酒好きが多いからだそうだ。酒を好まぬ者へは、縁のある者が好きな飲み物を垂らす。
その時に小さく口にした言葉をバルトは拾っていたようだ。
「わたしの国の冠婚葬祭の葬の時の音頭だよ。故人に捧げるって意味では御霊鎮めとおんなじかなって思って、ついね。」
「いい言葉だと思う。これから推奨しよう。」
そこまでせんでも。おじいちゃんの葬式の時は飲むふりだけして、おばあちゃんの時はまだ酒に慣れてなかったけど無理して飲んだ。やけくそだった。
「だが今日は乾杯でいこう。無事にコノへ帰って来た祝い酒だ。」
「そうだね。乾杯。」
「乾杯。」
きちんとバルトと目を合わせて、グラスを鳴らした。そこにキントーさんが驚きながら注文してあった季節の野菜のフリッターを置いた。
「なに、お二人さん。随分と仲良くなったな?」
「ショウコ、とうとう腹ぁくくったか!?」
「領司様よぉ、デートならもっといいとこ連れてってやれよ!」
「そうだよ、こんなシケた店じゃなくてよ!」
「んだとゴルァ!」
「やるかゴルァ!」
野次馬の野次がうるさい。茶化さないで欲しい。ま、ココはいつもこんな感じだけど。
「生憎だが、私とショウコはようやく友人になったばかりのところだ。」
は?とオッサン全員の口から漏れ出た。突き刺す視線がわたしへと注がれる。
「ショウコ!この人の何が不満なんだ!?」
「つか、友人て!なったばかりって!」
「今まで何だったん!?」
「おいおい、ショウコ。そりゃあいくらなんでも領司様が可哀想だぜ!」
わたしが悪者か。わたしが悪いのか。店の中は男ばかりだからアウェイだった。みんなバルトの味方をする。
「これまでは保護責任者と来訪者の関係です。」
「ひっで!」
「領司様、ホントにコレが番なの!?」
「間違いない。」
「マジかぁー!」
「不憫過ぎる!」
みんながバルトに同情して「おごっちゃる!」と料理や酒をキントーさんに注文していく。わたしは手を出したらダメだと言われた。そんなひどい。
「でもよぉ、一回くらい、あまぁ〜い空気になったこともねえの?」
余計なこと言わないでくれ。バルトがこちらを少し見たのが視界に入る。
「ない。」
「あったな。」
「あれはあった。」
「ショウコマジひでえ。」
「悪女だ、悪女。」
何でこんな風に言われなければならないんだ。解せん。わたしは悪くない。