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第三ダンジョン(6)

 わたしが不貞腐れたのに気付いたのか気付かないのか、ゼーキン氏はそのまま言葉を続けた。


「だけど、一目見て分かったというわけじゃない。今までにない感情が湧き上がるのは感じたが、それが番に対するものだとは気付かなかった。何なのか、暫く分からなくて、なのにショウコのことが気になって、久々の来訪者だからと理由をつけて、毎日細かく報告を上げさせていた。母は番は一目でこの人だと分かると言っていた。私は人の感情の機微に疎いから、判断材料がなかったのだと思う。きっかけはショウコについての報告だ。食が進まないと聞いて、このまま衰弱して死んでしまうのではないかという不安に駆られた。一度目の面会で、育ててくれた祖父母殿を亡くしたと言ったとき、元の世界にいる両親とは縁を切ったと言ったとき、ショウコはとても苦しそうな顔をしていた。ああ、だけど、元婚約者の話に及んだときには心を立て直してたね。……自分では気付かなかった?」


 わたしが立ち止まってしまったので、ゼーキン氏は顔を覗き込んでわたしの反応を伺っている。だからいちいち距離が近いんだよ。

 手でぐいっとその整った顔を押し退けると彼は笑う。何故笑う。頬の肉が寄ってマヌケ面になってるのに。何でそんな肌がスベスベなんだよ。

 手のひらから顔が離れたので息を吐いて腕を下ろすと抱きしめられた。おいまた距離感おかしいぞ。お前とわたしは他人だ他人。


「結婚を考えていた男がいたと聞いて、心臓が潰れるような心地がした。その後にその男が不貞を働いて破断になったばかりだと聞いて、そんな話をさせてショウコを傷付けたと思うと息苦しくなった。やっぱりショウコは怒っていて、すごく悲しくなった。だけどどう返したらいいのか分からず、強がった。見合いの話を面白おかしく世間に広められて、傷付かなかったわけじゃない。嫌だった。見合いは私だけの問題じゃない。相手もいることだ。中には想いを寄せてくれる女性もいた。なのに私の心は動かない。そういう女性には直接断った。それが誠意だと思ったからだ。ウソでも応えてみようと思ったけれど、結局それも出来なかった。申し訳ないという気持ちはあっても、彼女たちと同じ気持ちにはなれない。愛も恋も、はなから理解も出来ない。自分が人として欠けているように感じた。家族は心配してくれたが、一生独り身の覚悟をしていたよ。」


 そうだよな。ソヨウさんもジュンさんへの手紙に、無表情、我が子ながら何を考えてるかさっぱり分からないと書いていた。だからといって、無感情な訳じゃない。この人だって傷付くんだよ。コノだけでもみんながこの人のお嫁さん探しの話を知っていた。キョウちゃんなんて当事者だけど、普通の居酒屋にいるような客ですら知っている。プライバシーもクソもないよな。見合い相手にも失礼だ。

 何となく、ゼーキン氏が多くの人の目に怯えた子どものように思えて、わたしも腕を背中に回して片手で青みのあるプラチナの髪を撫でた。


「あのとき、君は言った。生きてるだけでまるもうけだと。」


 言った。確かに言った。アラサーで未婚者でも生きている。生きてるだけでまるもうけ。そう言った。お笑い怪獣の名言だ。覚えてる。


「母は、ソヨウは、私を産んたことで一気に加齢が進み儚くなってしまった。私は母に生きてて欲しかった。私なんか産まなければ良かったんだ。そう思って、父をなじったことがある。どうして私を作ったんだと。……怒られたよ。番である父との子を成す。それが母の望みだったのだから。強く厳しい父が涙を流しながら、分かっていたけど断腸の思いで母の求婚を受け入れたんだと。それは父にとっての地獄の始まりだったんだ。分かっていても、母の懇願を受け入れたんだ。愛していたから。竜人の女の人生最大の喜びは、番の子を産むことだ。竜人にとって番は何者にも変えられない。あのままいけば、父の方が先にいなくなり、母は永い時を孤独に過ごさねばならない。それが出来なかったと言っていた。父はならばその地獄を自分が引き受けると覚悟を決めたんだ。私はヒューマンと同じように加齢しているから母ほど永い孤独ではないだろう。けれど、これから先、ショウコを失ってしまえば地獄が待っている。番と出会ったが添うことが叶わなかった竜人が避けられない孤独だ。番を求める本能はとても一方的で、身勝手だ。それは分かってる。それでも……!」


「ぐえ」


 変な声出た。竜人の血が濃い大男のくせに全力で抱きしめるなよ。


「す、すまない。痛かったか?」


 解放されたら咳がでた。締め殺されるかと思ったわ。せっかく生き残ったのに。


 生き残ったのに、か。


「痛かったです。」


「ごめん、ショウコ。」


「死ぬかと思いました。」


「ほ、本当に、申し訳……」


「生きてるって、実感出来ました。」


 ハッとしてわたしを見る橙と翠が混じったような不思議な虹彩に、わたしが見える。()()()、この瞳にわたしが映ることに歓喜した。それだけは覚えてる。


 でも、それはいっときのこと。だけど、もう嫌悪感はない。


「ショウコ。」


「はい。」


「生きててくれてありがとう。」


「助けに来てくれてありがとう、バルト。」


 名前!と叫んで破顔してまた締め殺しにかかって来たゼーキン氏の頭を何とかぶん殴って腕から逃れ出た。


「ゼーキンさん。わたし、貴方のこと好きじゃありません。」


「ぐッ!……わ、分かっている。何故また呼び方を戻した。」


「貴方の言う番とやらも、正直迷惑です。」


「それも知っている……。」


()()()も、ほとんど覚えてないけど結局カラダが目的なのかと朝になってすごくガッカリしました。」


「あれは!……いや、弁明のしようもない。訴えてくれていい。」


 そうか。訴えて良かったのか。何でだろう。そういう考えには至らなかった。頭のどこかでアレは合意だと自分でも思ってたのか。


「それやったらお見合いゴシップの騒ぎどころじゃなくなりますよ?」


「いい。それでショウコの気が済むのなら。」


 本気で言ってる?犯罪者になるつもり?地位も名誉も家柄も資産も能力も容姿も何でも持ってるのに?


「わたしも巻き込まれるんですけど。色んな人に性犯罪の被害者だと見られていいわけですね。」


 本当に無理矢理だったら、とっくに訴えてたと思う。泣き寝入りはしない。


「それは……そういうのがないとは言えないが、ショウコの名誉は絶対に守ると誓う。私の全てをかけて、必ず。」


 本気なのか。一瞬、どんだけ踏んだくれるかなとか考えてしまった。いやいや、ダメだ。ダメじゃないけどダメだ。出るべき時には出るつもりだが、アレはそういうんじゃない。


「いいです、それは。でも、許しません。」


 ゼーキン氏の顔色が一気に悪くなった。でも、許してあげない。まだ続くんだぞ。これくらいで青褪めないでくれ。


「わたしはゼーキンさんの番にはなれません。」


 顔を歪めて懇願するようにわたしを見てくる。でも、番はイヤなんだ。心が誤魔化されてしまう気がするから。


「あ、あ。」


「ゼーキンさんがわたしを知らないように、わたしもゼーキンさんのことを知りません。」


「あ、ああ。うん?」


「だから、たくさん話しましょう。月一の定期面会も逃げないでちゃんと来てください。」


「い、いいのか?」


「職務放棄しないでください。ただでさえ低い評価の底が抜けますよ。」


「わ、かった。それは、二人で会ってくれる、ということ?」


「二人でも、他の人を交えてでも。ジュンさんからの依頼でよくお酒のつまみを作るんです。今度、三人で飲みましょう。」


「バンタン卿か……。」


「ダメですか?わたしがこの世界で今、一番信頼してるのはゴズさんとジュンさんです。まずはそういう、友人としてのお付き合いから始めましょう。」


 まずはこの人を知る。知りたいと思う。わたしにも判断材料なんかない。番と言うならば、番への愛はわたしの知っている愛や恋と何が違うのか見極めたい。受け入れられなかったら、この人が言う通り、ゼーキン氏は一生孤独に過ごすんだろう。喪失感と共に、果てしない大海に、小舟でひとり浮かんでいるような空虚さに向かって、わたしがこの人をその地獄へ突き落とすんだ。

 その時はちゃんとわたしも覚悟を持って伝えたい。きっと一生罪悪感に苛まれる。それを受け入れる覚悟。それがこの人への誠意だと思った。


「友人ですらなかったのか……」


 ただの来訪者と保護者の関係ですけど?何だと思ってたんだよ。

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