第三ダンジョン(5)
今回の死亡者の中には、サンちゃん以外にも数人知った名前の人がいた。サンちゃんほど親しくはなかったけど、胸が痛い。わたしが欠損部位を預かった人の中にも、数名、間に合わなかった者がいる。キョウちゃんだってもしかしたらと思うと身がすくむ。
「こんなことになるなんて。気軽に頼むべきじゃなかった。あたしのミスだ。」
ギルマスのマッタさんに謝られた。ゴズさんへの司令書を出した時点で、第一階層までの抜け道を上がって来たのは低層階でも一番上の第十一階層によく出るモンスターだった。
まず第十一階層でパニックが起き、第一階層までの抜け道を見つけた高位モンスターがそこから登って来た。高層階のモンスターを踏み潰しながら慌てるように出口を目指すモンスターたち。その対処までは良かった。中堅の冒険者たちで何とか対処出来た。特に今は領都を拠点にしている人員が第二第三へ回っている。人手は足りていた。
スタンピードの特徴として、モンスターの混乱がある。高層階と違いより理性的なモンスターでさえ錯乱していた。これが司令書にあった〝スタンピードの予兆〟に当たる現象だった。このまま外に出れば大規模スタンピードは免れない。狂った状態では低ランカーは尚更太刀打ち出来ない。モンスターと同じように恐慌状態に陥ったコノから来ていた若者が特に多く犠牲になった。
第三常駐のネンドさん、ブンボさん、ジンさんはAランカー。三人が前に出て、BランカーCランカーたちを指揮しながら第一階層の一本道を利用してモンスターが殺し合うのを誘導しつつ、外へ行かぬよう足止めしていた。そこまでは上手く行っていた。これにゴズさんが加われば、わたしが見学しても問題ないだろうとギルマスは判断した。
わたしたちが馬車で到着する直前、第十一階層に潜っていた熟練の冒険者が目撃したミスリルゴーレムの事を報告するために遠回りだが別の抜け道を上がって来た。その冒険者のパーティの生き残りは彼だけだった。彼は命からがら外に出て何とかギルドの派出所へ報告し、コノに連絡。ここで報連相が上手く行かず、わたしはゴズさんジンさんと共にダンジョンへと入ってしまった。ジンさんがゴズさんとわたしを迎えに出て来たのは収束の目処が立ったからだった。
その僅かな時間にミスリルゴーレムが混乱状態で先に出て来たモンスターたちを追いかけるように抜け道を使って這い出て来た。抜け道は元々あんな大穴ではなかったそうだ。ミスリルゴーレムが穴を拡張しながら登って来た。ということは、抜け道はミスリルゴーレムでも壊せたのか。第一階層の煉瓦は壊せなかったのに。剥がれ落ちた煉瓦はあったが、煉瓦そのものは割れていなかったはずだ。
ミスリルゴーレムが来たことで高位モンスターたちもあっという間に処理された。ゴーレムはモンスターであれど目の前の動くものを破壊する。踏み潰し、すり潰しながら、人の気配を察知しているかのように出入口を目指して直進して来た。
到着してすぐゴズさんが斬り倒していたのは難を逃れた高位モンスターたち。すごいな。本当にすごい。あのまま高位モンスターが漏れ出て来たら、出入口にいる冒険者たちはせっかく助かった命も結局失うことになっていただろう。
その後は、わたしが目撃した通り。報告書を書くのは冒険者の義務なので、わたしもミスリルゴーレムについての所見を記しているところだ。後悔と懺悔の言葉しか出てこないけれど。
翌日、国に派遣要請したSランクパーティが到着。彼等を中心にゴズさんら高位ランク者からなる調査隊を組み再びダンジョンに潜る。領司としてなのか戦力としてなのか、ゼーキン氏も同行していた。あの大穴の抜け道から降りると第十一階層に辿り着いた。そこのモンスターは全ていなくなっていた。どうやら第十一階層のモンスターがこぞって最下層に降りて行ったらしい。最下層には吸収し切れぬモンスターが未だ山となっていたそうだ。それでもジワジワと嵩は減っているらしい。下には行かず上へと向かったモンスターの方が少なかった。
最下層には天井にぽっかりと穴が空いていたという。調査隊の報告では落ちて来たモンスターの山を踏み台にミスリルゴーレムは第十一階層まで来たのではないかという見解だった。あとはひたすら目の前の敵を追いかけて第一階層まで上がって来たのだ。
「確かにあの三人なら第十一階層のモンスターが束になっても遅れは取らねえ。仕方ねえよ。むしろミスリルゴーレムには感謝だな。仕事減らしてくれたし、いい金になるだろ。Sランクパーティの派遣代払ってもおつりが来る。」
「ギガントサイズのミスリルゴーレムなんて第三じゃ出たことなかったんだよ。ここのボスはギガントゴーレムなのは確かだけど精々アイアンゴーレムのギガントサイズだ。第三は高層階が一番の難所だからね。普通、ボスはそんなに強くないんだ。」
第三は湿地帯が近い影響か、低層階はジメジメとした毒沼がある。そこが最大の山場だと言われた。元々、第三ではわたしのスキルの毒耐性の有無を調べる予定だった。多くのモンスターが消え、ボスもいなくなったことで、第三ダンジョンも遠からぬうちに更新が始まるだろうと予測されている。
「食べられないか?」
食事が喉を通らない。自身も負傷し、パーティの仲間を失ったキョウちゃんですら既に復興に向けてまたダンジョンに潜っている。
ギルマスもゴズさんもジンさんも、みんなみんな、わたしに気を遣ってくれている。みんなの方が辛いのに。辛くないわけないのに。
「とりあえず、第三は一時閉鎖だ。最低人員を残して第二に拠点を移し、当分は新人の育成に励めと領司様からのお達しだ。中堅もかなりやられたからな。人材育成が急務には違いないよ。大量のミスリルも手に入ったことだし、今年度の支部目標額は達成した。第一の更新終了に備えて中層階踏破出来る冒険者を増やす。」
「忙しくなりますね。」
どんなに辛いことがあっても悲しいことがあっても、次の日からは日常が始まる。そんなの知ってるのに。おじいちゃんとおばあちゃんを見送って、痛いほど分かってたはずなのに。
「ショウコ、宿泊所で休め。顔色が悪い。」
「まだ馴染んでないのに長時間起きて行動してたからね。今日明日はゆっくりしなさい。」
残務処理がメインと言われていたのに、このザマだ。また何にも出来なかった。役立たずだった。
「送ってくよ。」
「そうしてやってくれ。」
ジンさんに手を取られて、ソファから立ち上がった。話し合いを続けるというみんなに礼を言って、ジンさんに手を引っ張られながら歩く。
「あれ、バルト。」
「ショウコ。こっちにおいで。」
「え、無視なの?幼馴染を無視なの?」
「その男が好きなのか?」
「昨日会ったばかりだけど?」
ゼーキン氏が言っているのはソヨウさんがジュンさんに宛てた手紙の話だろう。わたしは未来、焦茶色の髪の黒い角の生えている黄緑色の眼をした人と恋愛結婚して幸せな家庭を築くと書いてあった。それを綴るソヨウさんのノリはとても軽いもので、「これって絶対あの子のことよね!プクク!」と記されていた。だから、こんな重苦しい出会いだと思わなかった。
「ゼーキンさん。」
「バルト。」
「宿泊所まで送ってくれますか?」
「いいよ。おいで。」
「え、バルトってそんな優しい話し方出来たの?」
「ジンさん。ここで結構ですから、話し合いに戻って下さい。お気遣い頂きありがとうございます。」
「え?え?いいの?」
「問題ない。」
「何でバルトが答えるの?ヤバいな、コートに聞いてた以上だ。」
わたしはジンさんに深々と礼をして、ゼーキン氏と宿泊所まで歩いた。と言っても、派出所のすぐ裏だ。一人で歩ける距離だった。
「災難だったな。無事で良かった。」
「友人が犠牲になりました。良かったなんてこれっぽっちも思えません。」
「それでも私はショウコが生きててくれて嬉しい。」
「どうしてです?」
「愛してるから。」
「わたしのことよく知りもしないのに何でそんなこと言えるんですか?」
元婚約者のクソだって、好きになってから付き合うまでにも二年くらいかかった。あの頃はなかなか心を開けなくて、何度も告白されたけど素直に頷けなかったな。断る理由は他にもあったけど、結局絆されて付き合うことになった。そこから四年近く付き合ったのに、結局は浮気されて最悪な終わり方だった。気持ちなんて変わるものだ。変わらない気持ちがあるのなら教えて欲しい。愛なんてもの、信じられない。
だから、わたしがジンさんに恋するとは思えない。かといって、この人を受け入れるかと言ったらそうでもない。
でも、少なくとも今は。ジンさんよりこの人といる方が楽だ。そう思った。ずっと言わずにいた言葉を口にしてしまうほど、心が荒んでいる。だったら気を遣い遣われるジンさんより、この人の方がこのやり場ない感情をぶちまけられる。自分勝手だけど。……違うな。試してるんだ。この人の気持ちを。わたしが信じられないから。本当は信じたいとでも思ってるんだろうか。
「番だからね。」
一番言われたくなかった言葉が返って来た。
最悪な気分が、どん底に落ちた。




