第三ダンジョン(4)
スルー出来ない重い話になります。
被害者について触れますので、ご注意を。
苦手な方は次話を待っていただければと思います。
「ショウコ、立てる?」
「は、はい。」
そう答えたはいいが、膝に力が入らなかった。
「麻痺は残ってないんだけどねェ。」
「すみません、情けないところを……」
「いいのよ。まさか最下層と最上階がつながっちゃうとかね。誰も思ってなかったわ。」
それでも。それでもだ。わたし、何も出来なかった。何も出来なかったんだよ、ジュンさん。
「おんぶでもする?」
それはさすがに気が引ける。
「肩か腕、借りていいですか。」
「どうぞ?たまには女の子をエスコートするのも悪くないわね。」
「女の子って」
「女の子よ。アタシから見れば、ショウコも充分、小娘なんだから。」
それはそうかもしれないけど。
「さ、後のことは男どもに任せて、アタシたちは戻りましょ。その中に、たっくさん手足が入ってんでしょ?よく思いついたわね。」
「生命体の基準が曖昧ですけど。入って良かったです。」
今考えると千切れた部分もまだ細胞は生きてるだろうから生命体かどうかの基準に当てはまらない可能性もあったわけだ。結果として入ったわけだけど。自力で動けないものが入らないのかな。
「さあて!久しぶりに仕事らしい仕事だわ!気合い入れなくちゃ!」
努めて明るく振る舞うジュンさんに申し訳なくなる。気を遣わせてんな。床を伝って振動が来た。ゴーレムを解体してるんだろう。あの男が。
「あの人、強いんですね。」
「そうよぉ?ソヨウも強かったわよ。でも、あの子が部分竜化出来るなんて知らなかったわ。飛んだ隠し球だわね。」
部分竜化。ソヨウさんは完全竜化して図鑑の挿絵のように神々しい龍の姿になれたというが、部分竜化ってなんだろう。
「今まで隠してたってことは、ずっと隠しておきたかったことなんでしょうね。でも、ショウコの為には出し惜しみしないわ。だって、番ですもの。」
番。わたしは番と言われるのが嫌いだ。それが竜人の本能だと言われても、果たしてそこにある感情は本当に愛なのかと疑ってしまう。ただの執着じゃないんだろうか。わたしじゃなく、他の誰かが番だったら。あの人は同じようにその誰かを追い回すんだろうか。
たまたまわたしが番だっただけで、わたしのことなんて大して知りもしないのに、愛してるだなどよく言える。そう考えてしまう。ただの性欲じゃないの?本能なんでしょ?何度もそう言ってしまいそうになった。
だけど、あの人は絶対に訂正するし、きっと、とても傷付いた顔をする。そんな予感が、言葉を押し留めていた。
「あれ、ミスリルゴーレムですよね。」
「よく勉強してるわね。そうよ。」
「腕を振り下ろすだけで、あんな風に斬れるものなんですか?」
「竜爪はね、何でも切り裂くのよ。たとえそれがミスリルであっても。」
遺伝的素養だからスキルですらない。高位ランクの冒険者が立ち向かっても歯が立たなかったミスリルを腕一振りで切り裂く。そんな人が領司なんてやってて、何にも出来ないわたしが冒険者って。お笑い種だな。
わたし、冒険者、続けられるだろうか。
「冒険者、やめようって思ってる?」
「え、なんで」
「そういう顔してる。たくさん見て来たから知ってるわ。」
「わたし、何にも出来なかったんです。」
「新人だからね。」
「この世界の人なら、新人でももう少し役に立ちます。」
「そういうスキルがある者が冒険者になるからね。」
「わたし、冒険者、続けていいんでしょうか。」
「いいに決まってるわ。」
決まってるの?誰が決めるの?どうして言い切れるの?
こんなの、八つ当たりだな。
「その鞄の中、ゴーレムのパーツが入ってるんでしょう?」
「はい。」
「あそこでその判断が出来たのは偉いわ。確かにゴーレムの目を見たのは迂闊だったけど、経験が浅いんだもの。仕方のないことよ。むしろいい働きをした。もっと自分で自分を褒めてあげなさい。」
どっかのメダリストみたいなこと言うな。そういうの一番苦手なんだ。
「それが出来ないなら、たくさん褒めてくれる人に褒めてもらいなさい。なんならアタシが一晩中褒めてあげるわよ。その代わり、おつまみ作り続けてもらうけど。冒険者辞めたら、アタシの依頼もなくなっちゃうわ。だから、辞めちゃダメよ。戦うだけが冒険者じゃないんだから。ショウコは、トレジャーハンターになるんだから。だから、今回の行動は大正解なのよ。」
依頼じゃなくったって、ジュンさんと飲むのは楽しいから、おつまみなんていくらでも作る。だけど、そうじゃない。わたしが冒険者じゃなくなったら、あの寮からも出なくちゃならない。それはやだな。
「まあ、よく考えなさい。その前に、やることは山積みよ。体が動く者は有事の際に己に課せられた義務を遂行する。ショウコの場合はアタシについて怪我人の治療ね。助手してくれる?」
「はい。頑張ります。」
空々しいくらい気持ちのこもってない頑張りますだったけど、ジュンさんはそれで許してくれた。やっぱりジュンさんはわたしには甘いのかもしれない。それは、かつて愛したソヨウさんの一人息子の番だからなんだろうか。
入口に戻ってからはジュンさんにくっついて周り、四肢欠損の重症者の治療を行った。ジュンさんすごい。ジュンさんは自分のスキルを全く教えてくれないけど、大抵のことは魔法で出来てしまう。そんな種族まで来訪者になっても戻れないんだな。
「傷跡が残るだろうけど、ちゃんと動くわよ。」
「ありがとうございます!でも……あの……」
キョウちゃんの脚が治った。一安心だ。
「サンは……残念だったわね。」
サンちゃん。サンちゃんがいなくなったの?
「ショウコ。そんなに動揺しないで。冒険者だよ。こんなの、当たり前だよ。」
「こういうことにも、慣れていかないとね。落ち着いたら、合同葬が行われるわ。ちゃんと、お弔いしてあげましょうね。」
そう言いながら、二人とも表情は歪んでいる。親しくしていた人が亡くなる。それは冒険者にとっても、とても辛いことなんだ。わたしだけじゃなかった。
ちゃんと、弔おう。これからどうするか、まだ決められないけど、せめて、ここで起きたことをなかったことにはしたくない。サンちゃんが、この世界に存在していたことは、忘れたくない。
おじいちゃんも、おばあちゃんも、世界が変わっても、命日になったら、ちゃんと二人のことを思い出して祈ろう。
真剣に祈るなんて、初めてかもしれないな。