第三ダンジョン(3)
「さすがゴズさん。私の出る幕はなさそうですね。」
「んなワケあるかッ!早く獲物抜きやがれ!」
ゴズさん、血塗れだ。あれだけ動いてるんだから返り血かな。そうであってくれ。
ゴズさん以外にもあと二人戦っている人がいた。
左脇にぽっかりと大穴が空いている。底が見えない。まさかこれが抜け道?今まで見た抜け道は人が一人やっと通れるくらいのものだったのに。
「あーあ。結局コイツだけ残ったんだね。」
「このダンジョンの主だな。まさかの最下層だ。」
ダンジョンのボスだった。ゴーレムだ。デカイ。コイツもミミックみたいに無機生命体的な存在なんだろうか。中身に何か入ってるのか否か。天井までの高さが足りなくて這いつくばっている……というか、四つん這いになって前後にハイハイしてる。
材質は金属だ。アイアンゴーレムとかいうヤツかな。アイアンゴーレムこの世界のゴーレムは手足と頭を切り離して本体を真っ二つにしなければならない。ていうか、この世界、モンスターは基本正面から真っ二つなんだよな。だけど図鑑によるとアイアンゴーレムは低層階にいるけどボスじゃない。大型のモノが精々、中ボスレベルだ。普通のゴーレムは身長2m前後。ダンジョンによって規格は一律。ジャイアントゴーレムで身長5m。コイツはもっと大きい。倍はある。ということは、ラスボスを飾るに値する、ギガントゴーレムサイズ。
普通のゴーレムとは違う、ギガントゴーレム。
アイアンゴーレムとも違う、金属製のゴーレム。
では。最下層から来たと言う意味は。
「ミスリルゴーレム。」
思わず口に出すが、わたしの起こす現象は世界に認識されないのでゴズさんたち冒険者はもちろん、ゴーレムも気付かない。あ、ゴーレムはプログラムが単純なロボットみたいなモノだから知能は大してないんだっけ。
ミスリル製のギガントゴーレム。
え。こんなの倒せんの?この人数で?四人しかいないんだけど?
最高強度と言われるミスリルでもそれなりに傷が付いてるのが見える。あちらもあちらで通路に上がって来たはいいが自慢の剛腕を振り下ろすことも難しいらしい。プログラム通りに動けずバグってるようにも見える。通路はしっかりと煉瓦で覆われてるのに、煉瓦は壊れない。普通の煉瓦じゃないんだろうか。ダンジョンは謎だらけだ。
「うわっ、て!」
見知らぬ一人が懐に入り込んで腕を斬りつけたが、ゴーレムが自分に向かって拳を飛ばした。体を支える反対の腕の方に入り込んで難は逃れたが負傷したようだ。
「ネンド!」
粘土さんだった。粘土じゃミスリルに勝てないな。もう思考が現実逃避を始めてる。ゴズさんには死んで欲しくないが、勝てるという確証もなく戦ってるのがよく分かる。それでも諦めない四人がすごくカッコ良く見える。わたしには出来ない。諦めることしか出来ない。悔しい。
ネンドさんは退避することも叶わず、脇の下に入り込んだままだ。ゴーレムに押し潰されないだろうか。その瞬間に隙が出来るからやらないのかもしれない。
ゴーレムはネンドさんを何度も殴ろうとして、その速度が速すぎて他の三人も手を出せないでいる。通路にギチギチにハマったように見えるゴーレムなので威力は減っているだろうけど、自分が傷付くことを厭わずにひたすらネンドさんに向かって拳を向ける。
本音は怖くて見たくない。なのに目が離せない。僅かな隙を探り待ち、己の技量の全てを叩き込む。本当にすごいな。この人たち、すごい。何で諦めないんだろう。
殴っていた拳が外れた。関節部が弱点と図鑑には書いてあった。ゴズさんたちの攻撃と、結果として自傷していたためガタが来たのかもしれない。だけどゴーレムは修復も出来る。落ちた拳を拾おうとしてゴーレムは体勢を崩した。ネンドさんの叫び声が聞こえる。やだ。やだ。死なないで。
何とか隙間から這いずり出て来たネンドさんは、下からずっと腕の関節を攻撃していたらしい。ゴーレムの肩に飛び乗って肩関節の隙間に剣を突き立てた。そこをゴズさんが大剣の刀身で叩きつけ、大岩を割るようにミスリルを割った。怪力も剛腕もないのに、よくあんなことが出来る。
「ブンボ!ジン!拳と腕を本体から引き離せ!」
拳は既にブンボさんによって蹴り飛ばされている。ミスリルだぞ?骨の方が逝っちゃわないか?どんなスキルの人なんだろう。それでも重かったんだろう。距離を置いたわたしのところまでは届かなかった。腕はまだ本体の側にある。それもブンボさんによって蹴り飛ばされて来たが拳よりも距離は伸びない。
上半身の支えをなくし、立ち上がれもしないゴーレムは体を揺すって背中の冒険者たちを振り落とそうとしている。流石に簡単に振り落とされはしない。そのまま頭部を落とそうとしている。
ゴーレムは背中の冒険者のことよりも拳と腕を取り戻すことを優先したらしい。片腕と脚を使ってゴリゴリと大きな音を立ててこちらに向かってくる。匍匐前進の振動があるのに、多少足場が悪くとも意に介さず己の仕事を全うしようとする四人。わたしも何かしなきゃ。何が出来る。ようやく勝てそうなのに。ここでまた振り出しに戻ったらダメだ。
「そうだ!」
誰にも聞こえないのに声を上げてしまった。スキル発動状態でマジックバッグが使えないことは鞄を受け取ってすぐ検証した。キャンセルコールしてマジックバッグにゴーレムの拳と腕をしまう。コレだ。拳と腕は動いてない。恐らく生命体にはならないんじゃないだろうか。だって、解体されたゴーレムは素材にされると図鑑に書いてあった。とにかく試す。今の状態でミスリルにもすり抜け出来たらマジックバッグにしまえるはず。
ミスリルは天然鉱石としては滅多に出ない。回収すればかなりの収益になる。生きるか死ぬかのときに金の話かと言われると何も言い返せないが、冒険者は回収してナンボの商売だ。本分を忘れちゃいけない。
ミスリルに触れる。すり抜け!出来た!
ダンジョンの消化吸収がどれくらいのスピードか分からないけど、とにかくコレからは生命反応はないということは確かだ。早くしないと。
「〝キャンセル!〟」
横目でゴーレム本体を見た。まだ頭を落とせてない。もう片方の腕はあと少しといったところか。ゴズさんは目を瞠ってそれからわたしの意図に気付いたようで舌打ちしてるような顔をしながら攻撃を続けた。
マジックバッグを開けて口を腕に充てる。デカイ腕が優先だ。よし!入った!次!拳!いった!
パッとゴーレムに視線を戻すと、紫に妖しく光る両目と目が合った。ふと図鑑の情報を思い出す。ゴーレムの攻撃は殴る蹴る体当たりボディプレス、そして。
「ショウコ!コール!」
ゴズさんの叫び声で我に返るが遅かった。
「〝オールスる〟うぁッ!」
最後まで言えなかった。コール出来なかった。口から漏れるは赤ん坊の喃語のようなアーとかウーといううめき声。金縛りだ。体が麻痺して言うことを聞かない。瞬きすら出来ない。ギガントゴーレムの麻痺は治癒スキルレベル50以上か相応の治癒魔法を使用出来る者でないと解除不可能。暫くすれば声も出なくなり、麻痺が全身に広がって呼吸困難に陥る。もしくは心臓麻痺だ。脳は最期まで機能するという。
即死じゃないだけマシなのか?いや、こんなの苦しいだけだ。ジュンさんはまだ来ない。そんな高レベルの治癒スキルがある者はそういない。もう呼吸が苦しくなってきた。
わたし、死ぬ?死ぬの?やだ。死にたくない。死にたくない。幸せになりたい。幸せになるっておばあちゃんと約束した。いやだ。ウソでしょ。
誰か助けて!
「ショウコ。」
振り向けない。体が動かなくて。
何でこの声でホッとしたんだろう。この人が来たって何の解決にもならないのに。
涙も出ない。神経が麻痺してるのかな。だけど、安心して、ホッとして、泣きたい気分。そんなに優しく名前を呼ばれたのはいつが最後だっけ。
「ショウコは麻痺してる!動かねえぞ!」
「ジュンさん。お願いします。」
「言われずとも。もう大丈夫よ。」
ジュンさん。予定より全然、早く来てくれた。
「よく頑張ったわね。」
違うよ。わたし頑張ってない。ちゃんと頑張れなかった。冷静じゃなかった。あれだけ頑張って頭に叩き入れた情報も、いざという場面で役に立たなかった。
途端に体に感覚が戻り、そのままその場にへたり込んだ。
目の前には、白金に青を差したような髪の、背の高い男が、ゴーレムに向かって真っ直ぐ歩いて行く。
「お前は絶対に許さん。」
そんなこと言ってる暇があったら攻撃しろ。
心の中でそうツッコんだら、男は跳躍してゴーレムに向かって腕を振り下ろした。
次の瞬間ゴーレムは、頭から真っ二つに割れていた。