第三ダンジョン(2)
「そろそろスキル発動した方がいいよ。」
凄惨とはこのことを言うのだろう。壁に貼り着いた肉。床の血溜まり。ダンジョンの吸収も間に合わないくらいの屍肉がここにある。
なのにジンさんは事もなげにわたしにスキルの発動を促した。ゴズさんは既に姿が見えない。剣戟の音が洞窟内に響く。
「うわ、ゴズさん大分やったな。」
「ゴズさんひとりで片付くといいんだけどなぁ。」
「そういや狂戦士化したゴズさん止める人いないや。」
「ミルック、今からでも来ないかな。」
ひ、独り言、多ッ!
コレ、話しかけられてる?
「そういやショウコの髪、真っ黒で驚いた。」
「〝キャンセル〟」
「うわ!ダメだよ勝手に解いちゃ!」
そんなこと言われても。判断つかない紛らわしいことしてるのはそっちじゃんか。
「あの、スキル発動中はわたしの声はそちらに聞こえないんです。話しかけられてるのかと思いまして、一応お伝えしておこうかと。」
だってちゃんと言っとかないとアナタ延々喋り続けるでしょ?
「うん、知ってるよ?」
知ってるのかよ。
「なら、どうしてずっと話してるんです?」
「んー、怖いかなって思って緊張を和らげようと思ったのと、私のスキルが通用するかどうかを試してみたかったから?」
気遣いだったのか。この血みどろの洞窟でそんな気遣いされてもなぁ。この人の醸し出す呑気な雰囲気にむしろ彼こそが空恐ろしいモンスターに思える。角あるし。
「あ、ひどいな。私は怖くないからね?角あるけどモンスターじゃないからね?」
「は?」
「私のスキル、〝読心〟なんだ。」
「テレパシ……げ。」
「げ。って。ふふっ。げ。だって。あはは!」
思わず出てしまった。子どもが親を選べないようにスキルを選べない。〝読心〟スキルはこの人のせいじゃない。悪いことしたな。
「失礼致しました。」
「んーん。いいよ。このスキル持ちはみんな一度は言われるからね。一度で終わらないけど。」
よくあるスキルなのか。そうかそうか。……怖いな。
「怖いって、心読まれるのが?」
「当たり前です。恥ずかしいですし。」
「そんな恥ずかしくなるようなこと考えるの?」
何言ってんだ、そういう意味じゃないだろ。それに恥ずかしくなるようなことって。
………………。
うわ最悪。朝チュンのこと思い出してしまった。
「バルトの番って本当なんだ。」
普通言うか!?映像で見えるわけじゃないよね!?
「心の声だけだよ。映像じゃない。とりあえず、君がスキル発動中は全く心の声が聞こえなかったから使っといた方がいいよ。」
本当かな。映像ではなく心の声だけっていうのも怪しいぞ。
「どっちもホントだよ。」
とりあえず信じよう。彼の言葉を信じなければ違う意味でわたしの精神が持たん。
「〝オールスルー〟」
わたしがコールすると、ジンさんは頷いて再び歩き始めた。
「ここからは会話じゃなくて聞いて欲しいことね。スキル発動のまま聞いてくれる?」
「この辺の血肉はゴズさんがやったモンスターの残骸だよ。本当に玄関口ギリギリまで来てたってことだ。私が君を迎えに行った間にかなり被害が広がってしまったようだ。」
それ、わたしのせいじゃなくね?
「ああ、ギルド証が落ちてる。知ってるよね?見つけたら必ず拾わなきゃいけない。被害に遭った冒険者の身元を証明しなくちゃいけないんだ。発見が遅いと、ダンジョンの餌になってしまう。単なる行方不明では遺族に補償が出せないから。」
それは聞いた。二枚、銀色のカードが落ちている。わたしは来訪者だから金色のカードだが、この世界の人は銀色のカードだ。そうでない職業もあるけど。
ジンさんはそれを拾い上げ、マジックバッグにしまいこんだ。
「ダンジョンではこんなこと、日常茶飯事だ。若い子には無茶して実力以上の階層に行こうとする子もいる。一応止めはするけどね。恐れを知らぬ若者はそんな声に耳を貸さない。」
それは……分かるな。ペイパ隊もそうだった。若い子ってこの人いくつなんだ?ゴズさんはゴズさんでミルックはミルックだった。同年代かな。
「ギルドの育成方針は長く働いてもらえるようにはなってるんだけどね。まあ、君は今日最初の関門である人の死ってものを目の当たりにすることで篩にかけられると思っていい。ここから戻ればすぐに一人でダンジョンに潜るんだろう?」
訓練期間ももう終わる。今は誰かがそばにいるけど、今度は一人でこの光景を見て、何も出来ない無力感に苛まれるのか。
「スルースキルってネーミング、絶妙だね。全てをスルーして通り抜けて行けば、君はそのスキルで伝説を築き上げるだろう。私の祖父のように。」
「祖父のスキル、知ってる?一般的には非公開になってるんだけど。というか、〝カリスマ〟になってるのか。あれはこの世界に来てついたスキルじゃない。元々持っている祖父の素質だ。」
「まあ、本当のスキル名は〝人心掌握〟だから、余り変わりないと思うんだけどね。自分の意思通りに人を従わせることが出来るんだから。でもそれだと人々に依存心が出てくる。強い王様っていうのは麻薬みたいなものだから。それが嫌で祖父は王様のいらないシステムを作ったのさ。」
魔王様の清廉潔白っぷりがすごい。魔王じゃなくて聖人君子ではないか。
「魔族は元々強いから。魔法も使えるし、羽根があるから空も飛べるし、あ、これは飛翔スキルがあれば出来るか。それはともかく、正直、祖父にスキルがなかったとしてもこの国は同じ結果になっていたと思う。それだけ偉大な人だ。身内自慢だけどね。」
「反面、君はヒューマンだ。前の世界にいた時も普通の人だったって聞いたよ。なら、スキルは有効に活用した方がいい。この国は大体平和だけど、それでも豊かで便利で清潔で平和で安全な国と言われるユキヒト・サヤマと同じ世界から来た君には辛く厳しいものだろう。ユキヒト・サヤマの故郷は理想郷と言われている。祖父もその伝承をモデルにこの国を改造したんだ。」
「別に君に大きなことをやれと言ってるわけじゃないよ。君のスキルは冒険者に向いている。だから是非とも今日を乗り越えて欲しい。〝オールスルー〟。結構なことだ。ああ、ゴズさん。やっと見つけた。」
近付いて来ていた戦闘の音もどこか遠くに聞こえるほど、ジンさんの話はわたしの意識を奪っていた。
「遅ぇ、よッ!」
天井を切り裂きながら振り下ろされる大剣に潰れる巨大な何か。溶け始めている人であったもの。
スタンピードを食い止める。それが彼等の任務。
わたしは見てるだけ。
見てるだけだ。
呆然として。




