ダンジョン攻略は準備が大切です(3)
「さあ、お待たせ!食事にしましょ!」
「わ、ご馳走こんなに!大変でしたよね?」
「いいのよ!気にしないで。」
ゴズさんの帰宅は恐らく七時くらいになるだろうとのことで、先に食べることになった。子どもの寝かしつけもあるからね。食事を終えて、お茶をもらう。子どもたちは元気に走り回っているがウシーくんなんかは急にパタンと寝てしまったりするらしい。
「ありがとね、子どもたちにも色々買ってもらっちゃって。逆に気を遣わせたわね。」
「いえ、いつもゴズさんにはお世話になってますし。ほんの気持ちです。」
「そんなに畏まらないで!わたし、ショウコと同い年なんだから!」
マジか。聞いてないぞ、ゴズさん。
「もうお友だちってことで、ね?名前だって呼び捨てでいいわ。」
「ありがとう、ミルック。」
「それでね、ゴズが遅くなったらってことで、お願いされてることがあるんだけど。聞いてる?」
「聞いてる。わたしのスキル発動中に認識阻害が無効になるかの検証でしょ?」
「そうそ。わたし、部屋の中で大きく動いてみるから、ショウコはわたしの後をついてきて。分からなければ今の席に座ってくれる?」
「分かった。協力してくれてありがとう。」
「これくらいなんてことないわよ。じゃあ、ショウコからどうぞ?あ、レベル1からでね。」
「うん。〝オールスルーレベル1〟」
ミルックは目を瞬かせた。キョウちゃん曰くそこそこ戦える人らしいし、見えてるのかな?
「本当に消えるのね。認識阻害とは違うわ。こっちも行くわね。」
ミルックはコールは必要ないらしい。わたしも早くコール不要になりたい。出てこなかったらどうしよう。
動いてるはずなんだけど、全くどこにいるか分かんない。認識阻害は光学迷彩に近い。背景に完全に溶け込んでるのはすごいな。これで他者への付与まであるんだから冒険者としてはかなり有利だ。
気配を読むとかサッパリなので、わたしは大人しく椅子に座ることにする。
「〝キャンセル〟」
「あら、全然ダメ?」
「全然ダメ。」
「戦闘にも慣れてないし、仕方ないかもね。わたしからは見えてるわけじゃないけど、気配は分かったわ。次はレベル10にしてくれる?ゴズが分からないって言うんだから、わたしからはショウコを認識出来ないと思ってね。」
「うん。いくね。〝オールスルーレベル10〟」
「わ、本当に分かんないわ。すごい。こっちもいくわよ。」
ミルックは動き始めた。ということは、認識阻害は発動してるってことだ。普通に見えてるな。世界から認識されないってことは世界で起きる事象もわたしに影響しないってことなんだろうか。
ミルックはテーブルの周りをぐるぐる周っているのでついていく。三周した辺りで立ち止まり、「もういいわ」と言われたのでこちらもキャンセルをコール。
「わ、見えてたの。今のわたしの最高レベルでやってみたんだけど。」
「何の変化もなかったよ。普通に見えてた。」
「え、本当?スキル発動してるとかも分からなかった?」
「そのまま歩き出したようにしか見えなかったな。」
着座を促されたので元の席に戻ったけど、ミルックは考え事をしている。ヨーグくんをモウシーちゃんがあやす声が一段と大きく聞こえる。なんだろ、ドキドキするな。
「ショウコは全く戦えないのよね?」
「うん。」
「壁とか岩とか物のすり抜けが出来るって聞いたんだけど、本当?」
「レベル10以上ならね。」
「ソロでやるつもりなんでしょ?」
「他者への付与がまだないし、戦闘は完全に足手まといだからソロの方がいいかなって。」
パーティでもやりようはあるけど、と言いながらもミルックの考えでもソロの方が向いてるという結論だった。
「下の方には認識阻害を使うモンスターもいるから、これでダメならパーティを組ませた方がいいってゴズが言ってたのよ。あと闇雲に暴れ回ってるモンスターもいたり、常時発動型のトラップもあったりするから、そういうのと遭遇したら壁を通って迂回した方がいいわね。ただ、その中で迷子になったら大変だわ。」
確かに。危なくなったら壁ん中に逃げればいいとか思ってたけど、ダンジョンは地下深くの洞窟だ。地中で迷子になったら誰にも見つけてもらえない。どうなるか分からないからキャンセルも出来ない。有効時間を過ぎたらアウトだ。盲点だった。
「上下にすり抜けることは出来る?」
「やったことないから分かんないな。」
「このテーブルをすり抜けられるかしら。」
「ちょっとやってみる。」
テーブルの下に潜り込んだのをミルックに確認してもらってからオールスルーを唱える。ゆっくり立ち上がってみると、上半身だけテーブルから突き出てる状態になった。魔法じゃなくて手品だな、こりゃ。上半身と下半身はバラバラに出来ないけど。
ミルックがわたしがいるであろう場所に横から大きく手を伸ばすと触られた感触があった。ミルックは何かを掴んだ感触がないのにそれ以上手が進まないことに首を傾げていた。
「いるにはいるのね。戻ってくれる?」
このままキャンセルしたらどうなるんだろ。わたしとテーブルどちらが真っ二つになるんだろうか。とりあえずそのまま歩いてすり抜けてからキャンセルをコールする。
「世界から認識されないっていうから触れないと思ったけどそんなことなかったわね。」
「こっちからも生き物には触れるの。触られた相手は気付かないし、生き物じゃない服なんかは掴んでもこっちから干渉が出来ない。皺が寄ったりしないんだよ。意識しないとすり抜けは出来ないから、もしかしたら意識すれば服をすり抜けて直接肌に触れるのかもしれない。」
「やってみてくれる?」
とりあえず試してみる。ミルックの肩に触れながらオールスルーをコール。服に影響はないがすり抜けてはない。服のすり抜けを意識すると、肌の感触にたどり着いた。横から見ると少しだけわたしの手が服に埋まってる。変なの。すり抜け対象に設定するとその対象の感触がなくなるんだよな。
キャンセルするか。
「〝キャンセル〟」
いてっ!すり抜け状態からコールしてしまった!急に弾かれたように手に痛みが走る。手のひらに異常はない。ただ痛いだけ。
「どうしたの?」
「今服をすり抜けたままキャンセルしちゃって。そしたら手の中で何かが弾けたみたいな感じがあってさ。痛かった。」
「手を見せて!……なんともないわね?」
「さっきもテーブルに刺さったままキャンセルしたらどうなるんだろうと思ったけど……うっかりしてたわ。」
「それは考えたくないわね。怖いわ。」
「ね。気をつけないと。」
そこにようやくゴズさんが帰って来た。見るからにクタクタ。デスクワークしんどいって言ってたもんな。
ミルックとゴズさんは交代して、ゴズさんは食事をしながら今の実験についての報告を聞いてくれている。ミルックは子どものお風呂と寝かしつけだって。寝かしつけに時間がかかるからと、ここでお別れとなる。お母さんは大変だわ。
「そうか。そりゃ考えたことなかったな、オレも。」
「はい。まだ痛いです、手。」
埋まったままになんなくてよかった。こわ。
「あー、痛いだけで済んでよかったよ。メーガーさんに報告しないとな。」
ゴズさんはお家では飲まない主義らしく、普通に食事をしている。いや、でも、マジで本当に頼りになる。この夫婦。ありがたや。足向けて寝れないな。ベッドの向き変えようかな。
「地中で迷子になった場合はどうしたらいいですかね?」
「意識すりゃあ下から上もいけんだろ?とりあえず地中に潜って登ればいいんじゃねえの?」
「低層階からでも体力と時間持ちますかね。」
「実験……すんのも怖えなぁ。」
「ですよね。」
命綱つけて誰かに紐で引っぱってもらう案も出たが、フォークで試したところ綱引きにもならずわたしの手からフォークがすり抜けていくだけだった。認識されないことの弊害を発見した。レベルが上がればまた追加の効果が出るかもしれないから、当分は壁に真っ直ぐ一歩分入り、外の状況はそこから顔を出して見る方向で行く。
「このスキル、なかなか頭使うな〜。」
「そうですね。」
「ショウコの眠気が安定しないのもそのせいだって話だったけど、いつになったら慣れるんだか分かんねえもんな。」
「一年見てダメそうなら低層階に行くのは諦めようかと。」
「それがいい。無理そうなら中層階も捨てていいぞ。」
それだとあんまり稼げないような。早く立派な納税者になりたいのに。
「つーか、ここの世界の人間のスキルの検証はほぼ済んでるようなもんだから教科書通りにやりゃいいけど、来訪者はイチから調べねーといけねーのが難点だな。」
「メーガーさんは楽しそうですけどね。」
「ああいう研究者はなぁ。メーガーさんはまともな方だ。もっとマッドなヤツだとさっきやめといた方法で検証しろとか言ってくっぞ。」
うわぁ、それは御免こうむりたい。それで死んだらどうしてくれるんだ。
「わたしの先生がメーガーさんで良かったです。」
「それな。領司様に感謝しとけよ。マジックバッグのこともな。」
そこに話が帰結するんか。人選については感謝するがマジックバッグのことは物申すつもりである。
ダンジョンの旅から帰って来たらわたしから会いに行こう。きちんと話さねば。あ、ジュンさんに同行してもらお。なんか怯えてたし。二人きりよりは第三者がいた方が真面目に話が出来るだろう。
「こういう自分の実力の把握もダンジョン攻略の準備のひとつだ。出発は予定通りだから準備しとけな。」
ゴズさんは明日もまだデスクワークらしいので、街へ買い出しに行こう。うっし、気持ちを切り替えて頑張るぞ。




