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来訪者(1)

追記

通貨単位を訂正しました。

やはり文字りの方がいいなという判断です。

 なんか知らんが異世界転移した。


 ケンカしてクソヤローを家から追い出し、風呂にも入らず歯磨きもせず、ビールを飲んでソファでふて寝して起きたら森の中にいた。


 きっかけが分からんが、これはいわゆる異世界転移であると理解した。


 人里に近いところで助かった。山の中腹に放り出されたわたしは歩いて数時間。森を抜けて山から見えた街にたどり着いた。


 どうやら朝早い時間らしい。街を囲う壁にくっついた門があった。このままではどうしようもないので、門兵に話しかけることにした。


「もし。」


「なんだ、旅人か?」


 良かった。言葉が通じる。


 しかし不躾にも程がある。門兵はわたしを上から下まで舐めるように見て、フン、と嘲るように笑った。なんだコイツ。

 だがここで文字通り門前払いを食らうわけにはいかない。わたしはか弱い女のフリをして門兵に尋ねた。


「どうやらわたしは拐かされたようなのです。気付いたらそこの山の中にいました。申し訳ないのですが、役所で話を聞いて頂きたいのですが。」


「通行証は?」


 そんなモン持っとらん。


「ありません。」


「ならば通行料を支払うんだな。」


 通行証がないと通行料を支払わなければならないらしい。この世界の通貨など持っとらん。


「ご覧の通り、何も持っておりません。どうしたらいいですか?」


 門兵の視線はわたしの左手にロックオンされている。ああ、コレか。こんなモンいらん。欲しいならくれてやる。Dカラーの1ctのダイヤモンドがついた純プラチナの指輪だ。この世界でもそれなりの価値にはなるだろう。

 だがこちらから交渉する前に、門兵は指輪を指定して来た。


「その指輪を通行料代わりに寄越すなら通してやってもいい。」


 もう一人の門兵は「おい!」と言って止めたが、ニヤニヤしている。なんだコイツら。治安が悪いな。


「分かりました。どうぞお納めください。」


 どうせ今日には質に売り飛ばすつもりだったものだ。街に入らないことには話が始まらない。素直に指から外して門兵に渡すとすぐに懐にしまった。これは税金にはなりそうにないな。


「通れ。」


「あの。」


「なんだ。」


「役所はどちらにあるのでしょうか。」


「ああ。この大通りを行ったどんつきだ。」


「ありがとうございます。」


 とりあえず役所に行って保護を求めよう。誘拐の被害者だと装えば何とかなるかもしれない。その時にコイツらのこと、チクッてやろう。あの指輪ならば通行料を支払ってもおつりが来ると思う。


 街を歩いて一時間。入ってすぐはまばらだった人もすぐに増え、活気のある街なのだと分かる。


 役所らしき建物の前に着くが、城壁に囲まれていて取っ掛かりがない。窓口的なものを期待したのが悪かったのだろうか。


 正門らしき場所の前で立ち尽くしていると、警備員のような人に声をかけられた。


「何か御用ですか。」


「あの、路頭に迷っているのですが……。」


 来てみたものの、いざ話しかけられると何と説明すればいいのか分からない。

 門兵と同じく上から下までジロジロと見られる。あの男のような不快感はないが、悪いことをしてないのに職質を受けているような気分になる。ちなみに職質された経験はない。


「もしかして、〝来訪者〟でしょうか。」


「来訪者?」


 少しお待ちくださいと丁寧な断りを入れて、彼はもう一人の警備員と何やら話し合う。報告あったか?いや聞いてないというようなやりとりだ。


「分かりました。どうぞお入りください。中で係の者が説明致します。」


「はあ。」


 最初に声をかけて来た警備員の先導で役所の中に入る。歴史を感じる古さはあるが、なかなかに豪華だ。

 こちらでお待ちくださいと応接室のような場所に通され、温かい紅茶を出してくれた。ありがたい。


 失礼します、と断りの言葉が聞こえたので扉を向くと初老の男性が書類の束を抱えて入って来た。


「お待たせしました。体調はいかがかな。」


「空腹感はありますが、問題ありません。」


「それは良かった。のちほど食事をご用意しましょう。大したものは出せませんが。」


「ありがとうございます。」


 テーブルにドサリと書類の束を置き向かいに座ると数枚渡して来た。街を歩いて分かったのは、話し言葉が通じるだけでなく、文字も読める。全く日本語と共通点がないにも関わらずだ。これならここでも生活して行けるかもしれないと希望が持てた。


「えーと、〝来訪者〟との報告を受けたのですが、とりあえずお名前伺っても?」


「あ、戸川祥子です。トガワが姓で、名がショウコです。」


「ショウコ・トガワさんね。はいはい。あ、ワタシはね、こういうモンです。」


 ご立派な金色の金属で出来た名刺を差し出し、再びサッと懐にしまった。使い捨てじゃないらしい。一瞬だったが、政務官、ドルド・バイキンと書かれていた。バイキンって。


「ええー、あなたはどこか違う世界からいらした。間違い無いですね?」


「え、はい。分かるものなんですか?」


「はいはい。お衣装がね、こちらと随分違うもので。来訪者はね、こちらとは違う服を着ていることが多いのでね。すぐに分かりますよ。」


 確かに街を歩いていて悪目立ちしていた。化繊の服を着ている者などいない。


「最初はどちらに?」


「えっと、西側の山です。街が見えたので、歩いて来ました。」


 山からまっすぐ朝日が見えたので、西側で間違いない。多分。この世界の太陽が西から昇るならお手上げだが。


「なるほどなるほど。ふんふん。街中に現れることはまずありませんからね。」


 〝来訪者〟について大した説明もなく、そのままいくつかの質問を受けた。


「ということはですね。西門を通って街に入ったということでよろしいかな?」


「はい。」


「報告を受けておりませんでしたのでね。お迎えに行けず申し訳ない。」


「はあ。」


「門兵はおりましたか?」


「ええ。門扉も閉まっていて、門兵に通行料を支払って入れてもらいました。」


「通行料?」


「はい。通行証がない場合は通行料を支払えと言われまして。違うのですか?」


 バイキン氏は腕を組んでうーんとひとつ唸ると右手のペンをくるくると回しながら若干怒気を孕んだ低い声で教えてくれた。怒りはわたしに向いているものではないのは良く分かるので萎縮することはない。


「この世界で通行証を持たぬ者は犯罪者か、親に連れられた子どもか、来訪者かのいずれかです。通行証は身分証ですからね。紛失したらしたで、その者の身元が分かるまでは門の一室に留まってもらい、調査しますし、結果が分かるまではそこから動けません。」


「そうなんですか。」


 わたしのような異世界転移者を来訪者と言うのだろう。それくらいはわたしでも推測出来る。


「いやしかし、あなたは幸運だった。街の近くに落とされなすったのは本当に運のいいことだ。」


「はあ。」


「ちなみに、何を支払いました?」


「ええと、その時にしていた指輪を渡しました。」


「ほう。どのような指輪ですかな?」


「ダイヤモンドは分かりますか?そうですか。ダイヤモンドがついた、プラチナの指輪です。」


「白金!それはひと財産ですよ。はあ。参ったな。この街の者が不愉快な思いをさせて申し訳ありません。指輪は必ず取り返し、門兵は即刻解雇して犯罪者として街から追放致します。」


「あれは元々質に入れるつもりでいたので問題ありません。」


「いやいや。来訪者からは通行料を取ってはならぬことになっているのです。門兵にも、来訪者らしき者が現れたときはこちらへ報告するよう義務付けられております。立派な規律違反です。その上、そのような価値のあるものを取り上げるとはあってはならんことなのです。そういう者が門兵ですと金を積めば犯罪者だって街に招き入れかねませんから。」


 確かにそうだ。あの男たちのことを治安が悪いと思ったのは間違いなかったんだな。


「門の出入りは通行証と一人二百ゲンキン。子どもは百ゲンキンです。来訪者も通行証が発行されれば二百ゲンキンを支払って頂きますが、仕事の内容如何では支払いは免除されます。まあ、この辺の説明は追々致しますので。」


「分かりました。」


 では、と差し出された紙の束の表紙には〝来訪者支援制度〟と記されていた。

 バイキン氏の説明によると、この世界には度々来訪者という異世界転移者が現れるらしい。どこの国へ転移しても、来訪者は保護の対象になる。こちらで自活できるようになるまでは支援があり、その後も保護観察のように面会を数年間行うものらしい。成人で三年、未成年者は成人に達してから三年、ということだった。こちらの成人年齢は十五歳。そんなもん、とっくに越している。

 以前、来訪者の一人が保護された国に良いように使い潰されそうになって、逆にその国を滅亡一歩手前まで追い込んだという歴史があり、それからはそのような事態を二度と起こさぬよう、世界的に制度が定められたということだった。どうやって滅亡一歩手前なんてことになるのかは分からんが、ありがとう過去の来訪者。


「そういうわけでですね。成人の生活支援期間は半年となります。それまではこちらの領館でお過ごしいただきまして、その後は職を得てご自分で生活していただくことになります。」


「ありがたいことです。お世話になります。」


 ええ、ええ、とわたしの方は一切見ずに、書類の山を三つに分けて、後でこれに目を通してくださいと言われた。


「これが来訪者について。何も分からん状態でしょうから、まずはこちらからお読みください。こちらがこの国の来訪者支援制度について。今お手元にあるものより詳細に書かれております。支援と保護の代わりに守って頂きたい規則がありますので、半年後までには禁止事項を把握してくださるようお願いしております。量が量なのでゆっくり読んで頂ければ結構。そしてこれがスキルについての説明書となっております。必要であればお読みください。」


「スキル?」


「ええ、スキルです。そういったもののないところからいらしたのですね。それならばこちらは必読です。鑑定が必要だな。えー、詳しくは支援指導の担当の者が説明を行います。いつからがよろしいですか?」


「そちらのご都合で結構です。」


「左様ですか。早くて明日の午後から始められますがそれでよろしいかな?」


「はい。よろしくお願いします。」


 お疲れでしょうから今日はこの辺で、とバイキン氏は去って行った。メイドさんらしき服装の人に案内され、別棟の迎賓館のようなこれまた豪華なところに通される。当分、ここで生活するらしい。


 食事をもらい、風呂に入り、身を整えてベッドに寝転んだ。


 クソみたいな家族。クソみたいな仕事。クソみたいな恋人。クソみたいな人生。


 あちらの世界に未練はない。わたしは、この世界で生きていこうと思う。

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