冒険者になろう(2)
ちょいエロ?です。
苦手な方は避けてください。
明日にはこの離れを出て冒険者ギルドの女子寮に居を移す。
「どうしてもか。」
「むしろなんで領司館に住まなきゃいけないんです?」
そういやコイツ、割と最初の頃からここに住めばって言ってたな。あの時には、というか、一目見た時からコイツにとってわたしは番だったわけか。うっわ、気持ち悪ッ。
「そばにいたいし、そばにいて欲しいからだ。」
「わたしは一人暮らしがしたいので。」
ショボンとすんな。可愛くないから。あのクソバカカス脳味噌下半身男も腹が立つけど、ゼーキン氏も大概である。恋人以外を孕ませる浮気性な男と独占欲が強く嫉妬深い男。どっちがいいかと訊かれたら、どっちも消え失せろとしか答えたくない。
領館滞在中、最後の食事会。まあ、面会は今後もコイツが異動しない限りは月一で行われるので、まだ二年半は顔を合わせなくちゃならない。代理の人を頼めない?あ、ダメ。コイツが譲るわけないもんな。
「ショウコ。」
「バルト。」
「なんだ!?」
名前呼んだだけでコレか。おい、手に頬擦りすんな。かなり飲んでんだろ。しかもハイボール。あれから何度かコイツと酒を飲んだが、アルコールと炭酸の組み合わせがいけないらしい。あっという間に酔っ払う。炭酸で割らなければそこそこ強い。
その酒の席も仕事終わりにわたしの部屋へ訪ねて来て二杯くらい飲んで帰るというものだ。呼んでない。勝手に押しかけて来るだけだ。こっちは眠いっつーのに。寝顔が見てみたいと言われた時には鳥肌立ったね。
本日はわたしの部屋で壮行会兼ねてここでお世話になった人を招いての食事だったのだが、色々察して気を遣ってくれた皆さんは食事が終わり少しだけ歓談すると早々にお帰りになった。何でコイツを置いて行く。キエラさん、あなたはわたしの味方にはなってくれないのですか。どうして皆さんの気遣いがわたしへではなくコイツへと向いてるんですか。権力に阿っているのですか。
ムシャクシャする。コイツが年代物の赤ワインを持参して来たのでガブ飲みしてやる。味わってなんかやるもんか。
二人きりになった後、ソファに席を移したらちゃっかり隣に座りやがった。スペースを空けたら詰めて来て窮屈になり、わたしが立ち上がって向かいに移動するとついて来てその繰り返し。酒が入ってんのにウロウロしてたから足元ふらついて激しく心配されたので、諦めてこのギュウギュウを受け入れた。マジウザい。なんなの。
「ショウコ。そんなに私が嫌?」
「ウザイですね。」
酒が入って素直になっている、ということにしてもらおう。はっきり拒絶してんのにしつこいんだよ。
「そもそもお母上にもほどほどにしろと言われてましたよね?」
「どうしてまだそんな他人行儀なんだ……。母には番は逃すなと言われている。」
「ごめんなさい。ゾーワ夫人の方です。」
「だけどショウコの部屋は男は入れない。こうして夜に訪ねることも出来ない。今夜が最後の機会なんだ。君の慈悲を私に与えてくれ。」
気障ったらしいヤツめ。
最近ずっとこんな調子だが、コイツは一度も決定的な言葉を出したことはない。今言っても一刀両断されるだけだと分かってるんだろう。姑息な奴。
お次はプレミアもののブランデーにしよう。男性陣が目を輝かせていたからな。そんな物を何本も所有してるゼーキン氏の懐感覚にはついていけない。日本なら軽自動車くらい買えるぞ。しかもそこそこいいやつ。
「ショウコ。飲み過ぎじゃないか。」
お前のせいだ。離れろ今すぐに。
「まあ、明日は移動するだけだからいいか。」
お前が決めるな。来訪者の自由だろ。
「私も有給休暇にしてある。歩けなければ運んであげるから。」
お姫様抱っこでか?それはお前のことだろ?
「早くショウコのスキルに他者への付与が付けばいいのに。そうしたら私も今の仕事をやめてショウコと共にダンジョンへ潜りたい。中層階の上の方ならソロでも行けるが、領としては低層階のアイテムが欲しいんだ。国防にも関係あることだしな。だがそれをショウコにやらせるなど……!」
うおっと、酒こぼすとこだった。少し手にかかったな。舐めとけ。勝手に抱きつくんじゃねえよ。わたしとお前は赤の他人だぞ。
「舌……舐めた……」
「はしたなくてすみません。わたし、庶民なんで。これくらいはします。ゼーキンさんみたいな」
「バルト」
「セレブリティとは相容れない生き物なんです。」
「はしたないとは思ってない。可愛らしいと思った。あと……」
「あと?」
「とてもいやらしい。扇情的だ。」
先を促さなければよかった。大失敗だ。
何かのスイッチが入ったらしい。おい、やめろ。ここは全年齢だ。人死に出るからR15がついてるだけで、そういうのはお月様昇る真夜中に夜想曲でも弾くようなロマンスと欲望の狭間でしかしちゃいけないんだよ!
一言物申すつもりで、睨み上げると唇が触れ合った。やっちまった。距離感バグってるの、忘れてた。近過ぎる。いや、これは事故だ。断じて接吻などではない。
「そういうことならご期待に応えよう。」
「ちがっ、うむッ!?」
いきなり口内に舌を突っ込まれた。唾液が流れ込んで来る。キモいやめろ!
そう思うのに、とても甘露な美酒のような味がする。
何だコレ。頭がおかしくなりそう。
「ショウコ。私の番。君にはまだもう少し時間が必要なことは分かってる。でも、今夜だけは……」
それきりプツンと記憶が途切れ、覚醒した時には眼前にゼーキン氏の胸板があった。
ウソだろ。朝チュンかよ。
「起きた?」
「お゛き゛た゛。」
「ああ、いけない。水を飲んで。昨日は鳴かせ過ぎた。女性を抱くのは初めてだったから加減が出来なかった。すまない。」
マジかよ。童貞だった。
「だけど、声が枯れるほどよがってくれたのは嬉しいよ。愛してる、ショウコ。」
表現が直接的過ぎる。事後には言うのか、愛のお言葉を。
額にキスをして、次にまた唇を触れ合わせるだけのキスをされた。その瞬間、わたしの左手は高速でゼーキン氏の頬を打った。いてっ!親指で自分の頬まで引っ掻いた!
「ショウコ!?」
全裸を見られるのも躊躇わず、いや嫌悪感はあるが、無言で身支度をしている間にまとわりつくゼーキン氏を物理でやり返し、出勤して来たキエラさんに追い出してもらって朝食を済ませ、お世話になった方々へ挨拶に回って領館を後にした。
ゼーキン氏は寮の前までついてきたが、侵入を試みようとしてギルド職員に阻まれていた。
わたしが自室に着くと、休みだったハナちゃんが挨拶に部屋から出て来てくれて、今は残りの荷解きを手伝ってくれている。窓の外から騒音がする。早く憲兵来ないかな。近所迷惑な輩は即刻排除して欲しい。
ハナちゃんはわたしの名前が呼ばれていることに気がついて、窓から下を見た。
「何あれー。バルト・ゼーキン領司様だよね?」
「そんなもの、この世に存在しないんだよ、ハナちゃん。」
「えー?ちゃんと見えてるよー?ずっとショウコの名前叫んでる。」
「おかしいなぁ。わたしには何も聞こえない。」
こうしてわたしはこの世界で自立への第一歩を踏み出したのであった。腰が痛い。いや、あちこち痛い。あの男、マジ許さん。