真夏のアイラン島(4)
は、八月終わっちゃった……!
ゴーマーン島に到着した。バルトは夏のゼーキン家の集まりには来たことがないだけで、ゴーマーン島には二度ほど足を踏み入れたことがあるらしい。まだ島内を開発中の頃だそうだ。最初はゼーキン家もアイラン島内に居を構えていたが、あそこは魔王様目当ての来客が多いので、人里離れたところで静かに暮らしたい竜人の特性からこちらに居を移したとバルトから教わった。
どことなく沖縄に来たような印象を受ける建物に思えるのは何故だろう。
「うわ、コレ瓦ッスか?初めて見た!」
「ユキヒトは瓦を知っているのか?初めて見るのに?」
「日本でも昔ながらの家だと瓦ですよ。だから、こっちでは初めてってことです。まー、あっちの世界じゃ今は新素材のもっと軽くて耐久性があるヤツ使ってますけど。ね、戸川さん?」
「実家は瓦屋根だったよ。」
祖父母と住んでいた家は青い瓦屋根だった。住んでいたところでは珍しくて、学校から帰って来るときにあの青い屋根が遠目でも見えるとホッとしたものだ。おじいちゃんとおばあちゃんの待つあの家は、わたしにとって唯一の安全地帯だった。関東だけど田舎の方だから、売っても大した金額にならなかったはずだ。おばあちゃんが亡くなって、相続が発生したタイミングで母に連絡を取ったのは弁護士だった。連絡先が全く分からないから。
母が生きている以上、わたしでは祖父母のものを何も相続できなかった。あの青い瓦屋根の家がどうなったのか知らない。顔を合わせないまま、他人を通したやりとりで何もかもを取り上げられて、かろうじてもらえたのは金目にならないものだけ。お骨は先祖代々の墓に入れることはできたけど、あの女は手続きを面倒くさがって、その支払いすらも渋った。もちろんお墓に一度も手を合わせにくることもなく、おばあちゃんが亡くなったときなど、おじいちゃんのときと違ってきちんとした弔いもできずに、当時まだ社会人としてぺーぺーだったわたしがなけなしの給料で作った位牌だけが残った。
祖父母に他にも子どもがいればまた違ったのだろうが、あいにくとひとりっ子。あの女のことだ。どうせ今頃遺産も底をついて、路頭に迷っているだろう。いくらになったのかは知らないが、田舎とはいえそこそこまとまった額になっただろう。期せずして転がり込んだ大金をありがたくとっておくような人間じゃない。
久々にあの女のことを思い出したのは、きっと、この世界で会う母という女たちが、わたしの知っている母とは全く違うからだろう。あちらにいたときだって、学生の頃は特に、普通の母という存在に憧れを抱いていた。
わたしが欲しかったものは、わたしのなりたいものにもなった。だけど、ホンモノを知らないから踏み出せなくて、勇気を出してみたら手痛い裏切り。
「家族が増えてうれしいわ、ショウコさん。ようこそゼーキン家へ!」
ゼーキン家の屋敷では、両手を上げて歓迎された。始祖ネング様はバルトと初めて会ったときによく似た無表情で、番である奥様のサンプ様の腰を引き寄せて頷いた。困ったように笑うサンプ様は、長寿の種族の番ということでお若く見える。ちょうど、最後の記憶のあの女と同じくらいの年代に。だけど、あんな女とは比べ物にならない優雅さだ。
こんな記憶も、感情も、忘れてしまえればいいのに。
「しばらく世話になります。ああ、ひとり同伴者が増えまして。こちらは……」
「ユキヒト・サヤマだろう?マ閣下のやりそうなことだ。こちらは何人連れて来ようがかまわん。島を荒らしてくれなければな。」
「突然お伺いしてすみません。」
「気にするな。君のせいではない。」
口調こそ冷たくはあるものの、顔を見ると言葉通りに突然の佐山くんの来訪を不快に思ったようには見えなかった。
どれだけ長く顔を合わせなかったとしても、家族としての絆があると分かる。なのに、バルトは子どもの頃には一人でいることに慣れきっていたとマティコ氏は語った。わたしと出会わなければ、佐山くんともこんな関係を築けなかったかもしれない。
だけど、だからって誰かがどうなったってかまわないと考えるような人じゃない。領司としても、職場の人からも領民からも、バルトの評判は良かったんだし。
バルトが大事に出来なかったのは、周りの人たちのことじゃない。何よりも、バルト自身だ。それが、番のわたしに出会ったことで変わったってことなのかな。神様から、人になった、みたいな。
「騙されたと怒ってもいいくらいだ。」
「騙されたというか、騙し討ちを喰らったと言いますか……」
「出来れば、我々のことは巻き込まないでもらいたいところだがね。おそらくスキル検証と称して手合わせを挑まれるだろうが、滅すならば閣下のみを対象にしてくれたまえ。」
なんだか話が噛み合ってない?佐山くんだけでなく、わたしとバルトも、ネング様のおっしゃる意味が分からなかった。いや、バトルを挑まれても滅ぼすならば魔王様だけにしてねって言ってるのは分かるんだけど、さすがの佐山くんでもそこまではやらないのでは?
と思っていたら、なんだか外が騒がしい。
「ああ、どうやら来たようだ。さすがに獣は敏感だな。」
「あの子たちの住処は山の方だけれど分かるものかしら?」
「分かるさ。本能が叫ぶのだから。」
ネング様が語ると同時に、唸るように低い咆哮が聞こえて、佐山くんが全身を大きく震わせた。外がうるさい。猛獣が暴れてるみたいだ。どっかんばったんガッシャンとぶつかったり倒したり壊したりしてる。
〝本能が叫ぶ〟というネング様のお言葉と、この展開。さすがに察したわ。
魔王様、性格わっる。
残暑のアイラン島になりましたが、よろしくお付き合いお願いします。