Sランクになろう(8)
ビショさん劇場第一幕がひとまず終わりを迎えまして。
コートさんには笑顔という無言の圧力でお口チャックを命じたビショさんは、意気揚々と契約書にサインを書き込んでいた。
「そうか。三人は親戚なのか!」
マッタさんはご自分の立派な椅子には座らず、ぎゅうぎゅう詰めのソファの真ん中を陣取って、わたしの肩に腕を回して相変わらず逃げられないようにしている。逃げたい。もうちょいゆっくり考えさせてよ。
「だったらどうか、コートとジンの説得に協力してくれないか?おい、お前たち。ジンを呼んで来てくれ!多分、事務室で書類さばいてるだろうから。」
まさかマッタさん、この勢いに乗ってSランク昇格者を決める気か!?
「マッタさん、どうしまし……」
ジンさんが固まるとか初めて見るわ。
「え、なん……お前が呼んだのか?」
「まさか!そんなわけない!私のせいにしないでくれ!」
「コートさん?」
「あっ……すみません……」
最後の声ちっちゃ!青少年たちはただならぬ雰囲気にビビり散らかしている。カールだけが空気を読めずになんだなんだとウチのAランカーとビショさんの顔を行ったり来たりして見ている。アホだな。いっそこの空気の中ならなごむわ。
ジンさんはいつものニヒルな笑みを引っ込め、おぼっちゃまらしい貴公子の微笑みに切り替えて、恭しいくらい恭しく頭を下げて仕切り直した。
「ご無沙汰しております、ビショ様。何故このようなところに?」
「私がいてはいけないのかしら、ジンさん。」
「いえ!全くそのようなことは!なあ、コート!」
「ああ!そうですよ、ビショ様!」
関係性がよく分からないけども、昨日の飲みの席で聞いたのは、ジンさんは魔王様の孫、ビショさんは魔王様の玄孫。コートさんはともかく、より魔王様に近い血を持つジンさんが、さっきのキョウちゃん以上の緊張感と引き攣り笑いが出る理由が分からん。そこまでビビる?親戚だろ?年一回にアイラン島で顔を合わせてるんだろ?
コートさんはともかく、ジンさんがいつものジンさんじゃない。コートさんはともかく。
「ジューン様から昨晩お伺いしました。貴方たち、Sランク昇格を断っているようですね?」
「はい……」
「まあ……」
声ちっさ!蚊の鳴くような声で返事をしたことが気に食わなかったのか、ビショさんがすうっと目を細めた。
「それは何故?」
「何故、と言いましても……なあ?」
「あ、ああ。そうだな。」
「貴方たち。きちんと言葉にしなければ相手には自分の気持ちは伝わりませんと何度も教えたでしょう?」
「わっ、私は!結婚を機に、ギルドに就職しましたので!娘たちもまだ小さいことですし!妻は市井の出身ですから!夫婦で協力して子を育てるのにですね!Sランクですと少しばかり都合が悪いといいますか!」
先手を打ってまくし立てて言い訳し出したコートさんを驚愕の目で見るジンさん。しかし、その瞳にはすぐに裏切り者に対する憎しみのような色が浮かんだ。だからなんでそこまで。
「なるほど。至極まっとうな理由ですね。本音かどうかは別にして。」
「はひぃ……!」
なんでコートさん涙目でこっち見てくんの。え?援護射撃しろ?この戦場で、ビショさんという歴戦の将を相手になにを言えと?そもそも今この場において、わたしとコートさんは敵同士ですが?
「ショウコさんは彼の奥様のこと知っていて?」
「え、あ、はい。奥さんのキィさん、はい、知ってます。」
おかげでこっちに来てしまったじゃないか。なんてことしてくれんだ。巻き込まないでくれ。
「コートさんはきちんと夫として、父として、やっているのかしら。」
うーん、二人の緊張が移ったか?ビショさんの微かな笑みをたたえた姿は、偽証は許されないという圧力を感じさせる。ていうか、もしかして〝威圧〟持ち?手加減はしてくれてるんだろうけど、プレッシャーハンパない。今すぐオールスルーして逃げ出したい。
「その辺は、普通に普通の子煩悩な愛妻家です。普通以上かもしれません。ちょっと愛情がすぎて、家族には面倒に思われてますが。あんまり出張や夜勤が多過ぎて、帰宅したときにパパいらっしゃいとかパパまた来てねとか言われたくないと常日頃から言ってます。」
「常日頃から。そう。コーンドゥ支部長。今の話は真実ですか?」
「えっ、あっ、はい!真実です!」
「ならばよろしいでしょう。では、ジンさん。」
すっかり蚊帳の外だったマッタさんは急に自分に水を向けられて驚いたが、わたしの話に同意した。
さあ、お次はジンさんだ。
ジンさんは裁かれるのを待つ罪人のような顔で、目をつぶってひたすら何かを耐えている。こんなジンさんハンちゃんが見たら、ショック死するんじゃないか?いや、むしろ未練を断ち切れるかもな。
「お返事くらいなさい。」
「失礼いたしました。」
「貴方、いつまで経ってもフラフラフラフラ。お祖父様はご心配なさっていてよ?」
「ビショ様には関係のないことです」
「何かおっしゃって?」
「なんでもありません。」
反抗的な態度を見せるも尻すぼみで、結局ビショさんの圧に負けておる。反抗期の息子か。
「結婚しないのは仕方ありません。それは貴方の権利。だけどね?力ある者として、それを正しく使わないのはどうなのかしら?」
「父上もお祖父様も、好きに生きろとおっしゃっておりました。」
「あの方たちはそうおっしゃるでしょうね。ご自分たちも、ご自分の思うように生きておられるもの。だけどね、ジンさん。勘違いしてはなりません。」
「私は勘違いなどしておりません。」
「いいえ!しています。貴方は恵まれた環境に育ち、高度な教育を学び、たくさんの恩恵を受けてきたはずです。それを貴方のお父様やお祖父様のように、社会に還元しようとは思わないの?」
「思い、ます。」
思ってないな。多分、ビショさんには〝読心〟や〝看破〟のように、相手の話が真実か、本音かどうかを知るスキルがあるんだと思う。ジンさんは反抗的な態度を示しながらも、言葉を慎重に選んでる。なら、〝読心〟ではないのかな?
「ならばどうしてもっと早く昇格のお話を受けなかったのです。」
「今の働き方が、自分には合っていると思いまして。」
「けれど、貴方、コーンドゥ支部長にはすごくお世話になったはずよね?何度も中央からの引き抜きを、味方が少ないながらも止めてくれていたはずよ。」
「はい……」
消え入るような声で答えるジンさんは、いつものジンさんじゃなくて、親に諭されるただの子どものようだ。
「今の働き方が合っている。それは貴方にとっての真実で、本当のことなんでしょう。だけど、ジンさん?義理を蔑ろにすれば、貴方の周りからはいずれ、だぁーれもいなくなりますよ?」
お友だちが困ってるのに助けず見捨てたら自分のお友だちもなくなりますよ的な理論なんだろうか。
「少なくともコートさんの子が大きくなるまで。それくらいも協力できないの?コッティラーノはゴズ・モーギュ隊の解散からSランクパーティーはおりませんよね?今だって、モーギュさんがおひとりでSランクの職務に当たられているのよね?貴方たちのパーティーはSランクの資格があるのにそれを断った。貴方、モーギュさんに憧れてこの地に来たのではないの?」
「その、通り、です。」
「モーギュさんは私も立派なお方だと思います。流れてくる噂や新聞記事だけでしか知り得ませんけど、少なくとも、あのときのコッティラーノ第一のスタンピードを乗り越えてなお、最前線に立とうとする気概がある。貴方のコッティラーノ行きを貴方のお父様が止めなかったのは、貴方に足りないところを学べる良い機会だと思われたからです。もちろん、成人した貴方の行動を止める権利は親にもありません。だけど、小狡いばかりで力の意味を履き違えた貴方が、初めて正しき行いをする人への憧れを口にしたから。だから、初めから反対をしなかったのです。」
し、辛辣!小狡いばかりで力の意味を履き違えたって、過去のジンさんはどんなイヤなヤツだったんだ。トーラ隊の男子チームはもう話についていけず、無になることを心掛けている。彼らはもうここにいなくていいと思うのだが。
正直、わたしも帰りたい。
ビショ・ウージョ(48)
最終兵器淑女として上流階級の二十代〜三十代前半の子息子女に恐れられている
戦闘の手ほどきは魔王様とゼーキン家の始祖
バルトの姉弟子
正義感が強い
お小言が多い




