総統夫妻の悩み(2)
あっという間に総統夫妻のやって来る日になった。
その間、ゴズさんとメーガー氏の立てた計画通りにトレジャーハンターへの道を歩み出した。体力の落ち方が酷い。ランニングと筋トレをするよう、ゴズさんに言われてしまった。こんなに身体を鍛えるのは中学生の頃以来だ。こんなことなら球技じゃなくて武道系の部活に入れば良かったと悔やまれる。
この世界で生きていくための最低限の知識は頭に入ったので、今後は就職の為の職業訓練に力を注ぐ。目標が出来て、訓練も余り苦には思わなくなった。今までは漫然とレベルを上げるためにスキルを使うだけだったからな。
「今日は時間を作ってもらって悪かったね。私はシューワ・イ・ヨックバールだ。」
「ゾーワ・イ・ヨックバールと申します。はじめまして、来訪者ショウコ・トガワ。」
名前の真ん中に一文字入るのは元貴族の家柄らしい。収賄と贈賄の欲張り夫婦だった。
「戸川祥子です。お会い出来て光栄です。」
友好の握手から始まる。おや、夫人の指にはあの指輪が。ご夫婦仲に悪い影響を及ばさないよう、まずはお清めしてもらうか、地金を潰して違うデザインにした方がいいのではなかろうか。
「うふふ。これね、とても気に入ってるの。主人が結婚記念日に好きなものを買っていいって言ってくれてたんだけど、なかなか良いものがなくて。オークションの事前情報でコレだ!って思ったのよね。大切に使わせてもらうわね。」
夫人、お美しい。厳しいご主人の総統とは真逆のほわほわした感じだ。この人なら指輪の邪気も払えるんじゃないかと思う。良かったな、指輪。いい人に買ってもらえて。
「もうわたしの手から離れたものですので、如何様にも。夫人に大切にされて指輪もどことなくうれしそうに見えます。」
まあ、そう?とコロコロと笑うのを口の端を上げて総統が見ていた。常に腰に手をキープ。これが貴族か。
「バルトから聞いている。トレジャーハンターになるそうだね。そのスキルを存分に活かして是非我が国へ貢献してくれると嬉しい。」
「やだわ、あなた。来訪者は自由なのよ。そんな縛り付けるような言葉、あなたの立場で言ってはならないわ。」
「お気遣いありがとうございます。少なくとも半年間お世話になった分はお返し出来るよう、努めて参りたいと存じます。」
来訪者自立支援の予算を聞いた。ボード氏は渋ったが何とか聞き出した。結構な金額である。が、夫人の手にある指輪代で支払うことは出来る。でも、あのクソバカカス男にもらったモノを売った金で支払うのは何か違う。きちんと自分が稼いだ金で恩返ししたい。
「閣下。応接間に茶を用意してございます。どうぞご移動を。」
「お前なぁ、今日は公務ではなく旅行で来てるんだぞ?何でそんなに堅苦しいんだ。」
「閣下は私用でしょうが私は勤務中です。ご案内致します。こちらへ。」
「バルト。ショウコさんをエスコートして差し上げたら?」
「あ、いえ、わたしは」
「ショウコ。手を。」
一人で歩けます。と言いたかったが遅かった。いや、夫人だって一人で歩けるだろうけど。そういうことを言ってるんじゃないというのは分かっている。セレブの常識に庶民を巻き込まないでくれ。
「あなた、バルトとショウコさん、とてもお似合いね。」
総統閣下、沈黙である。後ろにおられるので表情が分からない。夫人よ、どうか余計なことを言わないで欲しい。
わたしも最初に通された応接間にて、茶会である。食事の前に茶を飲むと腹がふくれてしまう。一応、晩餐は少なめに盛ってもらうように頼んであるが、緊張でガバガバ茶を飲んで水っ腹になりそうで怖い。話題、続くだろうか。
「トガワ殿。この国での暮らしはどうかね?」
「まだこちらでお世話になっているので何とも言えませんが、皆様にはよくして頂いております。」
「それは良かった。来訪者への不当な行いは国際法でも禁じられている。それでも私欲にかられて囲い込む国も多い。国に届け出もしない不届き者もいるがね。君のことはきちんと報告はされているが、首都行きを拒んだのは、バルトの意向ではないかね?」
そういやゼーキン氏も独占を疑われるとか嫌味を言われるとか言っていたな。
「いえ、わたしがお断りいたしました。ご無礼は承知しておりますが、何分、まだこちらに馴染んだとは言えない状況でして。起きていられるのも午前に四時間、午後に五時間ですから。」
九時間起きていられるようになっただけかなりの進歩だ。仕事に支障が出るので十二時間は起きていられるようになりたい。ここを出てからも二か月はゴズさん指導の元、ギルドで訓練期間になっている。それが明ける頃には体力もついて、もう少し起きていられるだろう。
「そうか。トガワ殿はこちらに馴染むのがゆっくりのようだな。バルト。久方ぶりの来訪者だ。無理はさせるなよ。」
「私が止めてもショウコは聞きません。今後のことを考えると頭が痛いです。」
「あらあら。何かあったの?」
「ゼーキンさんは」
「バルト」
「わたしがトレジャーハンターになるのに反対のようなので。少し言い合いになりました。」
「冒険者はどの仕事を引き受けても危険が伴うからなぁ。心配するのも無理はない。」
「だけどバルトの許可なんかいらないはずよ。あなたそれを分かってて反対したの?」
「反対しておりません。条件を付けただけです。」
「なんて?」
おい、やめろ。あの条件は周りに勘違いされるんだぞ。メーガー氏もボード氏もキエラさんも、ゴズさん始め恐らくあの酒場にいた全員が勘違いして生温い目で見守って来るんだぞ。ふざけんな、言うんじゃない。
「ダンジョンから帰ったらまず私に」
「生存報告をするという約束です!」
被せ気味に言った。これならこの世界のわたしの保護者としてつけた条件と言ってもおかしくはない。はずだ。多分。
「ニュアンスが違うよ。」
「同じことです。」
仲良しさんなのねえ、と夫人はうれしそうに微笑む。というか、ゼーキン氏と総統夫妻は気易い関係なのだろうか。狭いセレブ世間での知り合いか?
「この人ったら、あなたがなかなか結婚しないものだから、女性に興味がないんじゃないかって疑ってたのよ?その様子なら問題はなさそうね。ああ、ごめんなさいね、ショウコさん。急に親子の話をしてしまって。」
え、親子なの?苗字違くない?いいとこのボンボンどころじゃなかった。総統御子息だった。酒場のみんなも知ってて、だから恐れ慄いていたのか?
わたしが衝撃に口をきけないでいると、夫人は首を傾げて問うた。
「あら。わたくしたちの関係は何も説明してないの?」
「バルトはそういうことをわざわざ教えるタイプではない。」
「まあ。あなたとそっくりね。」
顔は似てるわけではないのだが。中身が似てんだな。こんなのが夫だと夫人、苦労しそう。
「私はバルトのように無神経ではないし、女性の扱いも心得ている。」
「確かにあなたは紳士だけれど、自分が不要だと思ったことは話してくれないでしょ?そういうところよ。こちらは訳もわからずヤキモキさせられるの。あなたも治して頂戴。」
「……善処する。」
しなさそうねぇ、とまた夫人は笑った。文句は言うがさして気にしてもなさそうだ。似合いの夫婦なのかもしれない。
「わたくしはこの人の三番目の妻なのよ。バルトは二番目の奥様の子ども。姓が違うのは母方の姓を名乗っているからなの。ホラ、やっぱり。初めて聞いたのね?あなた、仕事としてしか彼女と話をしてないんじゃないの?来訪者のメンタルケアなんてこれで出来るのかしらねぇ。」
継母とも違うんだろうが、関係は悪くなさそうだ。ズケズケと夫人は言うが、ゼーキン氏は気まずそうにしながらも不快感はない様子でいる。夫人の舌鋒にたじたじ、と言った方が正しい。
「保護者として以外の交流もしております。」
「あら。どんな風に?」
「彼女の服を選んだり、彼女の体力強化の為に共に走ったり、外食に行ったり、色々です!」
ムキになるなよ。ていうか、わたしの服はコイツが選んでたの?それこそ初耳なんだけど。季節が変わって最近新しい服をもらったが、まさか。この服もコイツの趣味だったのか。服に罪はないがちょっとキモイ。
ランニングにくっついてくるのもやめてほしい。毎日夕方三十分走っているが、まだ終業時間でもないのにやって来て並走してくる。確かに一人でダラダラ走るよりはつまらなくはないが。
「引いてるわよ、彼女。」
「そうなのか?」
ええ、ドン引いてます。
「お前は案外母親の血の影響が強いのだな。」
「ゼーキンさんのお母様ですか?」
「何故いつまで経っても名を呼んでくれないんだ?」
「ああ。バルトの母は竜人の血を引いていてね。竜人はスキルがなくとも類稀な力を持つが、その分、番への執着が激しい。独占欲の塊だ。我が妻だったソヨウは病を得て亡くなったが、永く私もその執着の対象だった。もし此奴に迷惑をかけられたら遠慮なく言ってくれ。私の権限で異動なりなんなりで引き剥がしてあげよう。」
「閣下!」
「父上、でしょう?」
「その時はよろしくお願いします。」
「ショウコ!?」
ここは乗っておいた方が得策だ。美貌の領司様は竜人の子孫だったのか。番ってなんだよ。そういうのはお話の中でだけにしてくれ。
ソヨウ 租庸




