ラスボスを倒そう(3)
「うるさいわね。蛇風情が。」
こっちはしかめっ面だけで済んでるジュンさんにもビックリだよ。テューポーンって神様とも言われるドラゴンの亜種なんじゃなかったの?まあ、邪神だけど。
蛇じゃないとか言うとこっちがやぶ蛇になるので、私はジュンさんの発言をスルーした。
テューポーンが、それまではただ振り回すだけだった武器をしっかり狙い定めて倒れた者を屠らんと振り下ろす。無事な者が気絶者を抱えて飛ぶのが見えた。あれはコートさんかな。抱えられてるのはキョウちゃんの仲間だ。
ジンさんも、案外雑に気絶者たちを少し距離を離した空きスペースにポイポイと正確に投げ捨て重ねていく。アレはアレでダメージにならないか?大丈夫かな?特にウーカ隊の青少年たち。下敷きになってるが。
バルトとシロはテューポーンに救出活動を邪魔させないように、テューポーンの顔の周囲を飛んで注意をひきつけている。
「無事な者は距離を取れ!バンタン卿のところまで走れ!」
「ジュンさぁーん!お願ぁーい!」
「もう少しアンタたちだけで踏ん張りなさーい。」
「倒れたヤツの救助だけでも!頼む!」
「イヤよー、面倒臭い。」
「バンタン卿!」
「まったく……仕方ないわね。」
コートさんとゴズさんから呼ばれても右手をシッシッとしながら左手で耳をほじくっていたのに、バルトが呼ぶと気怠そうな様子で立ち上がった。ソヨウさんの息子のバルトに甘い……わけではないんだよな。単にここでの指揮官に従っただけか。
「派手にいくわよ!」
「たっ、退避!退避しろ!いや、その場でみんな伏せろぉーッッッ!!!」
ゴズさんが慌てて冒険者たちに指示を出した。みんな、声よく通るなぁ。ここから距離そこそこあるのにちゃんと届いてる。舞台役者並み。わたしには無理だ。
ジュンさんは、いつだかに聞いた生きた物まで入れられるという話のマジックバッグから、大きな弓矢を取り出した。さすがハーフというかクォーターとはいえエルフ。構えが堂に行っている。
しかし、女性と見紛うスラリとした体型でどうしてあんな大弓を引けるのか。ギリギリと弦の音が目前で鳴り、緊迫感が増していく。
ていうか、ここから攻撃するの?狙いは射角的に頭だ。なんの縛りがあるのか、翼を使って少し浮くくらいしか移動しないテューポーンに向かって、ジュンさんの放った矢が一直線に、そう、アーチを描くでなく一直線にテューポーンの頭部へと向かっていった。
流星のように、この暗い洞窟の中、光の道を残しながら。
それは見事テューポーンの頭部に突き刺さると、ドパァァァンという音を立てて、人間と同じ形状の頭部が弾け飛んだ。色んなものが飛び散って、ぶっちゃけグロい。
頭を落とした……いや、破壊した?ので、テューポーンは活動を停止。多分、討伐完了、の、はず。
いや、ジュンさん強すぎない?バルトだって必要なくない?なんでこの人、治癒師専業なの?そりゃあ、マ総統が手合わせしようってしつこく絡むワケだわ。実際に絡んでるとこは見たことないけど。ジュンさんの話だけだけど。
「ヤダわぁ、汚い花火ね。」
どっかで聞いたセリフを吐きながら、いつの間にか弓はしまわれていて、お茶、とジュンさんは言った。
ラスボス倒しといてなんの感慨もなさそうなのが大物感あってすごい。
ひと仕事終えた顔をしたクロがわたしのところへやってきた。イヤそうな顔をしながら、艶々の毛についたテューポーンの頭だったものの一部を舐め取っている。肉は毒ないのかな?クロもダンジョン生まれだし、地上でだって食べられないものは口にしないから平気だと思うけど。
「ウチのルーキーたちはクロシロ以下ね。状況判断がてんでなってないわ。頑張ったわね、クロ。キョウとの連携、良かったわよ。」
褒められたのが分かるウチの天才猫。グルーミングは終わったようで、ゴロゴロと喉を鳴らしながら顎の横をジュンさんに撫でられて嬉しそうにしている。
一年経っても戦闘に関してはてんで素人なわたしは、クロに目に見える大きな怪我がないことだけは確認して、安堵のため息を吐いた。シロはあっちでバルトが肉片を食べさせているようだし、きっと無事なんだろう。
ウチの子たち、また巨大化するんじゃなかろうか。クロはともかく、シロなんかさっきので既に佐山くんの出してくれたワンボックスよりデッカいのに、これ以上大きくなったらどうすんだ。どんな屋敷を建てれば入るのだろうか。
本職テイマーであっても、外飼い放し飼いは法律で禁止されている。大型モンスターなら獣舎で飼育するのが普通だ。バルトの先生であるマティコ氏のテイムドモンスターであるビアンカちゃんだってそうやって生活してたらしいし。
ビアンカちゃんと同じフェンリルでも、シロは更に強くて大きいフローズヴィトニルの可能性があるってバルトは言っていた。
ていうか、アレだな。佐山くん。更にデカくなったシロを見たら、また泣くんじゃないだろうか。まあ、でも、このままなら時間の問題だったかな。こんな依頼、今後も増えていきそうだ。フローズヴィトニルなら、今が本当に成体かも怪しいし。現状把握にはまた首都に行ってカーテン氏に鑑定してもらうしかない。
今回のラスボス戦までに手持ちのポーション使い切ってしまったし、鑑定ついでにシディーゴ第一にもぐってまた現物支給を申し出てみよう。バルトは忙しいだろうから一人で行くか。車ならバルトの飛翔ほどではないけどすぐだし。
「ショウコはSランク昇格条件達成になるわね。」
「えっ、なんでですか?」
「だって、自分の従魔の功績はテイマーの功績よ?クロもシロも充分な戦力だったわ。」
「でも、わたし、正規のテイマーじゃないですし。今回の編成は臨時のパーティーじゃないですか。」
「アイツらテューポーン戦ではほぼ役に立ってないじゃない。書類上はショウコのテイムドモンスターなんだから、ラスボス倒すのに貢献したんだもの、アンタが何言ったってポイントは入るわよ。」
「ええ……?」
「ま、Aまでと違ってSは拒否権あるからね。ただ、Sランク相当の実力があるAランクだと徴税額上がるから、所属ギルドに対しての貢献を維持してかないとペナルティになるわよ。あ、産休育休期間は入らないから安心しなさい。」
ええー?そんなん言われても。稼働日増やした方がいい?今みたいに週三、四日潜るだけじゃダメなのかな。それか毎回泊まりで低層階メインで潜る?
一発デカいの当てればそこまで大変じゃないみたいだけど、年一か半年に一回くらいラスボス倒すレベルのことをしなくちゃ稼げないらしい。この第一ダンジョンはハイクラス相当になったから、年一でもイケるって。いや、わたしらだけじゃ無理じゃない?
しかも、いつ子ども産むんだかも分からないのに、なんでそんな話題まで出したんだよ。
「ただギルドの正規職員になれば、キックバックの割合は減るけど、ダンジョン潜らなくても月給もらえるから安定した収入になるわよ?産休育休期間も、ただの冒険者だと納税免除になるだけだけど、正規職員なら多少お金が入るわ。どう?」
ここでまさかのギルド就職という道が。
Aランクのギルド職員の仕事は、ダンジョンの管理運営。低ランカーたちが安全に活動出来るようにある程度モンスターの間引きをしたり、支部の目標額達成のために低層階に潜ったり、他にも新人指導とか色々あるが、実際にダンジョンに潜るのは月に数回とのこと。年末が近付くと回数が増えるらしい。なんなら、全くダンジョンに潜らない月もあるそうだ。
勤務体系はシフト制だからたまに夜勤があるけど、基本は九時五時だし、わたしならばハイクラスになった第一でアイテム収拾がメインになるだろうとのこと。それなら、今と大して変わりない。
ギルド正規職員。ギルド自体は世界中にあるし、横のつながりはあるけれど、国とは切り離された組織ではあるが、実態は日本でいう特定独立行政法人に近い。あ、これは佐山くんからの受け売り。独立行政法人は聞いたことあるけど、特定独立行政法人ってなに。
まあ、要するに、ギルド職員とは公務員だ。
公務員とはそれすなわち安定。
意外と魅力的かもしれない。
独立行政法人通則法(平成十一年法律第百三号)(抄)
第二条
2 この法律において「特定独立行政法人」とは、独立行政法人のうち、その業務の停滞が国民生活又は社会経済の安定に直接かつ著しい支障を及ぼすと認められるものその他当該独立行政法人の目的、業務の性質等を総合的に勘案して、その役員及び職員に国家公務員の身分を与えることが必要と認められるものとして個別法で定めるものをいう。
文部科学省HPより抜粋