総統夫妻の悩み(1)
追加で注文したなんちゃらの煮込みだの野菜のなんちゃら巻きだのに舌鼓を打ち、他の客からのオススメの酒を新たに頼み、最後に二本目のキープボトルの三分の一を空けて帰ることにした。飲みすぎたな、久々に。まあ、ボトルの三分の一はゴズさんと半分ずつ飲んだわけだが。お礼の前払いだ。
ゴズさんとの出会いは神に感謝せねばならない。聞けばゴズさんはこの領一番の冒険者。御年三十二歳。老けてんな。四十代だと思ってた。マッチョって年齢読めないな。ごめん、オッサンとか思って。
奥さんが三人目を産んだ辺りから家事育児が回らなくなって一時的に第一線を退き、冒険者ギルドなるところで指導教官を務めている。問題が発生すれば現場へも出るらしい。キントーさんとは昔のパーティー仲間でこの酒場には週一で飲みに来ている。キントーさんは治癒師の技でも癒せぬ古傷を脚に負って引退。ちなみに奥さんもそのメンバー。認識阻害スキルをお持ちだそうだ。道理で詳しいわけだ。
わたしは一流とはいかなくても、そこそこのトレジャーハンターになるため、日々努力していこう。愚直に頑張るくらいしかわたしには出来ない。
さてと。ゴズさんも帰るというし、わたしもそろそろお暇しようと思う。
カウンターに突っ伏させて寝かせていたゼーキン氏に声をかけるも反応は悪い。
「ゼーキンさーん。帰りますよー。」
「ん……」
無駄に色っぽいな。こんな大男、抱えて帰れない。やはり置いて帰ろう。
「すみません、キントーさん。」
「ああ、どした?」
「後で迎えをやるんでこの人置いて帰っていいですか。」
「でえ!?ダメダメダメ!持って帰って!」
マジか。領司様がいると営業妨害になると言われた。確かに一席占領している上に、他の客、即ち冒険者のみなさんと出立ちが違う。どう見てもハイソな若者。
困ったな。どうやって連れて帰ろう。
「しゃーねえな。これも誼だ。オレが担いでってやるよ。」
「ゴズさん、すみません。助かります。」
「姉ちゃん、ちゃんと名前聞いていいか?」
「戸川祥子です。トガワが姓でショウコが名前です。」
「ショウコは自分で歩けるな?」
「はい。これくらいなら。」
「酒、強えな。よし。キントー、勘定!」
「あ!」
「え?」
帰る段になってわたしには手持ちがないことに気がついた。今日はゼーキン氏のおごりだから何も持ってきていない。
「ゼーキンさん、お支払い、お支払いです。」
「あー、そうだよな。来訪者だもんな。」
「どこにしまってるんだろ。ゼーキンさぁん?ゼーキンさぁん!?」
もう一度強く身体を揺すっても微動だにせん。どうしよう。
「キントー、オレのから立て替えといて。」
「お、いいの?」
「後で領司様に請求するさ。利子つけて返してもらう。」
「本気かよ。領司様だぞ?」
「迷惑料もらっても罰は当たらんだろ。」
ガッツリ請求してやってほしい。初対面の他人に迷惑かけたんだから。
ゴズさんはまさかのお姫様抱っこでゼーキン氏を抱き上げた。一応、上着の懐を探ってみたが結局分からなかった。下半身には手を出したくない。ズボンのポケットなどもっての外だ。
帰り道、異様な光景に周囲の通行人が目を瞠る。なんせ美貌の領司様が更にゴリゴリの大男にお姫様抱っこされているのだ。見たくもなる。
「ショウコは今いくつだ?あー、女に歳聞いちゃマズいか。」
この世界でもそうなのか。だけどどうせ冒険者ギルドとやらに登録すれば露見することだ。
「二十九です。」
「マジか!?十八くらいだと思った。」
十八じゃ日本では酒が飲めん。ここは十五歳の成人を迎えれば飲めるらしいが。そんなに若く見られてたのか。
「当たり前だが、一人で来たんだろ?」
「はい。」
「家族はいたのか?」
「いえ、祖父母が死んでからは天涯孤独でした。」
「そっか……。結婚は?」
「離婚しました。」
ということにしておこう。説明が面倒だ。
「悪ぃこと聞いたな。」
「いえ、おかまいなく。」
「ちょっと前のオークションに出た指輪ってショウコのか?」
「知ってるんですか?」
「ギルドに護送の依頼が来たからな。現役来訪者の私物がオークションに出るのなんて聞いたことねぇ。」
「あれは……元夫のクソクズ男からもらったものです。」
「随分と立派な指輪だったって話だけど?」
「あっちでは大したことありませんよ。もっとすごい物も売ってますから。」
ふうん、と言ってからゼーキン氏を抱え直した。少し身じろいだが起きる気配がない。明日は休みだって言ってたけど大丈夫か、コイツ。わたしもかなり眠気が来ている。帰ったら即寝だな。
「まあ、なんだ。あんまり領司様に素気無くすんなよ。」
「ご期待に添えかねます。」
「正直だなぁ。領司様は悪い男じゃねえよ。多分な。」
「そういうのは当分いいんです。」
「もったいねえ。」
ゼーキン氏の感情がどうであれ、わたしには関係のないことだ。わたしはわたしの人生を生きたい。まずは自活だ。
領館に着くと門番の兵士がゴズさんをゼーキン氏のプライベートスペースである領司館に案内してくれたのでわたしは離れへ戻る。
キエラさんもいないので、何とか自分で化粧を落として着替えを済ませ、風呂は明日の朝だと割り切ってベッドへダイブした。
翌朝という翌昼。応接間で土下座するゼーキン氏を見て、この国を出た方がいいんじゃないかと薄ら思ってしまった。
「ショウコ!昨夜は済まなかった!」
「おはようございます。お引き取りを。」
「怒ってるのか!?」
「昨夜のことは怒ってません。迷惑だったとは思ってますけど。今怒ってるのは、身支度も済んでない女の部屋へ堂々と入って来たことです。お引き取りを。」
笑顔でお怒りのキエラさんが首根っこ引っ掴まれて部屋から引き摺り出した。朝風呂ならぬ昼風呂に入り、食事の場に行くとゼーキン氏がまだいた。帰れ。
「おやすみですよね?ご自宅で休まれたらいかがですか?」
「まだきちんと謝罪出来てない。ショウコ。昨夜は本当に済まなかった。迷惑をかけた。今後はこのようなことがないよう気をつける。」
「今後は一緒に外食しなければ問題は起きません。」
マンガなら背景にガーンと書かれてそうなくらいショックを受けている。
「ゼーキンさん。」
「バルト。」
「昨夜のことは覚えてます?」
「酒で記憶を飛ばしたことはない。」
「奇遇ですね、わたしもです。それで正式に冒険者ギルドにわたしの教育の依頼をお願いしたいのですが。指導教官はゴズさんで。あと、あそこの支払いはゴズさんが立て替えてくれてます。踏み倒しなんて人でなしなことしないでくださいね。」
「そんなことはしない。ゴズ・モーギュだな。分かっている。既に依頼は出した。もちろん、立て替えてもらった支払い分も色をつけて朝一番に届けさせている。」
「安心しました。」
深酒の翌日だから軽いものにしてもらえばよかった。普通のメニューだと重い。
「ごちそうさまでした。」
「それだけでいいのか?」
「お酒をたくさん飲んだ翌日はあんまり食べられないんで。」
「私といると食事が不味くなるか?」
「食事は食事です。ゼーキンさんと味覚に関係はありません。」
あの晩餐会みたいなのは関係あるか。キントーの酒場では普通に、いや、普通以上に美味しかった。次はいつ行けるかな。
「ショウコ。」
「なんです?」
「頼みたいことがあるんだが、その、昨日話しただろう。総統が君に会いたいと言っている、と。」
「お断りしたはずですが。」
「いや、首都に行く話は朝、総統閣下に話をした。」
電話でもあるのか?日本のように暮らすことは可能だが、街には電話線も電線も見当たらない。地下に埋め込まれているのかもしれないが、そういえば道にはマンホールがなかった。どうなってるんだろ。
「それで?」
「やっぱりまだ怒ってるな。」
「怒ってません。本題。」
「あ、ああ。それで、次の長期休暇に総統夫妻がこちらに来ることになった。申し訳ないが、その時は面会をしてもらいたい。」
「あちらからいらして下さるならかまいません。」
ここは折れないとマズいだろう。お忙しいであろう国家元首が来訪者とはいえわざわざ一庶民に会いに来ると言っている。拒否権はあるようでない。むう。これだから政治家は。政治家の知り合いなんぞおらんが。
「そうか、良かった。食事の席には私も同席する。」
「深酒はしないで下さいよ。」
「分かってる。」
というわけで、一週間後。なんちゃら記念日とやらで十日間の長期休暇があるらしい総統夫妻がこちらに来ることになった。
マナー、大丈夫かな。ボード氏にもう一度レッスンしてもらおう。
ゴズ・モーギュ
牛頭・猛牛
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