年間目標額を達成しよう(3)
バルトにプロポーズした。
正直、ちょっと消極的な理由からであることは言えない。冒険者ギルドの義務が面倒になっただなんて。
結婚したらフリーの冒険者になろうと思う。年齢も年齢だ。早めに子どもが欲しい。クロとシロも落ち着いたし、きっと子どものいい相棒になる。親になるのはまだ怖い。だけどバルトがいるから。二人で一緒に親になっていけばいい。
「ユキヒト、聞いてくれ!」
「バルトさん、ご機嫌ですね。どうしました?」
「ショウコが結婚しようと言ってくれた!!」
そういうのは二人の時に報告して欲しいんだけど。
「おめでとうございます!戸川さん、心境の変化、どうしたんです?」
「来訪者支援制度で使ったお金の返済目処が立ったから、キリがいいかなって。」
「あはは!戸川さんらしっ!この国は結婚式ってやるんですか?」
「お披露目パーティくらいだって。」
「ウェディングドレスは着ないんです?」
「佐山くんは奥さんとどうしたの?」
あー、と遠い目をしながら佐山くんは語った。
「やりましたよー、神殿で。大々的に。あっちは軍服着てましたけど。」
花嫁が軍服。それは……。
「バルトさんも軍服似合いそうですよね!」
確かに。軍人ではないから普通に正装だと思うけど。てか、大概の服似合うよ。
「ショウコたちの国の民族衣装は着ないのか?」
「あるけど……。」
「さすがに俺も白無垢の着付け方は分かんないっす。」
前回はお色直しに色打ち掛けを予定していたんだけどその話はしたくないな。それに出来たとしても佐山くんに着付けはしてもらいたくないぞ。
「着物の正装はややこしいからいいよ。ひとりで着付けるものでもないし。」
「そうか。残念だ。」
どうしても首都でのお披露目パーティは不可避っぽいので、わたしたちがあちらに行けるタイミングである年末年始、真銀週間、夏季休暇くらい。来年の年末年始は早過ぎるから、真銀週間くらいが丁度いいかなという話になった。その前にこちらに来て二年になる。晴れて来訪者支援制度の期間が終了となる。良い節目だと思う。
それ以外にもこの国は祝日を絡めた三連休は多いので、どっかで首都に行ってヨックバール一家にご挨拶し、ゼーキン邸の敷地に新築する別宅を依頼する工務店を探す。夏季休暇でアイラン島にいる初代当主御夫妻に挨拶。
お披露目パーティは派閥関係なく呼ぶことになるらしい。そこさえ耐えれば後は何とかなる。こちらでもお世話になってる人たちとパーティをしたい。
思いの外、浮き足立ってる自分がいる。雅樹との結婚はあんなに腰が重かったのに。
とりあえず、ドレスはオーク布を使いたいので、今日も今日とてダンジョンに潜るわたし、戸川祥子、三十歳。来年結婚予定。幾度か潜ったけど、これだという色の布に出会えていない。今日こそはという期待を込めて潜る。出来れば財宝の中にバルトの瞳のような色合いの石があればいいのに。翠と橙が入り混じる石なんてないか。バイカラーでいいんだけどな。
って、わたし相当浮かれてるな?バルトの色を身に付けたいだなんて。
「ウソでしょ。」
飛び地に行くと、オーク・オーガの連合軍になっていた。オーガの方が立場が上なのだろう。小隊長にノーマルオーガを置いてオークジェネラルクラスの尖兵がうろうろしている。なんてこった。
先週、キョウちゃんのいるマッハ・ゴーゴくんがリーダーのゴーゴ隊はオーガ軍を殲滅してめでたくAランクになった。丸二日も戦っていたらしい。ポーション結構使っちゃったと笑っていたので満タンにして渡したところだ。
スプレーボトルは節約になっていいと言うので、マッタさんが佐山くんに依頼して支部所属人数分、百均で売ってるようなアトマイザーのボトルを用意してくれた。わたしの手持ちのポーションもギルドに買い取られた。まあ、売ったのはパナケイア水だけだからネクターとエリクサーは残ってるけど。どちらの効果もあるけど、効果の高さが若干低いらしい。パナケイア水が濾過されて濃縮されたのがエリクサーという仮説もある。
オーガとオークの群れがわたしをすり抜けて行く。シロに袖を引っ張られて戦闘するかと尋ねるように首を傾げられたが、ここでこいつらをつついて、連合軍が飛び地から出て来たら大変だ。なんせここは高層階から続く飛び地。あっという間に退位モンスターは駆逐され、外に出てしまうだろう。
これはスタンピードの予兆かもしれない。慌てて支部に戻るとすぐに支部長室に通された。
「これは早急に対処しないとマズイな。」
わたしとコートさんでオークを狩り過ぎたからだろうか。ダンジョンも学習しているということだ。
「ゴーゴ隊とウーカ隊、ネンドとブンボも召還する。お前たちは全員出動だ。ゴズ、ミルックを出せるか?」
「子どもの預け先がなぁ。」
「ウチに来ればいいですよ。」
「そうか?じゃあ、頼む。」
ミルックも行くの?両親共に行って何かあったらと思うとゾクッとする。
「ミルックは大丈夫だ。んな顔すんな。」
「でも!」
「アイツの認識阻害は一級品だ。こちらは少数精鋭で行く。お前のオールスルーが他者付与出来ない以上、ミルックの認識阻害が今回の討伐の肝になる。アイツだって分かってるよ。前回ももっと上手く使えてれば良かったと後悔してるからな。あの頃は……俺たちも若かった。今ならもっと上手くやれる。」
前回……第一のスタンピードだ。多くの高位ランク冒険者が犠牲になった。
「んだからよ、お前が気にすんな。次に第一でスタンピードがあれば絶対に参加する。それはアイツが冒険者辞める時に決めたことだからな。」
サンちゃんの顔が過ぎった。この人たちは沢山の人を守るために沢山の犠牲を払ってきている。弔い合戦なのかもしれない。自分の中で、決着を付けたいのかもしれない。
「領軍にも支援要請をする。もしかしたら領司様も来てくれるかもな。」
「バルトが来たら私たちいらなくない?」
「はは、まあ、領司様はお忙しいから。来るとは限らないけどね。」
バルトがオークオーガに遅れを取るとは思えない。バルトがいる安心感と、万が一があったらという不安が胸の内で戦っている。
「しかし、第一は更新後厄介ごとばかりだ。今後もコノを守れるか、それが心配だよ。」
コノが危険に晒される以上、バルトがここから動かされる可能性は低い。そう思うと、何でかホッとした。
「ショウコ。クロシロと一緒にお前も参加してくれ。この子たちはBランク上位パーティくらいの実力はあるんだろう?」
「そこは私とジンのお墨付きですよ!」
「ショウコの仕事は撹乱だ。スキルのオンオフでクロシロの連携攻撃をランダムに行い、連合軍の混乱を誘う。いつもと変わらないけど、相手のレベルが上がってる。クロとシロにも危険は増える。連れていかないという選択肢はない。だから、覚悟を決めておくんだよ。」
「わ、かりました。」
クロとシロがいなくなったらどうしよう。喉が詰まって息が出来ない。オークジェネラルが下っ端だなんて、連合軍を纏めてるのはオーガエンペラーだろうということだった。クロはオーガキングですら及び腰だったのに。
「だからね、噴霧器が欲しいのよ。」
「手のひらサイズじゃなくて、農薬散布するような大きさのってことですか?」
「そう。一気にかけられるでしょ?」
「それって敵にもかかりません?」
「〝オールスルー〟状態でスプレー試したの。クロとシロには効果があった。だから大丈夫。」
体力回復の為だけど、レベル9まで落とさなくてもわたしの所有物同士なら干渉が出来る。敵にはかからない。他の味方にもかけられないってことだけど。
わたしのマジックバッグの中なら希釈しても保存が効くし、いい方法だと思ったんだけどな。
「すぐに使えるようにしておくには背中に背負ってないとダメですよ。体力大丈夫ですか?」
「飛び地に入る時に背負うようにするから大丈夫。」
「戸川さんになんかあったらバルトさんどうなるか分かりませんからね。本当に気を付けてくださいよ?」
「分かってる。」
ホントかなぁ?と言いながら、メーカー指定で噴霧器を出してくれた。後で使い心地を試してみよう。
「ユキヒト、失礼するよ。ショウコ?」
「バルト!」
「バルトさん、いらっしゃい。」
領館にも既に話が行っていて、バルトも参戦することになっていた。噴霧器をめずらしそうに眺めている。
「バルト、怪我したらわたしがコレですぐ治すからね。」
「うん。ショウコはなるべく安全なところにいてくれ。クロとシロは私の指揮下に入れるよう、ギルドマスターには伝えてある。この子たちは私が守るから安心して。」
「うん。ありがとう、バルト。」
「ここでイチャイチャしないでくれますぅ?さー、クロ、シロ。お母さんの横入りの依頼で疲れたから今晩はにいちゃんと寝てその疲れを癒しておくれ〜。」
そう言って佐山くんはわたしとバルトを締め出した。
「……泊まって行くか?」
「う、うん……。」
平日だけど、まあ、いいか。
たまには二人の時間も大事にしないとね。