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スルースキルを上げよう(4)

 わたしはゼーキン氏を無視してフリッターを一口齧った。お、鶏肉か?下味もしっかりついていて美味しい。ハイボールが進む。


「とりあえず、今はこの店からは出ませんから。いきますよ。〝オールスルー〟」


 わたしからは普通に見えているが、店内の客たちは目を瞬かせている。動いてみるか。イスは固定されているので動くことはない。立ち上がってぐるりと反対側に移動し、先程手を挙げたお兄さんの肩を掴む。やっぱり気付かないんだな。服に皺が寄りもしない。


「あれ、姉ちゃん何処だ?」

「戸は開いてないな。」

「どうなってる?」

「ゴズ、分かるか?」

「いや、分からん。俺が分からんとなると普通の認識阻害でも70近いんじゃないか?」


 わたしのお隣さんはゴズと言うらしい。手練れなのだろうか。ゼーキン氏はゆっくりと店内を見回している。


「〝キャンセル〟」


 掴んだ服に皺が寄る。原理は分からない。


「うわ!」


 皆驚く中、店主のキントーさんは粛々と仕事をしている。いい板さんだな。


「こういうわけなんです。」


「すごいな。領司様、看破出来ないのか?」


「出来ない。私のスキルを持ってしてもショウコのスキルは看破出来ないんだ。まだレベル10だというのに。」


「それでコレかぁ。」

「やべえな。」


「通用すんのは人だけか?」


 ゴズさんが真剣な表情になった。おお、仕事人っぽい。この体格とさっきの話から優秀な冒険者であることは想像に易い。何かアドバイスをもらえないだろうか。

 席に戻るとゼーキン氏の嘆息が聞こえたが、それは無視。ゴズさんの問いに答えよう。


「いえ、今もあの方の肩を効果無効にする前から掴んでいましたが、シャツに皺が出来たりはしませんでした。ちなみにレベル5未満だと皺が出来ると思います。」


「俺にやってみてもらってもいいか?椅子からは動かないでくれ。」


「分かりました。〝オールスルーレベル1〟」


 座ったままゴズさんの二の腕のシャツを掴む。普通に皺は寄る。


「もういいぞ。」


「〝キャンセル〟」


 ゴズさんは顎に手を当てて考え始めた。何か、何か就職の糸口になるものを!


「すまん。もう一度、今度はレベル2で。何処でもいいが今触ったところ以外に触れてくれ。」


「分かりました。〝オールスルーレベル5〟」


 そこから段階的に2から10と上げて行き、ゴズさんはレベル10で長く気配を探っていたが、結局諦めて終わりの合図をした。


「9までは分かる。だが、10になると完全に気配が無くなるな。10にして店から出てもらって、もう一度入って来たらキャンセルしてみてくれ。おい、みんな店の入り口ずっと見てろ。」


 そう指示すると、みんなが店の入り口に注目した。わたしは〝オールスルー〟をコールして、一度引き戸を開け……られない。そう、開けられないのだ。こちらからも干渉出来ない。その代わり。


「よっと。」


 通り抜けが出来る。但し、無機物に限る。何故かは知らない。こちらから干渉出来ない分、世界の方からもわたしに干渉出来ない。有機物は今のところその範囲には入らないらしい。そう注釈に書いてあった。そのうち人の体もすり抜けられるようになるんだろうか。透明人間なのか?


「〝キャンセル〟」


 もう一度実体化して引き戸を開く。摩訶不思議な現象を目の当たりにして、ゴリゴリなオッサンとお兄さんたちは怪訝な表情を浮かべている。


「今、その戸は開けたか?」


「開けてません。」


「開けてませんんん!?」


 他の客が驚いて声を上げた。まあ、驚くわな。


「どういうことか説明出来るか?」


「戸をすり抜けました。」


 ざわざわと隣同士でわたしのトンデモスキルについて話し合っている。ダンジョンという言葉が出たが、この世界にダンジョンがあるのはボード氏の授業で教わった。

 ダンジョン生まれのモンスターが人里に出ないように冒険者が討伐に行ったり、同じくダンジョンで生まれるアイテムや宝飾品を回収したり、メリットもあればデメリットもある、この世界特有の地形だ。ダンジョンって地形だったのかと感心したわ。


 席に戻ると質問攻めに合った。


「戦闘経験は?」


「ショウコは平和な世界から来た。武器など持ったことがない。」


「体力に自信はあるか?」


「まだ少し眠気が残っている。一日の活動時間は八時間ほどだ。体力も低下しているだろう。」


「グロいのに耐性はあるか?人の内臓の飛び出た死体とか、そういうのを見ても大丈夫か?」


「それは……ショウコはどう?不快に思う?」


 何故ゼーキン氏が答える。わたしへの質問なんだが。


「そういう絵は見ても何とも思いませんが、本物には抵抗感があります。」


 そうか、とつぶやいてまた考えを巡らせているようだ。


「あー、そのスキルの効果は他人に付与出来るか?」


「今のところそういう条件はありません。」


「なるほどな。人やモンスターの死体を見ても何とも思わないのなら、冒険者を勧めるところなんだがなぁ。ソロでもいけるだろ。」


 戦闘経験がないという時点でメーガー氏によって冒険者という道は外されていた。一攫千金を狙えるが、危険も伴う。力のないわたしには向かないという考えだった。


「ソロでやる気があんなら、トレジャーハンター一本に絞ってやることも出来んぞ。」


「ショウコ、冒険者は危険な職業だ。やめておいた方がいい。」


 右隣からの圧が強い。だが、ここに来て初めて見えた光明だ。何より、トレジャーハンターという響きがいい。夢がある。


「トレジャーハンターで考えてみたいと思います。どうすればなれるんでしょうか?」


「ショウコ!」


「とりあえずまずは冒険者登録だな。保護期間が終わったらギルドに来てくれ。俺ぁ、現役退いて新人向けの教官やってっから。最初は一緒に潜ってやるよ。野営は問題ねえか?」


「キャンプは得意です。」


 あのクソ婚約者の趣味に付き合わされたからな。あんなクソでも少しだけ感謝出来ることがあった。こんなところで役に立つとは。


「ッシャ!有望な新人獲得だな。領司様、姉ちゃんの能力なら問題ねえよ。高層階なら傷ひとつ負わずに帰ってくらぁ。」


「だが……」


「何だったら保護期間中から訓練に付き合うことも出来るぜ。法的に問題なければな。」


「それは問題ない。他の国でも行っていることだ。」


「是非お願いします。目的もなくレベル上げだけするのは正直言ってしんどかったので。」


「だが!」


「ゼーキンさん。わたし、最初に言いました。自活したいって。今までお世話になった分はたくさん稼いで納税してお返しします。職業選択は自由意志ですよね?ゼーキンさんにわたしの希望を否定する権利はありません。」


 痛ましい顔をしてゼーキン氏はわたしを見つめる。黙ってると思ったら何故か右手を両手で包んできた。気軽に女の肌に触れんじゃねえ。


「バルト。そう呼んでくれないか。」


 まだ言うか。まあ、ここが使い所だろう。


「バルト。わたし、トレジャーハンターになりたいです。」


「畏まった話し方も無しだ。」


「バルト。わたしのこと、応援して。」


 右手を強く握られ……おい、やめろ。力を込めすぎだ。痛いんだよ、バカ。


「応援する。毎回、無事に帰って来たら、まずは私に会いに来てくれ。」


 ええ〜、それはちょっとなぁ。わざわざ領館まで行くくらいなら帰って寝るか、ココに飲みに来たいんだが。


「うんって言ってやれ。嘘でもいいから。」


「私に虚偽は通用しない。」


「わーってるって!これは優しい嘘だ。姉ちゃんからもらっとけ。」


 結局うんと言わないと手を離してくれないんだろう。すぐの基準は人それぞれ。その基準はわたし基準でいいだろう。


「分かった。帰って来たら、必ずバルトに会いに行くよ。」


 わたしがそう言うと、ゼーキン氏はそれはそれは美しく微笑んで、そのまま寝てしまった。


 カウンターにはキープで入れたボトルの中身が底から二センチほどになっていた。


 コイツ、許さん。

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