王太子殿下は、婚約者にべた惚れ!
「そうか? オリビアは容姿端麗だが、性格はとても可愛いよ」
婚約者である公爵令嬢オリビアの事を褒め、にっこりと微笑むのはこの国の王太子ステュアート殿下だ。
金髪碧眼の美少女オリビアと並ぶと、オリビアの美しさが霞むと言われる程の眉目秀麗な王子である。オリビアよりやや暗い金髪に血色の良い肌。男子の嗜みとして、馬上槍試合や剣術も修めている。そのため、引き締まった体躯に精悍な顔付きの、年齢以上に威厳に満ちた落ち着いた青年だ。
「んもうっ!! 王太子殿下は本当に、オリビア嬢にベタ惚れね! 幼い頃に政略によるご婚約で、あまり仲が宜しくないって噂だったじゃないの?!」
そう言って可愛らしい顔を歪めるのは、子爵令嬢ポリーヌである。
彼女は王太子に片恋をし、その婚約者の座を虎視眈々と狙っているのだ。王太子と一歳違いのため、学園へももちもん一年遅れて入学した。そして、王太子の取り巻きのうち、二人は協力者に引き入れる事には成功したが――――
協力者となった財務大臣の令息が、王太子の前で「ポリーヌ嬢は可愛い。小動物のような、無垢な愛らしさが魅力だよね」と言ってくれたのだ。その言葉への王太子の返しが、冒頭の「そうか? オリビアは容姿端麗だが、性格はとても可愛いよ」なのである。
いや、一年で取り巻きの内の二人を協力者に引き込めたのだ。焦らず、王太子にアプローチをかけるのだ。そう、来年、王太子たちは卒業してしまう。それまでに落とせば良いのだ――――
◇◇◆◇◇◇
「ありがとうございます、殿下」
「オリビア、学園内では名前で呼ぶ約束をしたよね」
「そう、でしたわね」
隙を見せる事のない美少女が頬を赤らめるのは、同性から見ても破壊力のある初々しい可愛らしさだ。
節度を持った距離感に、品がありながら親愛の情を感じさせるエスコート…………時に足を止め、二人で同じものを見る姿…………
それらは、夜会や舞踏会で王太子がオリビア以外のご令嬢をエスコートしても、けっして醸し出される事のない空気感でもある。
そしてそれは、協力者たちのお陰で王太子の近くに侍る機会が多いポリーヌは、他のご令嬢方よりもそれを多く目にし続けている。
「どぉしてなの?! 勉強なんて大っ嫌いだけど、殿下の傍に侍るのに恥ずかしくないように頑張っているわ!! ファッションも、殿下の好みを研究してあるのよ!!
嫌われてはいない筈なのに、どうしてこれ以上近寄れないの?!」
確かにポリーヌは、王太子妃に選ばれる為の努力は惜しんでいない。入学当初は下から数えた方が早かった成績も、常に成績上位の王太子やオリビアを見て、これではいけないと死にものぐるいで勉強をした。その甲斐あって、二年になる頃からは、成績は上位を維持している。
華やかなドレスが流行している中にあって、王太子は華美なドレスは好まない。その為、オリビアのドレスは幾分シンプルである。それに気付き、オリビアのドレスを研究し、王太子の好みのドレスを纏っている。
それに気付いたらしい王太子に、「趣味が良い」と、褒められた事もある。
だが、何故だ? 何故、王太子に近寄れないのだ? これ程想いを寄せ、努力もし、アピールもしているというのに……
◇◇◇◆◇◇
「上手くいっていない? ああ、そんな頃もあったね」
そう言ってオリビア嬢の手を取り、微笑む王太子。
「女の子の方が背が伸びるのも、大人っぽくなるのも早いとは聞いていたが……
実際にオリビアがどんどん大人っぽくなるのを見て、置いて行かれるような気がして……暫く、オリビアと距離を取っていた時期もあったな。今はそんな劣等感もないから、オリビアとの距離はなくなったね」
「その後、私は殿下に置いて行かれるような気持ちになりましたわ。
お背は一年で驚くほど伸びられ、お顔も少年から青年に変わられ……」
そう言って微笑む、オリビア。
「そうですね。殿下でも、そんな劣等感を持つのだと、我ら一同も驚きました」
王太子の友人であり、取り巻きの内の三人は笑う。
「その頃の口癖が『オリビアを他の者に取られないように、オリビアにとって世界一の男になる!』でしたね」
「……今聞くと、恐ろしく恥ずかしいな」
「私たちは、当時から恥ずかしかったですがね」
「恥ずかしくとも、武術も勉学も人一倍努力されたのが今も生きているので良かったのでは?」
「ああ、それは確かに良かった部分だな」
なんなの、この惚気は?
「オリビアとは良好な関係を築いている。
だが、不仲である方が都合が良い者には、今でも上辺を取り繕っているだけで、不仲だと囁かれているらしいな」
そして、王太子はぞっとするような笑みを浮かべる。
「オリビアは国母としてもだが、私の妃としても大切で愛しい女性。彼女に何かするような愚か者には、容赦はしない。
陰で囀る程度は、聴いていないフリもするが。そうもいかない内容になれば、一息に政治的に抹殺するよ」
その笑みは、私と私の協力者の二人に向けられ……私たちは、凍りつくしかなかった……
◇◇◇◇◆◇
あの日の殿下の言葉通り、何人か政治的に抹殺された……ようだ。証拠がないので断言は出来ないが、たぶん推測は合っているだろう。
ここまで想っている女性との仲など、裂ける者はいるのだろうか? 私は殿下の見た目を愛していたが、為人など見てはいなかった。二人の仲も、正しく見てはいなかった。
オリビア嬢も殿下をお慕いしているが、殿下はそれ以上。首ったけではないか。片恋して、努力しても報われる事はないと理解できた。
それが理解できただけ、私は政治的に抹殺された令嬢とその父親たちよりマシなのかもしれない。今日も夫と、それなりに幸せな一日を過ごせているのだから――――……