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ビリビリと電撃が体中に走った気がする──寝て目が覚めたらエロいゲームの主人公の父親になっていたわけなんだが。
「まあ、地味に詰んだなこれは」
「この島から早いとこ出ないとなぁ」
適応力の高いゲーム内の主人公の父親と違って俺みたいな無能ゲーマーがこの島でサバイバル生活とか無理だし。
どうにかしてあっち側へ行かないと……。この裏オマケ要素に主人公、俺の息子……が今すぐ助けに来る確率は低い、ゼロだろう。たぶん。
エロいゲームの主人公の父親に与えられた宿命、海外出張。その設定のよく練られた魔法の言葉。そう、このオジャマ島に俺主人公の父親は海外出張して現在遭難イヤ、閉じ込められている。何を言っているか分からないだろうがそういうことだ。
ラヴが溶けるほどあなたがスキよ。2。通称ラヴあス。そのエロいゲームの世界に転生? 転移? なんつぅんだ詳しくないから分からないけど主人公の父親役を与えられてしまった俺、本名、山田燕慈。ただの25歳フリーターだった者さ。なんで父親役かと分かるかというと黒いビジネススーツに黒い髪、水面に映ったなかなか渋かっこいい顔そしてどこか見たことがあるずっと夕焼けのまま変わらないこの景色。じゃりつく砂浜に夕焼けの色を移したオレンジ色の海と背に構えるジャングル。
通称オジャマ島。公式の名称はないがファンの間ではそう呼ばれている。このラヴあスの開発者とシナリオライターによる物語を展開するにあたってのお邪魔なキャラクターの島流しってやつなんだろう。島流しとは言ったが裏のオマケでも扱いがあるだけマシというファンの方が多いだろう。母親はゲーム内に登場もしないからな。
てかそんな事はどうでもいいな。こんな島でコツコツとサバイバル生活なんてごめんだ、無理だ。俺がこれからやらなきゃいけないことは至ってシンプル。
この島にある全てのアイテムを回収してこのオジャマ島を脱出する、これだけだ。
まずはさっそくアイテム回収といこう。喉が地味に渇いてきたからな……こっちに来させる前にヤクルド1本でも飲ませてくれよ神様よぉ。ってそんなことはどうでもいい、マジ。幸いこの島に一応ちゃんとした在来生物は居てもゲームに出てくるようなモンスターたちはいないはずだアイテム回収ぐらいならお茶の子さいさいだろ。
「じゃ、そろそろ行くか。こんなふざけたとこからは早く抜け出したい。海外出張パワーでトバすぜ!!!!」
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「……ちゃんとあったな。途中デカい熊に遭遇したが難なく撃破出来たようだ、エロゲーで熊との戦闘は何気に初めてだぜ。ただの設定の矛盾を埋めるためのものか、細かいとこにこだわってんな……」
「さぁてゲットしたアイテムたちのおさらいをしておこう……」
こいつは真っ白い鞘と柄をした美しい日本刀【白蜜】俺のメインウェポン、いや父親のだな。次にお金、電子マネーで【6000万∀】。∀の読み方は(フル)。開発者のオリジナリティを出したかったのだろう気にしてやるなってな、ハハ。まあ金は今後の生活においてかなり重要になる、ちなみに電子マネーみたいになっていて……本当に数字だけで表記されるゲーム的なモノのようだ。
まあ今、重要なのは【白蜜】だよな。父親最強武器のこれさえあればなんとかなりそうだ。他にゲットしたアイテム【グレープグレープ天然水×99】まりょくがMAXに回復するありがたい飲み物。味は知らん、きっとグレープグレープ!! なんだろう。あとは成長のひまわりの種各種。こんなものはほんとに今は助けにならないオマケ要素だろう、食せばステータスがほんのお気持ち程度上昇するアイテム。取り残すとそれはそれで気持ち悪いアイテムだから全部回収しておいたぜ良い仕事したなぁ。
こいつも役に立たないんだろうが……。【父子爆連斬】と【桜花爆光斬】というラヴメルト技。なぜか技が地面に落ちている……ゲームだからだろう、シュワっと技が脳天に入ってくる感じ。意味がわかんねぇ……。こいつは主人公専用の技だと思われる……俺には宝の持ち腐れだな。でもステータスビジョンの表記にはちゃんとある?
そして本題はこのアイテム、【トンボ】だ。こいつを使ってここから脱出するぜ。野球部がグラウンドを整備するときに使うアレだ……。とにかく行ってくるか。早く脱出したい!
準備確認はオーケー。
さっそく行動へと移る。
海辺沿いの砂浜を、ざっざっと、2分程歩いて行き目的の場所へとたどり着いた父親。
「さてこの場所に来たわけだが」
【SOS】
砂浜にドデカく描かれていたSOSの文字。この父親が描いたものか最初から用意されたものかそれはゲーム内では分からないことだった。今も分からない。
「はぁ……やるか」
父親はトンボを引き、ズーーーーと、砂の白板のSの文字を引き消した。そして……。
「はぁ馬鹿げてんなこれ」
【SON】
トンボを引き描いた。その出来を腰に手を当て再確認した。
「……なんも上手くねえよ。意味わからないし、ほんとあの2人はふざけてんなぁ」
「てかなんでトンボじゃねーと消せないんだよ。映る景色の解像度が上がってもここまでゲーム通りって馬鹿だなー」
「はぁ……それはそうとゲーム通りならこれから起こることも」
父親は黒いビジネススーツのよそおいの腰にどういう機能でか差さっていた白い鞘と柄に手を掛け、すべらせ味わうように抜刀。
「息子なしでもやるっきゃねえよな……。父親だもん」
だらっと刃を構えた方向から突如、ざばーーん、と大きな海の音と奇怪な生物の鳴き声がこの島に響き渡った。
それはあまりにも巨大。
現れた敵、【フルリヴァイア】。
紅い海を引き裂いて出現した大型の青い海蛇。全身はぬるっとした水の膜が張られており、顔は知らない女の人面。何が悲しいのかなぜかその大きな目は泣いている。異様な雰囲気と圧のするこの隠しステージだけに出てくる裏ボスっぽい姿だ。
「よっしゃ、まずは……てかこえええええ!!」
「こええよバカ!! なんで泣いてんだよ! だれが泣かしたんだよ! デカイしゲームよりおっかねえ」
「あぁ! そんなことより、ふぅ、フゥ……よし!」
「来いよ!」
【白蜜】の柄を力を込め握りしめその巨大な敵に対して、再度しっかりと構えた。
その大きく長い頭と首で標的とみなした砂浜に立ち構える父親を、砂煙を巻き上げながら横になぎ払おうとするフルリヴァイア。
「うおおおおもったより砂煙やっべえ!! エロいガバいゲームじゃないのかよこれええ!! ははははって命、命!!」
「失敗するなよ父親、イクゾ!!」
父親はその場で高く跳躍しタイミングを合わせる。
そして合わさったタイミング。フルリヴァイアのなぎ払いを避けいい具合に頭上に抜刀した【白蜜】を。
「爆王斬!!」
【白蜜】で斬りつけたフルリヴァイアのデコを即凄まじい威力の球状の大きな炎が呑み込むように爆発した。
フルリヴァイアはその余りの威力と熱量の炎に首を天に上げもだえる。
砂煙と並々ならぬ爆炎で汚れる砂浜の戦場キャンバス。
初めて味わう父親の爆王斬そのVRゲーム以上のど迫力の光景に────
「うおおおやっべええええええ、感動感動ッさすが王なだけあるぜ!!」
「てか……この炎やっぱ俺は無傷なんだな! ほんと感動だぜ! クソ怖いけど……!! 怖さなんて凌駕する感動量と熱量だ父親ァァァ」
ド派手な巨大な炎球に巻き込まれたはずの父親の身はピンピンとしておりノーダメの無事であった。自分の技には当然なんらかのゲーム的耐性があるのだろう。そうじゃないとイチイチ自爆してりゃエロいゲームなんてやってられないぜ!
「ってそんなことより! ぐぴキャンぐぴぴのぴ、……ぷはぁ!!」
「やっぱグレープグレープやーん!! 美味いもう一杯!! ……目は次の攻撃に取っとこ」
「おおおおやっぱぐぴキャンは可能だったか、出来なかったら地味にきつかったが……プレイヤーへの気遣いアガるぜ!!」
【爆王斬】通常技では最大級の威力の期待できる技。【爆炎斬】【爆破斬】の上位威力の技でありこの主人公の父親の代表技と言っていいだろう。ただし技の使用直後の硬直が異様に長い。消費まりょくもバカにならない扱いにくい技、だがッ。
【ぐぴキャン】特定のタイミングで飲料系のアイテムを使うとそのぐぴっといく動作で技の硬直をキャンセル、無くすことが出来る。キャンセル出来るタイミングはエロいゲームだからかガバガバでそこまで難しくはない安心してくれ。
「さてさてこのソロでの危険な作業を後10回はたぶんやらないとな……よし、海外出張パワーー!!」
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▽
「うおおお爆王斬!! 空中ぐぴっと」
巨大な炎球がフルリヴァイアの顔を呑み込む。宙に飛び上がり斬りかかった父親はすぐさま左手に持ったグレープグレープ天然水を飲み【爆王斬】の長ったらしい硬直を無くし華麗に湿った砂浜に着地した。
「よしよしよし、逃げる!!!!」
着地した父親はそのまま首を天に上げてもだえているフルリヴァイアを背にジャングルの方へと全力で走って行った。
「よし、これは気休めのおまじないだ! 耳を塞いでっと」
その場でフルリヴァイアの方を見、立ち、両手で頭を覆うように両耳を塞いだ。
ンオイアイアイアあああおああァァァア────────。
「だああああァあああくそうるせぇええ!! えぐがッ!? やっぱムリかスタンか……!! ……身体が、重い……!!」
ジャングルに入る手前の地まで逃げて来ていた父親。フルリヴァイアのドデカイ絶叫音でその身をスタン状態にされてしまった。
「そんでやっぱ突っ込んでくるうううう、こっちは解除できるヒーラー先生がいねえんだぞ!!」
フルリヴァイアは海からその長い全長を完全に表に見せ、砂浜の地を這い疾るように父親目掛けその巨大な女の口を開け──突っ込んで来た。
「そろそろいいだろ馬鹿野郎ぉお!!!! んおおおお……よし!」
予定通りにスタン状態が解け身体に自由がもどる。そして【白蜜】を両手に──イロイロ混ざった震えを消すようしっかりと構えた。
ニヤリとこの男は歯を見せて笑う。
この先も父親をどう動かせばいいか分かる知っている、エロいゲームならばと────
「王の技魅せてやるよ蛇女! 惚れるなよォ……リミット……メルト!!」
紅い熱い激しいオーラが父親を包み込んでゆく。ひどく高揚していくココロそしてオーラは弾け解放される。
「斬波爆王斬!!!! ラヴしてッ恋してッ消ッし飛びやがれええええ」
白蜜を振りかぶり空から地を斬った。凄まじい熱量の炎の斬撃ビームが形を成しフルリヴァイアに放射され襲う。大口を開け突っ込んで来たフルリヴァイアが縦に両断されていく、斬られた場所から順に無数の炎の小爆発が起こる。
目の前にはその光景がある──
一刀に両断されたボロボロの焼けた海蛇、フルリヴァイア。巨体はドスリと砂塵を上げ倒れ動かなくなった。
そしてそのおおきな姿はたくさんの光の粒へと還っていきながらその場から消え去っていった。
「ハァハァハァハァ……」
大きく見開き輝く息子と同じ黒目と、確かに通用した────父親のチカラを思うように発揮できた。うれしさ。
「ハッハーーーー!!!! やったやったゾおおおおお」
「アーー、死ぬかと思った目の寸前まで来てたもんなぁ……ハァハァ……。だが、たかがエロいゲームで死んでたまるかよ……フゥ」
膝に手を当てながら息を整える。激闘の後の高揚感と達成感と緊張感全てに対処しきれず気持ちがアガってしまう。
「にしても、さすが、2208王!! 火力だけはまじで半端ねえ」
白蜜その刀身をかるく掲げて見た。じろじろとこの刃から放出した手応えに頷きながら。
そうこう初バトルの余韻を味わっていると、いつの間にか夕焼けの景色をつくり出していた日は沈みどこからか上空に現れた白い満月が海を円く照らす。
そのおぼろげではなくハッキリとした月の印へと、来いと。
「おかえりってことか息子よ」
「っておそらく主人公には会えないけどな!! 悲しすぎだろエロいゲームにそんなのは本当にいらねぇと思うぜ俺は……まあ俺の息子じゃないけど!!」
抜いていた白蜜を鞘へと仕舞う。お疲れと呟きながら。良い笑みを見せて。
もう次のステージが待っているここに用はない。
「……じゃあ、バグで消えちゃう前にあそこに飛び込みますか。果たして生き残れるのか俺……父親で冒険かぁ、ハハ」
父親は砂浜を歩み──やがて海をかき分けながら泳ぎ──その円く照らされた月の光の元へとたどり着いた。
「じゃあ! 覚悟ってヤツをキメて行ってみるか、この先のラヴあスの物語を……」
「ダイブッ! とか言ってみたり!」
白い月の光の中へと潜って行った父親。やがて彼の視界に広がる眩く疾る白い光の雨、どこかへ導いてくれるのだろうか。彼はその光の中をチカラ強く笑い泳ぎ進んで行った。