シンデレラ〜上の姉視点〜
私には父親の記憶が無い。物心ついた頃からお母様と妹と共に暮らしてきた。私は女手一つで私たちを育ててくれたお母様が大好きだったし、妹とも仲が良かった。これからも3人家族として仲良くやっていけると信じていた。
でもある日、お母様が再婚すると仰った。理由は詳しく聞けなかったけれど、お母様が仰るならそれに従うしかない。反抗だなんてはしたない真似は貴族令嬢として許されないわ。実際、お母様が再婚することに不満はなかった。父親という存在に憧れはあったし、悪い人ではなさそうだったから。でも再婚相手には子どもがいた。私の妹より更に歳下の娘。急に妹ができるだなんて、私は戸惑いを隠しきれなかった。私はこの娘が気に入らなかった。なによりお母様もこの娘をよく思っていない様子だった。私はお義父様の目を盗んでは、私と同じ想いを抱えた妹と共にお母様に便乗して娘をいじめた。
ある日突然、お義父様が急病で亡くなった。血縁はないのだし、何より明らかに私たちより自分の本当の娘ばかり可愛がっていたお義父様が亡くなったところで悲しみなど微塵も感じなかった。悲劇のヒロインぶっている娘に私たちは「シンデレラ」と呼び名をつけた。たくさん掃除をさせすぎたせいで灰だらけになっていることも多かったからピッタリの呼び名だと思った。お母様はシンデレラからドレスを取り上げ、私たちに分けてくれた。シンデレラったらボロ服を着せられて、ますます呼び名が似合うようになっていった。
しばらくして、お城からパーティーの招待状が届いた。このパーティーで王子様は花嫁を選ぶつもりらしい。私は会ったこともない王子様になんて微塵も興味がなかったけれど、お母様が喜ぶ顔が見たかった。私か妹、どちらでもいいから王子様に選ばれたいと思った。
パーティー当日、シンデレラを残して私たちはお城に向かった。お城の食事は見るからに高級そうで、食べる前から美味しさが確信されているようだったけれど、王子様の前ではしたなくがっつく訳にもいかず、最低限の食事で我慢した。ダンスはこの日のために精一杯頑張って練習してきた。なんとしても王子様に選ばれたい。そう考えていると、周囲の様子に異変があることに気付く。人々の視線の先は扉の方で、その扉には━━━━━━━━━
「嘘でしょ」
妹が隣で小さく呟いた。それを聞いて私の目は節穴ではなかったことを知る。間違いない。扉に立っているのはシンデレラだ。馬車もないのにどうやってここまで来たのだろう。あのドレスはどうしたのだろう、うちの屋敷にあるものでは無い。そして人々が注目している理由。彼女は美しい。ここにいる令嬢は全員が着飾っていると言うのに異彩を放っている。嫌な予感がして王子様の席を見るとそこに彼の姿はない。慌てて探すとレッドカーペットを優雅に歩きながら扉に向かっている。ああ、誰か彼をとめて。このままだと私も妹もお母様も幸せになれない。そんな願いも虚しく、王子様はシンデレラの手を取ってしまった。そこからの記憶はおぼろげだ。絶望の中で王子様とシンデレラが幸せな顔をして踊るのを眺めていた。そして12時の鐘で我に返ったところでシンデレラが突然ダンスをやめてお城の外に飛び出した。王子様が後を追ったけれど見失ったらしく、しばらくして戻ってきた。王子様はシンデレラの身内を探していたけれど、私たちは名乗り出なかった。
数日後、王子様が国中の娘に靴を履かせてシンデレラを探し回っているという噂を聞いた。つまり我が家にもやってくるという事になる。私や妹が自分たちより小柄なシンデレラの靴を履くためにはどうすればいいのか。食事制限ぐらいしか思いつかず、しかしその程度で足のサイズが大きく変わるはずもなく、うちの屋敷にも王子様の家来が来てしまった。当然靴は入らなかった。家来が諦めて帰ろうとした時、シンデレラが降りてきた。屋根裏の物置に閉じ込めていたのにどうやって出てきたのだろう。どうしてこの娘は私の人生を狂わせてくるのだろう。やけくそになって暴言をはいたけれど家来は気にもとめず、シンデレラに靴を履かせてしまった。そしてシンデレラはお城に嫁いで行った。
それからしばらくは、お母様は塞ぎ込んでしまった。私たちが選ばれなかったからだと私たちも落ち込んだ。しかしお母様が徐々に立ち直ってきた頃、私はようやく気付いた。シンデレラがいなくなったということは、私たちはまた3人で暮らすのだ。塞ぎ込んでいる間はそうもいかなかったけれど、お母様がこの調子で立ち直ってくれれば、今までのように3人でまた仲良くやっていけるのだ。そう思うとシンデレラが王子様に選ばれたのも良かったのではないだろうか。私はシンデレラにした嫌がらせの数々を思い出して少し反省しながらも、これからの日常に思いを馳せた。