黒竜
離宮の庭に、速足で出ていけば、王宮の上空を、黒竜がゆっくりと回っているのが見えた。
「シュヴァルス!」
わたしが、手を高く上げて、振りながら、黒竜に呼びかけると、その声が聞こえたのだろう、黒竜が、ぐわっと、急降下してきた。
ルーカス王子と、リリアナ嬢が、国王夫婦の前に出て、かばうのが、見えた。
ドーーーン!!!
すさまじい勢いで、黒竜が、着陸し、離宮の庭の、美しく整えられていた芝生が抉れ、芝生の緑が、土埃と一緒に、舞う。
・・・ああああ、綺麗な庭が、あんなに抉れてる・・・。何もあんなに、ど派手に降りてこなくたって。
疲れていたから、余裕が無かったのだろう。
シュヴァルスに、猛烈に腹が立った。
「リリアナ姉さま、貸して?」
と、リリアナ嬢から、剣を鞘ごと、奪い取り、
「え?ちょっと、ユーリ!?」
と、慌てるリリアナ嬢を無視して、シュヴァルスの元に駆け寄る。
「シュヴァルス!頭を下げなさいっ!」
走りながら命令すれば、
「え?なんで?」
と言いながら、黒竜が、頭を下げて、顎が地につくようにする。その鼻面に、たっと足をかけて、頭のてっぺんまで、駆けあがり、リリアナ嬢に借りた(強奪した)剣を、両手でしっかり持って、鞘ごと、眉間に、振り下ろした。
「ゴン!」
と、良い音がする。
「ぎゃっ!痛いではないか!ユーリ!何をする!?」
「うるさいわ!シュヴァルスの馬鹿あ!きれいな庭園をむちゃくちゃにして!もっと大人しく、そっと降りなさいよっ!」
「ええええ?」
「もう一回、ぶたれたいの!?」
「やめてくれ!ユーリにぶたれると、痛すぎるっ!」
普段、剣など振るったことがない、わたしは、1回、全力で、竜をぶったら、息がきれ、ぜえぜえとあえぐ。
そこに、耳に入ってくる、王族の小さな話し声。
「黒竜様を、殴った・・・。」
「怖い、破壊の黒竜様より、ユーリ嬢の方が、怖い。」
「さすが、最恐の瞳の持ち主・・・。」
・・・うっと、涙目になる。
やっちゃったあ。
でも、庭がめちゃくちゃになって、腹が立ったんだもの・・・。
「ユーリ。」
シュヴァルスの頭のそばに、アルフレッド公が、来て、手を差し伸べてくれる。
「おいで?飛び降りて良いから。ちゃんと受け止める。」
落ち着けば、黒竜の顔を駆けあがったのに今更ながら、気付く。
あー、顔の上を駆けるなんて、私ってば、なんてハシタナイことを。
冷静になれば、顔の上を駆け下りるなんて、できるわけない。
「ユーリ、いいから、飛び降りなさい。」
アルフレッド公の声に、思い切って、とん、と飛べば、アルフレッド公が、楽々と、受け止めて、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「全く。黒竜殿を殴るとは、神の御使いとは、強いものだな?」
「うっ・・・。ごめんなさい。」
「私に謝る必要は、ないけれどね。」
くっと、アルフレッド公に、笑われた。
「ユーリ!」
「あ・・・、リリアナ姉さま、ごめんなさい。剣を勝手に借りました。」
リリアナ嬢に、剣を差し出せば、渋々受け取りながら、柄を見て、リリアナ嬢が、悲鳴をあげる。
「それはいいけれど・・・。きゃーー!!お気に入りの鞘に、ヒビがああ!!!」
ルーカス王子が、リリアナ嬢の隣に来て、リリアナの頭をなでる。
「ああー、本当だ。金属の鞘なのに、割れているねえ。さすが、黒竜殿の額は、硬いってことだねえ。」
「リリアナ姉さま、ごめんなさい!弁償しますっ・・・、って、私、お金持ってない?」
焦って涙目になれば、アルフレッド公が、落ち着きなさい、と、抱きしめてくる。
「リリアナ嬢、ユーリが申し訳ない。鞘を修理するなり、新しく作るなり、どちらにしても、私のところに、幾らでも、請求してくれ。」
「鞘よりも、我の心配をせぬかああ!?」
突然、黒竜の言葉が、降ってくる。
「はっ!」
レジナルド王が、すばやく、黒竜の前に出て、膝をついた。
「黒竜殿、我が国の御使いが、黒竜殿に怪我をさせて、申し訳ございません。わたしは、エルダー王国第153代目の国王レジナルドと申します。黒竜殿には、我が宮殿にご来臨いただき、恐悦至極に・・・。」
「挨拶なぞ、どうでもよいわ。それより、ユーリ!我を置いていくとは、ひどいではないかあ!すぐに、北へ帰ろう?」
黒竜が、レジナルド王の言葉をぶった切り、私の方に視線を向ける。
と、がっちり、アルフレッド公に、後ろから、抱え込まれた。
「黒竜殿?ユーリは、わたしの婚約者だ。北の、貴公のところには、やりませんよ?」
「なんだとぉ!ユーリは、我の主。我の元で我にかしずかれて、暮らすのじゃあ!」
ユーリを離せ、離さない、と、黒竜と、アルフレッド公の間で、口論が勃発した。
「ユーリ嬢・・・。」
げっそりとした青い顔で、レジナルド王が、何とかしてくれ、という目で見てくる。
ため息をつきながらも、うなずいた。
「シュヴァルス!!」
「ユーリ、なんだ?」
呼ばれて、うれしそうに、黒竜が、私を見る。
「シュヴァルス、私は、北の領地には、行かないわよ?私が住むのは、この王宮だもの。」
「なぜじゃあああ!」
「えっと?アルフレッド公と結婚、するから?」
結婚という言葉で、顔が真っ赤になるのがわかったけれど、なんとか、言い切る。
「ユーリ!」
うれしそうに、また、アルフレッド公にぎゅうぎゅうと抱きしめられたけれど、黒竜を見て、ぎょっとした。
目から、水玉・・・もとい、涙が出ている?
「ギャオオオオオオオオオンン!」
王宮全体が、黒竜の泣き声で、びりびり震える。
やばい。確実に、王宮の中は、狂乱状態に陥っているだろう。
「シュ、シュヴァルス、落ち着いて。泣かないで。」
「だって、だって、ユーリが、一緒に居てくれないって・・・。」
「一緒に居ないとは、言ってないでしょう?シュヴァルスが、ここに居ればいいでしょう?」
ぴたっと、泣き声が止まった。
「我、ここに住んでもいいのか?」
レジナルド王の方を、ちらっと見たら、真っ青な顔をして、ぶんぶん首を横に振っている。
そうだよね。こんなでかい竜が、王宮の庭に住み着いたら、大変だよね・・・。
「うーん。王宮は、無理かも?」
「なぜじゃ?」
「大きすぎるもの。」
「小さくなれば、いいのか?」
突然、目の前の黒竜が、消えた?
「え?え?シュヴァルス?」
「ここじゃ、ここ!」
頭の上に、何か乗っている。
右手を頭の上に動かし、何かを、むぎゅ、と握ったら、手の中の生き物が、悲鳴を上げた。
「ぎゃっ!もっとやさしく扱わんか!」
手を開けば、15センチくらいの、黒竜が、そこにいた。・・・トカゲみたい・・・。
「うわあ、こんな小さくなれるんですね?」
「我は、4竜だからなっ!」
手のひらで、仁王立ちして、威張った顔を見せているが、15センチの竜なので、威厳が何もない。
「「「か、かわいい!」」」
アイリーン王妃、リリアナ嬢、私の3人の女性の声が、揃ったのは、言うまでもない。
その後、小さくなった黒竜とともに、王宮の一室に戻り、王族と、黒竜でお茶のテーブルを囲むことになった。
ルーカス王子が、大混乱に陥っている王宮内に、危険は去ったと、騎士団を走らせたり、レジナルド王が、宰相に命じて、王都の国民に、説明をして安心させるように指示をしたり、ちょっとした混乱はあったけれど、どうにか、今は、落ち着いている。
「黒竜殿は、何か、召し上がられます?」
アイリーン王妃が、首をかしげながら、聞いている。
「我か。我は食事を取る必要はないのじゃが・・・。テーブルの上から、良い匂いがするのう?」
「召し上がってみます?」
こくこくと、うれしそうに、ミニ黒竜がうなずけば、アイリーン王妃手ずから、取り皿に、プチケーキやスコーン、サンドイッチなどを積み上げる。
うれしそうに、キュウ!と啼いた、ミニ黒竜が、かぷっとケーキにかみついて、むしゃむしゃ食べだすのを、私達、女性王族は、かわいい、と見とれていたけれど、男性王族は、とても複雑な顔をしていた。
それもそうだ、王国の守護神だもの、威厳も何もなくて、困惑の極みだろう。
「ああ・・・黒竜殿?その、小さなお姿で、この王宮に、お住まいになられますか?そうであれば、黒竜殿の宮殿を用意しますが・・・。」
レジナルド王が、困ったように、ミニ黒竜に声をかける。
「宮殿?我の?そんなものは、不要じゃ。我は、ユーリのベッドで、一緒に寝るからな。」
とたんに、部屋の温度が、絶対零度に下がったような気がした。
いきなり、ケーキから、ミニ黒竜が、つまみ上げられ、空中にぶん投げられる。
「ぎゃわっ!いきなり何をする!」
べちゃっと、壁に激突して、床にぺちゃっと落ちたミニ黒竜に、神の威厳は、正直言って、無い。
「ユーリの横になぞ、誰が寝かせるか。」
「貴様!我が、我が主と一緒に寝て、どこが悪い!」
また、アルフレッド公と、黒竜が、ぎゃんぎゃん口喧嘩を始めてしまった。
「ユーリ嬢・・・。」
レジナルド王が、もうこれ以上無いくらい、疲れた顔を向けてくる。
わたしは、今日、何度ため息をついたかしら?と思いつつ、黒竜をつまみ上げた。
「シュ・ヴァ・ル・ス?」
「はい?何かな、我が主?」
「わたしのベッドで寝るのは、許しません!」
「えー、じゃ、我は、どこで寝ればいいの?」
「うーん。客室?」
「ええ、嫌じゃあ。だいたい、数日しかおれぬのに。数日くらい、一緒に寝ようよお。」
「数日?」
「そうじゃ。我は、北の護り神。そんなに長期間、あそこを離れられぬのよ。」
「あ・・・。」
だから、ユーリのベッドで寝かせろ、いや、絶対に許さない、と、アルフレッド公と黒竜が、また喧嘩になり。
結局、レジナルド王が、守護神たる黒竜殿を、無碍にはできません、と、王宮の、一番、上等な客室で、お世話をさせてください。と頭を下げ、容姿が優れた侍女を数名付けることで、ミニ黒竜が、ようやく、納得してくれた。
「仕方ないのう。国王の頼みではなあ。」
と、口では、立派なことを言っていたが、私は、だまされない。
急遽、選ばれた数人の侍女達が、ミニ黒竜を、可愛い!とそっと手に乗せて、頭をなでてもいいですか?と聞かれた途端、でれでれになったのを、しっかりと見てしまったから。
結局、ミニ黒竜は、数日、王宮に滞在し、寝るとき以外は、私の左肩にずっと乗っていて、アルフレッド公の機嫌が、とても悪かった。




