召喚される
私は、神崎友里子。15歳。あと2週間したら、高校に入学する。今は、春休み。
両親と同じ医者の道に進みたかったので、猛勉強して、国内でもトップクラスかつ、奨学金がある高校を選んだ。
入学する高校は、1学年に1人だけ、返還不要の奨学金を与える制度がある。
1学年に1人だけ。それは、成績が学年トップということ。
それを目指し、目論見通り、入試で成績1番となり、少なくとも、1年生の奨学金は勝ち取った。
入学後も、学年トップの成績をキープすべく、頑張らないと!
両親は、3年前に事故で亡くなり、父の弟である叔父が引き取ってくれた。でも、住んでいるのは、1間の古アパート。
「ごめんなさいね。我が家のマンションは2LDKで狭くて、あなたの個室を用意できないの。あなたも、雅史と一緒の部屋は、嫌でしょう?」
と、叔母に言われて。ちなみに、雅史とは、叔母の息子、私の従兄弟だ。私より、3歳下。
その時は、叔母の言うことも、もっともだ、と思った。
でも、最近、ようやくわかったことだけれど、叔父が私を引き取ったのは、両親の生命保険金や貯金が目的だった。
受取人は、私のはずだったけれど、その時、11歳の未成年。後見人が管理する必要があり、後見人に、叔父がなったというわけ。
でも、保険金や貯金は、当然、私には、渡されていない。叔父一家は、私を引き取った後、タワマンに引っ越した。4LDKの豪華なやつ。
恐らく、両親の生命保険か、貯金で買ったんだろう。
父は、割と有名な外科医で、母も小児科医で、我が家はお金持ちだったみたいだから、私が受け取るべきお金は、億を超えていたはずだ。
両親と暮らした家に、そのまま住めなかったのは、賃貸マンションだったから。
父は、海外の病院にもよく招かれ、そのたび、仲良く家族で、一緒に移動していた。そのため、マイホームというものを、両親は、買っていなかったのだ。
お陰で、小学校・中学校時代、何度、転校したことか、両手で数えても数えきれないくらいだと思う。だから、自分の家が残されなかった。
私は、古アパートに押し込められたままだったけれど、家賃と光熱費全般、学費は、叔父が払ってくれた。
お金も、毎月2万円、振り込まれる。これで、食費とトイレットペーパーなどの家庭用品、洋服、学用品を賄わないといけなかったけれど、日本は、住みやすい。激安ショップやリサイクルショップなどを利用すれば、まあ問題なかった。
それに、ほぼ、ほっておかれて、暴力を振るわれるとか、嫌味を言われるとかは、されていないから、幸せな方だと思う。
「桜もそろそろ散りだしたのね・・・。」
早朝、いつも行く神社に向かって、歩きながら、手の平を上にして、舞っている桜の花びらを、受け止めた。
一人暮らしになって、もう3年。最初はとても寂しくて、布団の中で、泣くこともあったけれど、今は孤独に慣れた。
それでも、心の中にぽっかり空いた、寂しい気持ちを持て余すたび、アパートから歩いて15分くらいのところにある神社に行く。
宮司さんもいないような、小さな神社で、人に会うこともないのだけれど、なんとなく、そこの清浄な空気が、心を癒してくれるから。
「あれ・・・?」
神社まで、50段くらいの階段を、とんとんと息を切らさず昇り(私は体力がある方だ!)、鳥居をくぐろうとして、境内が、何か、光っているように見えた。
神社は、両側にうっそうと木々が繁っているので、昼間でも割と暗い。まして、今は早朝で、日差しが差し込んでいるわけでもない。
境内に足を踏み入れると、神社と鳥居のちょうど中間くらいの地面から、白い光の柱が立ち上っているのが見えた。
「え?何これ?」
何故、得体のしれない光に近づいたのだろう、と、後日、後悔することになるけれど、その時の私は、ただただ不思議に思っただけで、その白い光の柱に近づいた。
とたんに、光にひっぱられる。
「え?うそ!?」
慌てて、後方に逃げようとしたけれど、抗うことはできず、白く光る竜巻に、身体が巻き込まれるのを感じた。
「きゃあああああああああ!!!!!!!」
「召喚できたぞ!」
周りがざわざわと、うるさい。
ぐるぐると身体が振り回されたので、軽く、乗り物酔いしている。
床に手をついて、しゃがみこんで、うつぶせになっている状態だ。
「え?床?」
ひんやりと冷たい、大理石のような、白い床。さっき、神社の、土の上にいたんじゃなかった、私?
茫然として、顔を上げたら、目の前に、大勢の人が見えた。
「ひぃっ!!! 黒い瞳だ!」
「見るな!操られるぞ!」
周囲にいた人たちみんなが、顔を服の袖で隠したり、後ろを向いて、私を見ないようにしている。
全員、真っ白な足まで隠れる長いローブを着て、袖もゆったりと大きく、手首まで覆っている。
茶色の髪に、白い肌。私の顔を直視しなように必死に視線をずらしている瞳は、青。
竜巻に吹き上げられて、欧米のどこかまで飛ばされたのかしら、と、一瞬、思ったけれど、それほど、時間は経っていないので、あり得ない、と首を振る。
「召喚が成功したと聞いた。神の御使いはこちらか?」
突然、正面の扉が大きく開かれ、サークレットを額に嵌めた若い男性が、大勢の兵士を引き連れて、入ってきた。
・・・映画でも撮影中なのかしら!?着ている洋服がどう見ても、ベルサイユのばらの世界だ!
国王と思しき男性が、私を認めて、近づいてきて、私の前に膝をつく。
と、彼に従っていた兵士と、元からこの部屋にいた白い服を着た集団も、一斉に膝をついて、頭を下げた。
「え?え?」
意味がわからず、後ろに思わず下がりかけた私の手を、表面に膝をついた男性が、引き留めるように、掴む。
「突然、我が国に、御身をお呼びした無礼を、まず、お詫びします。私の名は、レジナルド。我がエルダー王国の第153代目の国王です。」
「エルダー王国?」
・・・そんな国、地球にあったかしら?
つい、レジナルド王の顔を見てしまったけれど、彼は、目をそらさずに、まっすぐに、私を見ている。
・・・金髪に明るい青い瞳。青い瞳が、ビー玉みたいで、きれいだなあ。はっ。いけない、状況を把握しなければ。
「あの・・・。エルダー王国って、どこにある国、ですか?近くの国って、何がありますか。」
「どこに、とは?・・・我が国の近隣というと、ガルバン帝国と、フェロー王国がありますが・・・?」
「ガルバン?フェロー?」
・・・聞いたことが無い。
「あの。アメリカとか、イギリスとか、フランスとか?ロシア?中国?日本?聞いたことありませんか?」
不思議そうに、首をかしげる、レジナルド王。
「いえ、まったく、聞いたことがございませんが・・・。御身がいらした世界の言葉でしょうか?」
私は、絶句する。そういえば、さっき、白い服を着ていた人たちが、「召喚に成功した」と言っていた。
・・・召喚?
・・・もしかして、ここは、異世界?
「お顔色が優れませんね。申し訳ありません。急に召喚されて、ご気分も良くないでしょう。こんなところに、御身を置いておくわけには、まいりません。王宮の部屋まで、ご案内させていただきます。」
茫然としていた私の手を引いて、レジナルド王が、立ち上がり、踵を返す。
白い服を着ていた人たちが、一斉に立ち上がり、さっと左右に分かれ、拱手して、頭を下げて、王が兵士を従えて出ていくのを見送っている中を、私は、ここ、どこー!と叫びたいのを我慢して、歩いた。