怖がられていた理由
「私は、アルフレッド様のお顔が好きです!」
アルフレッド公は、頭の中で、彼女の声を、何度も反芻していた。
お陰で、レジナルド王やルーカス王子、宰相らとの打ち合わせも、半分、上の空で、皆に不審がられた。
打ち合わせが終わったら、すぐ戻る予定だったけれど、たまには夕食をご一緒に。と、レジナルド王に、ニッコリされてしまったのは、それが原因だろう。
「叔父上らしくないですね?どうされました。今日は。体調でも良くないのですか?」
夕食の席で、レジナルド王が、ワイングラスを片手に、聞いてくる。
「確かに。いつも、的確にアドバイスをくださるのに、今日は、ほとんど何も発言されませんでしたね?・・・ユーリ様と何かあったのですか?」
ルーカス王子が横から突っ込んできて、思わず、アルフレッド公は、むせる。
「ユーリ様と?・・・何かあったのなら、報告をしていただかなければ。わかっています?叔父上?」
やや眉をひそめて、レジナルド王が、ずいっと身体を乗り出してくる。
「あなた。そんな厳しいことをおっしゃってはだめですわ。まだ、お互いに何も知らない状態でしょうし。・・・アルフレッド様?ユーリ様とは、うまくやっていけそうですの?」
身を乗り出したレジナルド王の手を軽くたたき、元の姿勢に戻らせながら、アイリーン王妃が、微笑みを絶やさず、アルフレッド公に、軽く首をかしげてみせる。
「・・・。うまくやっていけるように努力はします。王妃。」
アルフレッド公は、渋々、返事をする。
そして、ついでに、悩んでいたことを、思い切って、相談してみようと、考えた。
「あの、王妃。」
「はい、なんでしょう、アルフレッド様?」
「私が、前髪を切ったら、・・・・切っても・・・、大丈夫でしょうか?」
声が、だんだん、小さくなっていくけれど、思い切って、アルフレッド公は、最後まで言い切った。
「良いと思いますけど?」
アルフレッド公は、驚いて、うつむいていた顔を、急に上げる。
「ユーリ様が、髪を切ってほしいと、おっしゃったのでしょう?」
「そう、ですが・・・。でも、私の顔は。」
「そんなに、傷痕が気になりますか?騎士達の中には、魔獣の討伐で、アルフレッド様同様、顔に傷痕が残る方もいますけど、特に、皆様、気にされていませんよね?」
「でも!私は、貴族令嬢達に、非常に怖がられ!」
「まあ。もしかして、それ、傷痕のせいだと思ってらしたの?」
「は?」
アイリーン王妃が、突然、立ち上がり、アルフレッド公の傍まで、つかつかと歩いてきて、両手で前髪を左右に分け、耳にはさんで、アルフレッド公の顔がはっきり見えるようにする。
「ねえ。リリアナ。アルフレッド様のお顔、怖くて?」
ルーカス王子の隣に座っていた、王子の婚約者、リリアナ・ゲートリッヒ公爵令嬢が、首を軽くかしげる。
「いいえ。お顔は怖くないですわ。アイリーン様がおっしゃったとおり、お顔に傷がある騎士は多いですし。」
「しかし!私は、以前、多くの令嬢から怖がられて!私の前で、気を失った令嬢も何人も見ている!」
アイリーン王妃が、くすっと笑って、自分の席に戻り、椅子に座りながら、言う。
「それは、傷跡が原因ではありませんわ?」
「は?」
「確かに、アルフレッド様の前で、卒倒した令嬢の話は、お母様やお姉さまからも聞きましたわ。彼女たちが、貴方の顔を怖れたのは、傷痕ではなく、眼、ですわ?」
「は?眼?」
「ご存じなかったのですね。わたくしも、卒倒しましたので、断言しますわ。初めて王宮に来たのは、5歳でしたかしら?その頃は、アルフレッド様、まだ、お顔を隠しておりませんでしたわよね?アルフレッド様と視線を合わせた途端、わたくし、恐怖で気絶して。たまたま、アルフレッド様の隣にいらした、レジナルド様が、あわてて手当してくださって。そのご縁で、わたくしとレジナルド様は婚約したのですけれど?」
「眼・・・。」
「全く、気付いていらっしゃらないのですね。アルフレッド様の視線は、冷酷かつ、鋭かったのですよ。とても恐ろしい目をしてらっしゃったのです。ブリザードが背景には吹き荒れていましたし。」
ふいに、アルフレッド公の頭の中に、ユーリの声が響く。
「ずっと見ていたくなる、きれいな目です!深い、深い、青に吸い込まれそうです!」
「ユーリは、私の目を、きれいだと、言った・・・。」
ぽつんとつぶやく、アルフレッド公に、ぎょっとしたように、4人が注目する。
「叔父上?ユーリ様を呼び捨てに?」
「あ、ああ。そうだった。ユーリから、言伝があったんだった。ユーリを呼ぶときに、『様』をつけないでくれ。とのことだ。」
「それは、御使い様のご命令?」
「ああ。だけど。」
アルフレッド公は、4人に、キッときつい目を向けた。
「ユーリと呼び捨てにするのは、私が許さない。」
その瞬間、ぷっと、ルーカス王子が噴き出した。
「叔父上でも、好きな女性を独占したいって欲をお持ちだったんですね!」
「なっ!!ちが・・・!」
「うふふ。赤くなってらっしゃいますよ、アルフレッド様。」
アイリーン王妃が、くすくすと、笑う。
「アイリーン。叔父上をからかうな。・・・ごほん。えーと、じゃ、我々は、ユーリ様のことを、ユーリ嬢と、呼べば良いかな?」
「それでよいと思いますわ。」
叱られても、くすくす笑いが止まらない、アイリーン王妃が、うなずく。
「『嬢』であれば、通常の貴族令嬢に対する敬称です。『様』よりは格が落ちますが、ユーリ様のご希望であれば、問題ございませんわね。」
思ったよりも長引いた夕食後、アルフレッド公は、自室に戻ってきた。
もう遅い。ユーリの顔を見たいけれど、遠慮すべきだろう。
ブレアに着替えを手伝ってもらいながら、彼は、ブレアに聞いてみる。
「ブレア。私の目は、怖いのか?」
ブレアは、着替えを手伝う手を止めずに、うなずく。
「最近は、お目を拝見していませんのでわかりませんが、そうですね。お目を隠される前のアルフレッド様の視線は、厳しかったですね。」
「気づかなかった・・・。」
「アルフレッド様の目の青色は、ただでさえ冷たい色をしているのに、こいつは馬鹿か?とか、うるさい黙れ、とか、そういう非難を込めて睨みつけてましたからね。眼光鋭すぎて、男性だってびびってましたよ。貴族令嬢は、耐えられないでしょうねえ。」
アルフレッド公は、思い当たることが多すぎて、黙り込む。
ブレアの言うとおりだった。
暗殺者に襲われた当時は、人が怖くて閉じこもっていたけれど、王族だった彼は、いつまでも閉じこもってはいられない。5年間、閉じこもりを許してくれた父王も、彼が10歳になった時に、さすがにこのままではダメだ、と少しずつ、彼の周りに人が増えていき、彼も、人が怖くは無くなったけれど、代わりに、嫌いというか、軽蔑する人ばかりが増えていった。
彼が、天才過ぎたことも一因だったかもしれないが、社交性を養ってこなかったことが大きな原因だろう。
だから、社交界に出るたび、自分がイライラして、眉間をしかめていた記憶はある。
なぜ、こんな簡単なことがわからないのだ?わからないなら勉強しろ。
なぜ、くだらない話をして笑っているのだ?既婚者のくせに、若い女性のゴシップなどで笑うな。
ドレスが似合ってるかだと?知るか。そんなもの。宝石が欲しい?バカか、この女。なぜ、家族でもないのに、宝石をねだってるんだ。
いつからか、彼は、他の人を、冷めた目で見るようになっていった、その自覚も、ある。
でも、ユーリは、怖がらなかった。私の目を。