お昼寝
自分で歩けるから下ろしてほしいと、何度も懇願したのに、聞こえないふりをされて、アルフレッド公にお姫様抱っこされたまま、アルフレッド公の住まいだという宮殿に連れてこられた。
途中、何人もの宮殿で働く人と行き会ったけれど、全員、アルフレッド公が通り過ぎるまで、壁にぴったりはりつき、頭を下げて見送る。
だから、じろじろ見られて恥ずかしいとかいうことは、あまり感じなかったけれど、緊張しすぎて、身体を小さく強張らせていたので、筋肉痛を起こしそう。
ようやく、どこかの部屋に入り、天蓋付きの大きなベッドの上におろしてもらえた時は、心底、ほっとした。
「ドルチェ、レーテ。」
アルフレッド公が、パンパン、と手を叩いて、さっき、私を着替えさせてくれたメイドを呼ぶ。すっと入ってきた2人に、アルフレッド公は、私が楽になるような服に着替えさせるよう、そして、夕食まで少し眠っていただくよう、指示を出してくれ、それから、私の手を取って、軽く、口づけた。
「ユーリ様、夕食まで、お休みください。夕食のときに、お迎えにあがります。」
やさしく微笑まれて、アルフレッド公は、部屋から出ていったけれど、私の顔は、またもや、真っ赤だ。
レジナルド王の挨拶の時にも、手の甲にキスされたけれど、アルフレッド公の方が、恥ずかしい!
ドルチェとレーテに、シュミーズドレスに着替えさせてもらい、あたたかいお茶の入ったカップを渡される。
お茶の色は、薄いピンク色で、この国には、いったい、何色のお茶があるのだろう?と不思議に思うけれど、さすがに喉が渇いていたので、こくりと飲んでみれば、ミントのような清涼感があるお茶だった。・・・おいしい。
お茶を飲み終わると、少しお休みくださいませ。と、ドルチェに言われ、素直に、ベッドに横になる。
正直に言えば、本当に、疲れた。のだ。
軽く目をつぶれば、何が起こったか、思い出す間もほとんどないうちに、眠りの国に落ちていた。
「やはり、疲れておられたのだな。」
アルフレッド公が、ぐっすり眠っているユーリを見おろしながら、つぶやく。
夕食の誘いに来てみたら、ドルチェが、何度か声をかけてみたけれど、目覚めないと言うので、心配になって、寝室に入ってしまった。
ベッドに静かに腰かけ、そっと、ユーリの黒髪に触れる。細い絹糸のような髪。おそるおそる撫でてみれば、すべすべとして柔らかく、指を通せば指から、さらさらと零れ落ちる。
「私を、好きになってくれるか?ユーリ様?」
アルフレッド公は、ユーリの髪をひと房手に取り、口づけながら、つぶやいた。
「きれいな目、だなんて、初めて、言われた・・・。」
いきなり、自分を覗き込んで、きれいな目だ、と熱弁をふるった彼女の黒い瞳は、きらきらしていて、彼女の方が、とても綺麗だった。まるで、夜空の星を見ているかのように。たぶん、その時、自分は、彼女に恋したのだと思う。
王族に、魅了は効かないから、魅了されたわけではない、と思う。でも、魅了でもいい。
何も感じない、灰色のつまらない世界が、急に、色彩鮮やかになったのだから。
彼女と歩いた庭園を、今までは、何とも思っていなかったのに、泣きたくなるほど、美しいと、感じたのだ。そんな思いが自分にも残っていたことに、驚く。
「目がさめても。明日になっても。私のそばに、ユーリ様は、いてくれるだろうか。」
アルフレッド公は、自信がない。
混乱しているから、自分を選んだのではないだろうか、とか。疲れているから、適当に選んだんじゃないだろうか。とか。
彼は、大きなためいきをつき、ユーリを起こしてしまう、と、慌てて、そっと、ベッドから立ち上がった。
ずっと、目覚めるまで、そばに居たいけれど。けれど、目が覚めた時、自分がいたら、嫌だろう。
せめて、嫌われないようにしなければ。