どうしようもない元カレが自殺した話
あいつが死んだ。派手好きなあいつにしては、拍子抜けするほど呆気なくて地味な死に方だった。
真っ黒な喪服に身を包んで葬儀に参列した後、あたしは―― 佐々木夢果は、彼の両親に頼んで、彼のアパートの部屋に入れてもらった。
「まさか、慎ちゃんが自殺するだなんて…… うっ、ううっ」
白髪交じりのご両親はわんわん泣いていて、正直なところ何を言っているのか聞き取りづらかった。でも、とりあえず許可はもらえたらしい。
住人がベランダから飛び降り自殺をしても、807号室にはまだ電気が通っていた。靴を脱いで恐る恐る部屋に上がり、照明を点ける。
この部屋の主は、藤堂慎という。あたしが一ヶ月前まで付き合っていて、ついこの間別れた元カレだ。
別れた理由?それはずばり、女絡み。
藤堂は派手好きな性格で、女遊びも派手だった。あたしと付き合い初めてからも、常に他の女の影があった。
あたしとのデートをすっぽかして、知らない女とホテルに行っていたこともあったっけ。あたしとは一度も行ったことがないような、めちゃめちゃ高級なホテル。バレてないとでも思ってたの?
いくら注意しても直してくれなかったから、愛想を尽かして別れることにした。
「…… 馬鹿。どうせ死ぬなら、もっとあんたらしい死に方をしなさいよ。街一つ吹き飛ばすような大爆発を起こして、自分も巻き添えにして派手に散りなさいよ」
奔放すぎる女性関係で、藤堂はあたしを何度も泣かせた。でも、今は涙が出てこない。代わりに口をついて出たのは、皮肉っぽい台詞だった。
もちろん、本気で藤堂にテロを起こしてほしかったわけではない。ただ、彼のイメージと飛び降り自殺が結びつかなかった。
何はともあれ、愚痴ばかり言っていても始まらない。あたしが彼の部屋に入れてもらえたのは、ご両親に「思い出の品を取りに行く」と説明したからだ。そろそろ作業に取りかからなければ。
親元を離れて、彼はアパートのこの部屋で一人暮らしをしていた。何度か泊まらせてもらったことがあるから、どこに何があるかは分かっているつもりだ。
「まずは、机から探ってみようかしら」
机には引き出しが三つあった。手始めに、一番左を開けてみる。
「げっ」
しまった、悪い予想が的中した。そこには避妊具の箱が何箱も詰まっていた。
あたしを部屋に呼んでいた頃と同じだ。でも、あのときと比べると箱の数が一つ減っている―― つまり、早くも他の女を連れ込んで、箱の中身を使いまくっていたということか。このプレイボーイめ。
でも、だとするとますます分からない。女には全く困っていなかったのに、藤堂は自殺したってこと?そんなにあたしのことが恋しかったわけ?
真ん中の引き出しには、一冊のノートがあった。そこには、人生について何やら難しそうな考察が書いてあって、あたしには内容が理解不能だった。何なの、これ?
筆跡は間違いなく藤堂のものだけど、彼があたしにこんなものを見せてくれた記憶はない。というか、たぶん誰にも見せていない、秘密のノートなのではないか。
そういえば、藤堂は大学で哲学を専攻していたんだっけ。あんまり彼に似合いそうな学問じゃないけど、自殺した理由も、そうやって思い悩みすぎたからなのかも。
きっと、あたしの知らなかった一面が藤堂にはあったのだ。いくら女を抱いても満たされない、無尽蔵の乾きのようなものが彼の中にはあったのかもしれない。その乾きに耐えられず、命を捨ててしまったのだ。
一番右の引き出しには、何も入っていなかった。あるいは、以前は入っていたが、自殺する前になって処分したのかも。
ふと、机の上に置かれていた写真立てに目が行く。そこには、あたしと藤堂のツーショットが飾られていた。
(―― これは、あいつと海に行ったときの)
水着姿の二人が、浜辺ではにかむように笑ってピースサインしている。藤堂はあたしの肩を抱いている。
まだ持っていてくれたんだ。この写真は処分せずに、取っておいていてくれたんだ。そう思うと無性に嬉しかった。変だよね、藤堂はあたしを捨てた男なのに。
他にも部屋のあちこちを探してみると、アルバムが出てきた。たまに知らない女が写っていたのには閉口するけど、ほとんどはあたしの写真だった。
これは、あたしがわがままを言ってスイーツを食べに行こうと連れ回したとき。あれは、洋服店へ買い物に行ったとき。一枚一枚の写真に、たくさんの思い出が詰まっていた。
アルバムの最後のページには何も写真が収められておらず、短い走り書きだけがあった。間違いなく彼の筆跡だった。
『今までありがとう。俺、馬鹿だからさ。色々考えたけど、自分がこれからどうやって生きていけばいいのか分からなかった。迷惑かけてごめん。さよなら』
それは遺書と同義だった。
「藤堂…… 」
この一ヶ月間忘れていた感情が、心の底から湧き上がってくるのを感じた。
「この馬鹿っ。何で…… 何で、自殺なんかしちゃったのよ!」
悩みがあったなら、もっと周りの人間を頼れば良かったじゃない。そのためにあたしがいるんだから。あんたのことが世界で一番好きだった、あたしが。
とめどなく、涙がぽろぽろ零れる。
「ああ、そうよ。確かにあんたはろくでもない男だったわ。あたし以外の女にも平気で色目を使うし、デートにも行くし。でも、でも…… っ、あたしはあんたのことが好きだった!笑った顔も、ちょっとした仕草も、全部大好きだった!」
彼の部屋で、あたしは一人泣き崩れた。藤堂と過ごした日々の記憶があとからあとからよ
みがえってきて、涙を止めることができなかった。
いくら泣いたって、藤堂は戻ってこない。生き返ることはない。そんなことは分かっているけど、「二度と藤堂と過ごす日々は戻ってこないんだ」と思うと、もう自分でも感情が上手くコントロールできなかった。それくらいわんわん泣いた。
葬儀では一滴も流れなかった涙が、今では嘘みたいに溢れ出る。
ありがとう、藤堂。あんたに言ってやりたいことは山ほどあるけど、あんたと一緒に生きることができて、あたしは幸せだったよ。
そして、さようなら。元気でね。
普段は「サウザンド・コロシアム」というデスゲーム&異能バトルものを書いているのですが、気分転換に短編も書いてみました。