少女と雪の平原 -3.「いつもの」
「いらっしゃい」
声に反応して模造品のような瞳がロセアを確認した。
「今日は店主が留守なのかな?」
きっと店内を歩きたくないんだろう、男は入り口の前から動こうとせず、声もそう大きくなかったからロセアは彼が何と言ったのか聞き取れなかった。
「今、なんて言いました?」
声を張り上げるロセアとは反対に、男は同じようにボソボソと口元を動かしただけだった。ロセアの質問は聞こえている筈なので恐らく同じ言葉を繰り返したんだろうけれども、伝えようとする意思は全く感じられなかった。
見かねたロセアはカウンターを離れ、態々傍までやって来て男を見上げた。
男はどこかリジェール国外の貴族のようだ。ロセアは多分三大魔導国家のどこかの貴族だろうと踏んだ。多少、各国で差は有っても「他を見下している」点で彼らは似ている。かなり丁寧で見栄えを気にした造りの服を着ているし、周りを見下す為に気持ちが悪いほど姿勢が良いから直に分かる。マントに家紋を入れてアピールする辺り有名な家柄かもしれないが、もちろんロセアには興味が無い……。
男は自分より遥かに小さい少女に視線を下げた。
「店主は居ないのか?」
さっきよりも雨音が近くなったけれども男の声が聞こえるだけマシだった。低い声で、近くで聞いてもあまり聞きやすい声じゃなかった。
「申し訳無いですけど、今日は留守なんです」
返答するロセアの口先が尖っていたのは、男の態度が――というよりも単純に嫌な貴族だと分かったからだ。相手の男も返事をせずにただ眉間にシワを作っただけだ。
ロセアはそれ以上話すのも嫌だったから、戻ろうと踵を返した。
――その際に広がり揺れた金色の髪が、男の造り物のような瞳の中でも煌めいた。
「待て」
男の少し攻撃的な低音にロセアは驚いて振り返る。男は男で次の言葉に戸惑っているようだった。
「……いや失礼。私はフロウディア=F=ハインと申します。是非貴女のお名前をお伺いしたい」
また……。
ロセアは心の中で深いため息を吐いた。フロウディアと名乗るこの男の『変わり身』の原因を深く理解していたからだ。彼の反応はコレまで出会った貴族の男達、ロセアの血に魅了された男達と全く同じだった。
「……ロセア=F=トロントです」
「トロント……?」
名前を聞いた時の反応も同じ。記憶の中にある名家の名前と一致しないか必死に思い出しているんだろう。フロウディアが何一つ言わなくてもロセアにはそれが手に取るように分かった。寧ろデジャビュでも見ているような気持ちだった。
「聞いた事の無い名だ、ここの店主も魔人な訳だし……」
フロウディアは予想外にも膝を突いてロセアの顔を正面から見た。ロセアが今まで会ってきた貴族では中々見せないパターンの行動だった。
「な、なんですか?」
ロセアが目を丸くして恐る恐る聞く。
「君は……自分の親の事を知っているのかな?」
「……母の事なら、父は偉い人ということしか知らないです。会ったことも無いし」
「その、トロントというのはお母さんの名前だね」
「そうです」
そういうことか、とフロウディアは満足したように頷いた。その時の表情は意外と優しく見えた気がした。
「ロセア、君は魔導士によく好かれるんじゃないか? この私が魅力を感じるくらいだ、恐らくボーイフレンドには困らないだろう?」
「……そんなことないです」
「そんな筈は無い。いや、待てよ。確かにこの国では魔人の方が割合的にも多いか。まあとにかく君は非常に魅力的なことに違いは無い。以前お会いしたアゼムレアのご令嬢を思い出したよ。いや、それは流石にあちらに失礼と言うものか、なにせ王の血筋だからな……」
「私の父はドーンの国王だったらしいわ」
言った後になって「しまった」と唇を噛んだ。いつも嫌がっている癖に、こんな時だけ対抗しようとした自分がすごく恥ずかしくなった。
「そんなこと……少しでも人を知っている魔導士なら検討くらいは付つけるだろうさ、今まで私のような貴族に愛を語られた事が一度くらいはあっただろ?」
自己嫌悪真っ最中のロセアは素直に既に垂れ下がった頭を揺らして頷いた。
「やはりね、ただその時どうして誘いを断ったのかは知らないけれど……まあいいコレは実に良い巡り会わせだ。是非私の妻になって欲しい」
なんてストレートな……ロセアは呆れて顔を上げた。光の無い瞳の中にロセアの髪の金色だけがキラキラ輝いて映っている。
「嫌です!」
今までの男達とは違って遠まわしに誘ってこない辺りは断り易いから良かった。対するフロウディアは断られる事なんて考えても居なかったんだろう。不思議そうにしている間の抜けた顔に付いた口からとんでもない事を言い始めた。
「うん? どうしてだい? そうか自分の価値を知っている分、値段を吊り上げようって魂胆だな。なかなかシッカリした子だ。いやいや君を見くびっていたよロセア。大丈夫こう見えても私は魔導大国アゼムレアの貴族の中でも1・2を争う家系の出でね、王族と呼ばれる四家が一世紀近くも身内のみで子孫を残しているこのご時勢、私以上の玉の輿はもう無いと言っても過言ではないだろうね」
ロセアは小さな口を開けて呆気に取られていた。
どこまで人を誘うのが下手な人なんだろう、そうやって商品扱いされた私が「じゃあ結婚します」と言うとでも思っているの? それとも貴族の間ではそんなやり取りが当然なの?
どちらにしても嫌だと思った。お母さんが出てきた世界だからろくな所ではないと思っていたけれど、魔導士の国は本当にマシな世界じゃないみたいだ。
「家柄なんて関係ありません、貴方が嫌いだからです!」
ロセアは眉間に力を込めて、なるべく伝わりやすいように語尾を強めて威嚇した。
すると流石にロセアの怒りが伝わったのか、フロウディアは少し肩を落とした。
「そうか……。悪かった。確かにまだ出会ったばかりで戸惑うのは仕方ない話だ。これから君に
会いにここに来よう。少しずつ私のことも好きになって貰えばいい」
んん? 何を言っているのこの人? 『私のことも』って? 貴族って部分から全面的に嫌いなのに私……。
フロウディアは残念ながらも何か納得したような顔で店を後にした。何一つ納得できていないのはロセアの方だ。
「どうしたのロセアちゃん、怒ってたみたいだけど……?」
ロセアの様子を心配したレステが後ろから声をかけた。
「え? ううん、なんでもないよ」
ロセアはレステの心配そうな顔を気にして笑顔を作った。
少しワザとらしく見えたかもしれないけどレステにも笑顔が戻ったからOK、だけどレステは誤魔化せたけれどニューエさんはまだ少し気になっていたみたい。あまり見られたくなかったのは本心かな。
「ロセアちゃんは可愛いからモテモテね」
……ニューエさんが私の気持ちを察してくれるかどうかは実に怪しい。
「……別に嬉しくないですよ」
「ええ? どうして?」
「だって初めて会った子供なのに、私の事何も知らないのに……『結婚』とかおかしいと思いませんか?」
「全然。だってロセアちゃんとっっっても可愛いもん。私だって一目見ただけで『お家に持って帰りたい』て思ったわ」
満面の笑みを浮かべながら平然とべた褒めするニューエの猛攻に、ロセアは白い顔にピンク色を浮かべて俯くしかなかった。
「ニューエさん……は何も分かってないんです。魔導士は人とちょっと違うんです」
「そ〜かな? でもあの人だってロセアちゃんのことちゃんと知ろうとして『また来る』って言ってたじゃない」
「それは……」
確かにそうかもしてないと思った。今までの貴族とは少し違う気がしていたのも確かだった。
「でも、あのフロウディアって人何かおかしかった気がするんです。考え方が……何ていうか、ズレてる思う」
「う〜ん。そういったズレはもっと相手を知れば理解できることも有るかもしれないわよ」
「その時は向こうがこっちに修正してくれる事を望みます」
「『その時』はロセアちゃんお嫁に行っちゃうのかな?」
「え〜」と嫌そうに声を上げるロセア。なんだかんだで安心した会話が出来て気も少し落ち着いたようだ。
その後の店番といえば、レステが店の商品を壊したり、溶かしたり、呑み込んだり、遠投したり、爆発させたり、土に返したり、粉噴かせたり、鼻息で取り返しのつかない状態にしたりといろいろ楽しかったけれど、ロセアはフロウディアの事が気になって他の事にまで気が回らなかった。
そのうちまたあの男が来るのかと思うと、気が重くて重くて……。
早くも1話終了です。
ここまで読んで頂いて有り難うございます。
魔人レステが適当過ぎたので、力の及ぶ限り主要人物を丁寧に書こうと心がけていますが、読んでいる人にはどのように映っているのでしょうか?
少しでもイメージし易いと感じてもらえればいいのですが。




