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少女と雪の平原    -2.「店番」

 ――……。


 皆もきっと覚えているはず、初めて人に愛の告白をされた時のトキメキみたいなものを……。私の場合は突然でした。

 その人は20歳近くの男性でした。身なりからしてどこかの国の貴族の方のようでした。不思議なことにその人は私の事を自分と同じ貴族の人間と勘違いしたようで、10歳を過ぎたばかりの私に傅いて、いきなりプロポーズをしてきました。


 初対面でいきなりです。

 確か「突然の申し出でをお許し下さい」って感じで始まって「貴女の将来を私に預けて欲しいのです」とかそんな文句だった気がします。

 当時、異性を気にかけたことも無かった私はあまりにも突然の求婚の誘いに分けが分からなくなりました。運悪く一人だったので誰に助けを求めることも出来なくて……。そんな私の様子を察したのか彼も困惑した表情を浮かべていました。

 とても気まずい時間でしたが、時季を待たずに咲いてしまった白い花の薫りが……何故か強く印象に残っています。


「おかしな事言ってごめん」


 彼のその言葉ははっきりと覚えています。少し恥ずかしそうに立ち上がるその人の表情を私は幼いながらに可愛いと感じました。……今でもあの人に人生を預けてもよかったんじゃないかと思うことがあります。


 それ以降その人とは会っていません。

 その日の夜、母にその出来事を話すと、母は何か心配になったようで私に流れる父の血の事を教えてくれました。


 私の父は『ドーン』と言う国の国王だと聞かされました。ドーンは3大魔導国家の一つに入る有名な国です。魔導士にとって血脈は才と権力の象徴、初代魔導士ファン=フォードの血をどれほど色濃く残しているかが魔導士の価値となるのです。3大魔導国家ともなれば王族は王族間でしか婚姻を結ばないと聞きます。

 三大魔導国家の王家の血はこの100年ほぼ薄まっていないと噂されているほど……。そんな高尚な血脈の一部を私は身に宿してしまったのです。


 母は教えてくれました。母と交わった為に私の血は王族には届かないまでも貴族の人から見れば喉か手が出るほど欲しい存在だと。今日私にプロポーズしたあの人は本能的にこの血の純度を感じ取り、私を貴族の人間と勘違いしたらしいのです。


 幼い私は当時そのことをどの位理解していたのでしょうか?

 ほぼ理解なんてしていなかったことでしょう。王様の血筋なんて……ただ辞書をなぞるように言葉の意味を確認しただけだった筈です。

 結局私は自分の血に宿った運命を身をもって知らされるその時まで、理解できていなかったのです。




―☆☆☆―




「おはよう、おかあさん」


 ロセアの透き通った声は、相手もすり抜けるように通過して行った。


「おはよう、ブラウニー」

「うん、おはよう。ロセア」


 返事を返さないアーリエや、決して眠らないブラウニーとの挨拶。他人から見れば妙な光景かもしれないが、3人にとってはいつもとなんら変わりない朝のやり取りだった。

 今朝のロセアは早朝の小鳥の様に忙しなく続けた。


「ねね、ブラウニー。今日は錬金術を教えてくれる約束だったよね?」


 ブラウニーは自分が身につけた『魔鉱石の加工技術』の事を『錬金術』と言っていた。ロセアもその言葉をそのまま受け取り、『錬金術』と使っている。

 そして今日は魔法学校が休みの日。ロセアの記憶に間違いが無ければブラウニーが錬金術を教えてくれる事になっていた筈だが……。瞳を輝かせるロセアに対してブラウニーは狐に摘まれたような表情を浮かべている。


「……ああ。そういう話をしたかな? 悪いけど今日は――」


『悪いけど今日は――?』分かりやすい位に頬を膨らませたロセアが繰り返す。ブラウニーはまいったな、とでも言いたそうに右手で口を覆った。


「すまない、店番を頼みたいんだ」

「店番? 出かけるって事?」


 剥れた顔の中で光る大きな瞳がしつこくブラウニーを攻める。


「ああ、古い知人に会うんだ。僕の大先輩といってもいい人なんだ」

「大先輩って……。魔人ってこと?」

「うん『黒煙』って呼ばれていてね。リジェールが誕生した時代から世界を見ている偉大な魔人だよ」

「知らないよ。そんなこと」

「……うん、確かにそれも正しい。けれど分かって欲しいんだ、彼に会える事は僕にとって――」

「分かった! 店番をすればいいんでしょ?」

「すまない。錬金術はまた今度教えるよ」


 折れたロセアが押し黙り、朝から少し重い空気が漂う。ブラウニーはばつが悪いのをどうしていいか分からない様子だった。


「また、髪が伸びたね」


 ブラウニーの冷たい指先がうなじに触れてロセアはピクリと背筋を伸ばした。


「また切ってあげようか?」

「皆髪の事を褒めてくれるからこのままでいいの」


 少し口先が尖るのがロセア本人でも分かった。髪を切ってもらう事に関しては『いつものこと』だし特に嫌でも無かったけれども、さっきの事とブラウニーの舐めるようないやらしい言い方が何となく嫌だった。ブラウニーはずっとそんな喋り方だけど、時々それが馬鹿にされている様に聞こえてしまう時がある。


「そうかい? じゃあ、僕は行くから後は頼んだよ」

「……いってらっしゃい」


 結局、今日のロセアは店番だ。辛気臭い店のカウンターに煌びやかな髪の少女が座る。その画はあまりに不釣合い過ぎて反対に彼女を引き立てる為に用意された席の様でもある。

 店を出ようと戸を開いたブラウニーは一度空を仰いで振り返った。外の湿った空気が埃臭い店内に広がる。


「雨が降ってるね」


 彼が言うまでも無くロセアはそのことに気づいている。今朝から降り続く雨は寒い時期には珍しいほど激しく、ロセアは昨晩に雨の夢を見て、朝は雨の音が目覚ましになった程だ。


「朝から音がしてたよ。気が付かなかった?」

「そう? だったら教えてくれたっていいじゃない?」


 普通の人なら雨音で気が付くから態々言ったりもしない、と教えてあげたい。まあ、雨の「激しさ」を話題にする事なら有り得るだろうけれども……。


「でも魔族なんだから雨なんて降っても気にならないでしょ?」

「そんな寂しいことは言わないでくれよ」


 ロセアは敢えて答えずにつんと横を向いた。なんだかそんな態度も気が立ってるように捉えられそうで嫌だったけれど、今日の彼はどうしても鼻に付く感じがした。ブラウニーがワザとそんな態度を取っているんだと思った。


「こういうものは気分が大事なのさ、特に魔族はね」


 ブラウニーは黒い味気ない傘を手に再び入り口のドアを開けた。が、また同じように立ち止まる。


「おや?」

「今度はどうしたの?」


 ロセアの形だけの質問を受けてブラウニーは「早速お客さんのようだ、後は願いしようか」と傘を広げてそのまま行ってしまった。

 彼と入れ違いに入ってきたのは、レステとその母親のニューエだった。


「こんにちはー!」


 雨音を掻き消すような声が店内に響く。傘で凌いでいたとはいえこの雨中を歩いてきた人が出すにはハツラツとしている、し過ぎている。

 傘を畳みもしないで店内に駆け込もうとしたレステをニューエが引っ張り出し、濡れた傘を外に立てかけるよう指摘している。濡れる感覚の分からない魔人としては仕方ないと考えるべきかそれともレステがただ勢いで生きているだけなのか?


 それに引き換え――。


 ロセアはニューエの雰囲気が好きだった。優しくて面倒見がよくて自分の中の『母親』のイメージに当てはまっていたからだ。


「ごめんね、お店の中ちょっと濡れちゃった」


 ニューエが苦笑いを浮かべる。

 申し訳なさそうにしていたが、ロセアは二人が来てくれたことが嬉しくて店の中の事なんて少しも気にならなかった。

 ニューエに続いてレステも頭を下げたが。店内に置かれた物が気になって全く興奮を抑えきれていなかった。頭を適当に下げたまま目線は右を左を見ている。


「いいよ、気にしないで。それよりレステがこんな雨の日に来てくれて嬉しいわ。一人だとホントつまらないから」


 ロセアがそう言うとレステは心置きなく商品に噛り付いた。何がそんなに楽しいのか分からないけれど気になった商品を見つけてはロセアを読んで「これは何に使うの?」と目を輝かせた。

 確かにブラウニーの魔鉱石を応用させた品は独特な物が多い。最も単純な物でも火、風、水を保存できる魔鉱石なんかはとても便利で生活の助けになる。また空の星を見る為の道具や、方位を示す道具もあって、ロセアには理解できないけれどどちらも人気の高い商品だ。

 ちなみに今レステが両手で引っ張っている物はただ『取っ手が二つ有るだけ』の道具。引っ張ってもお互いが引き合ってまた元に戻る全く無駄なガラクタ。だからレステ、何度伸縮運動しても意味は無いのよ……。


「おかあさんそっち持って!」

「ん〜なになに?」


 ああ…どうして二人で両側を持って引っ張ってるの? ……でもまあ、見てて面白いからいいかな。結局意味は無いけど。


 そんな、いつもと違った少し賑やかな店内に一人の男性客が入って来た。その男は埃と湿った臭いの店内には似合わない上品なマントを纏い、ゴミ溜めを見回すように深く目尻の垂れた緑色の目を動かした。

 初めて見た人ならここがゴミ置き場に見えても仕方が無い……。

 元々そんな先入観があったからか、ロセアはその男の視線を特に気にしなかった。


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