少女と雪の平原 1話-1.「少女と家主」
この話は『魔人レステ』の続きの話になりますが、アレを読めとはとても言えません。この話から読んでも楽しんで貰えるよう努力します。
――……。
幼い頃にお母さんからお父さんの事について聞いたことがあって、その内容がそのままお父さんのイメージとして私に刻み込まれました。
優しくて、立派で、沢山の人から信頼されていて、沢山の人を愛していた。お母さんなんて本当は言葉を交わす事すら出来ない立場だったらしいけれど、お父さんはそんな事も気にせず自分を一人の女性として見てくれたんだって、お母さんは嬉しそうに話していました。
私にお父さんに対しての悪いイメージが無いのは、もしかすると昔を語るお母さんの姿が余りに幸せそうだったからなのかもしれません。甘いお酒を体中に回し、頬や指先を赤く染め上げる様子は私と同じほどの少女でした。純真さの残る瑞々しい瞳で私を見つめながら、視線の先には若い頃の二人の姿が在ったのかもしれません。
「二人が恋をした期間が私の全てだった」私にはそんな感じで聞こえました。実際にそうなのかもしれません。
そんな姿を見た私は自分が両親の幸せの中で産まれて来れたんだと安心することが出来ました。私はそれでよかった、それ以上の事なんて知らなくていいと思っていました。
でも世界はどちらかというと利己的に回っていて、私は俗に言う「割の良い」存在らしいのです。私がその事実を知っていてもいなくても、知りたいと思っても思わなくても、世界には『風』が存在して世界中に平等に吹くものなのです。
最初に私が『風』を感じたのは10歳を過ぎてからの事でした――。
―☆☆☆―
カディア紀で数えて199年。
魔族の王の領土「リジェール」と呼ばれる国があり、その周辺には国を持たぬ者の町「クラン」があった。どちらにも人、魔族、魔導士が混住していてそれぞれの需要を満たす機関、施設も混在していた。
その一つに魔法学校がある。魔法を使う魔導士の為に作られた学校だ。
今日の日程が終わり、家に帰る生徒も居れば、教室で友人と放課後の一時を過ごす生徒も居る。
そんな中一人の女生徒は、学校の中庭にある池の前で魔法の練習を続けていた。
金色の髪の少女が細く白い右腕を真直ぐに振り上げると、池の水は重力に逆らって昇り、そのまま少女の等身ほどの氷柱になった。それは魔法使いなら誰でも出来るという訳ではない。才能と努力の結晶と呼べる技術だ。また、彼女でも炎天の下ならばそんなことは出来ない。寒い時季だからこそ成功したのであって、自然の摂理に反すれば更に高い技術が必要だっただろう。
水に浮き上がった氷柱はバランスを崩して池に倒れ、派手に水しぶきを上げた。
そんな当然の結果を彼女は考えもしなかったのか、冷たい池の水を頭から被った後になって「冷たー!」と声を上げる。
その一部始終を隣で見ていた魔人の少年は、彼女の魔法の凄さを褒めようと喉元まで出かかった言葉をUターンさせ、代わりについ口から出たのは――。
「ロセアちゃんってドジだよね」なんて言葉だった。
冷水をかぶった少女ロセアは体をガタガタと小刻みに震わせ、奪われ逝く体温を逃がすまいと必死に自分を抱きしめている。もちろん大した効果は無い。
「何よレステ、ちょっとは心配してよ。風邪引くかもしれないんだよ」
「風邪ってなに?」
魔人なので『風邪』なんて単語とは無縁のレステにはいまいちピンと来なかった。
「病気の一つよ。私死ぬかもしれない……」
「え? 嘘でしょ! やめてよそんなの」
『病気』に対して漠然とした知識しか持っていないレステはロセアの言葉を信じて異常なまでに心配し始めた。
「ねえ、大丈夫? 僕何をすればいい?」
「そう……ねえ、とりあえずタオルが欲しいわ」
「分かった! 直ぐ先生に貰ってくる!」
言うが早いかレステは魔法学校の教官室に向かって猛ダッシュだ。そんな姿を「面白いなぁ」と見送りながら鼻を啜るロセア。
別に騙した訳じゃないし、このままじゃ本当に風邪に掛かりそうだったからいいよね。
ロセアはそう思ってちょっとだけ罪悪感を覚えそうになった自分を抑える。待っている間は折角魔法の練習をしていたのでついでだと割り切り、魔法で火を起こして少しでも暖まろうとしたが……。結局のところ体が濡れていていつも通りに火を起こせなかった。
そんなちょっとした変化でこんなにも魔法が使い難くなるのかと、寒いのも忘れて小さな発見を驚き楽しむ。
ロセアは純粋に魔法が好きだった。それは持ち合わせた才能のお陰で他の人より魔法を思うままに使えたせいなのかもしれない。ただそれもきっかけに過ぎない、努力家な彼女の精神が魔法を追求し続ける本当の原因なのは誰の目から見ても明らかだった。
「ロセアちゃん水浴びちゃったんだって〜〜?」
常にドコからか空気が抜けているような声を出すのは魔法学校のスロンファン先生だ。魔法学校では珍しい魔人の先生。レステと一緒に付いて来たらしい。外見はおっとりした若い女性だけれど、年齢は140歳を超えているとか、いないとか。この先生も魔人なので『寒い』なんて感覚は持ち合わせていないけれど、下手をすればレステよりも心配をしてくれるくらい親切な人だ。
そんな二人の持ってきた2・3枚のタオルに包まれてロセアは何とか暖をとることができた。
「ロセアちゃん大丈夫〜? もう学校も終わってるんだし、早く帰っちゃいなさい」
「うん、そうする」
ロセアは先生の言葉通り素直に帰ることにした。濡れた服を直ぐにでも変えたいので寧ろ当然だ。
「レステ。お見送りお願いねぇ」
「言われなくても、最近はいつもロセアちゃんと一緒に帰ってるよ」
「そうだったの〜?」
ロセアもうんうんと頷く。
ロセアはレステに手を引かれ、相変わらず体を震わせながら歩いた。魔人の少年の手は有難くない事に冷たかったが、ロセアがそんな無粋なことを言うはずも無い。銀色の髪がゆらゆらと揺れる後ろ頭を見つめながら歩いた。
二人の家はクランではなく、リジェール国内に在る。リジェール内の建物は押し込まれたように窮屈に並んでいる。リジェール領土は広がらず、人が増え続けた結果だった。そんな中でもロセアの家は『家主』が生活用品を売ったり、服の仕立てなんかをやっているので少し大きい。
家の前でレステと別れ、『CLOSE』の札が揺れるドアノブに手を伸ばした。
ただいま。
ロセアの声は物が溢れる店内に空しく響く。雑多に並べられた商品が静かに出迎えてくれるだけだった。馴染み深い我が家とはいえ店内の商品はころころと替わり『家主』以外何がどうなっているのか分からなかった。
「まるで宝探しをしているみたいだ」なんて楽しんでいるお客もいるけれどつまりはパッと見て何が売ってあるか分からないということだ。
もっときちんと整理して商品を並べれば売れ行きも上がるのに……とロセアも常日頃考えてはいる。そう思えるほど商品は良い物が多い、けれども埋もれて客の目まで届いていない。
「おかえり」
さっきのロセアの声が聞こえたのか聞こえなかったのか、随分と間を空いてその言葉が聞こえた。
「ただいま、ブラウニー。今日は早くにお店を閉めたね、何かあった?」
ブラウニーは薄暗い店内に照明を点した。柔らかく落ち着く光だ――それは彼が作った魔鉱石から出来る照明器具で、本人曰くいくつかの魔法を封じ込めて作ったものらしい。魔法の使えない人間や魔人でも使えるようにしたんだとか。ロセアではあまり理解できていないが……使われている魔法の素は実はロセアの魔法から採ったものだ。
理由は簡単、ブラウニーが魔法の使えない魔族だからだ。彼は身長がやたらと高く、癖の強い髪が顔を覆っていて目を隠している。いつも落ち着いていて古臭い格好がよく似合う。髪形といい、店内の有様といい、ごちゃごちゃしている方が落ち着く性分みたいだ。
「料理をしていたんだ、アーリエが食べたいって言ったから」
「お母さんが? 食べた?」
「ああ、少しだけね。美味しかったどうかは言ってくれなかったけれど」
「そう、聞きたかったな。声……」
ロセアは肩を落として、階段を上った。
2階のキッチンにはアーリエの姿があった。確かにテーブルに腰掛けて食事を済ませた後のようだった。
「お母さん、ただいま!」
ロセアはアーリエの隣に座った。しかしアーリエはそれに気が付かない。正しくはロセアに気が付けなかったのではなく、元々意識が無い抜け殻のような状態だった。
「ちょうど良かった、ロセアの分も作ったんだ」
後から上ってきたブラウニーがテーブルに座る二人を見つけてそう言った。するとロセアは恐る恐る訊いた。
「……お母さんと同じもの?」
もしそんな物を出されたら食べられたものじゃないからだ。
「まさか、俺も以前の事があってから勉強してね……。知り合いのコックから分量を教えてもらってちゃんと作ったさ」
「じゃあ、欲しいな。あんまり期待はしてないけど」
ロセアは愛らしい白歯を見せてニヤける。食事はいつも彼女が自分で作り食べていたのでブラウニーの作る料理は久しぶりだった。
ブラウニーの言う『以前の事』というのは、前にブラウニーが料理を作った時にとんでもない物が出来上がった事があった。それは彼が特別料理が下手ということではなくて、魔人だから仕方のないことだった。ブラウニーも魔人になって50年以上は経っている。味覚は完全に失われ味見も出来ない。
今考えてみれば一体何を基準にして料理をしたのかしら……。
「ほら、食べなよ。体が寒そうだ」
ロセアは目の前に置かれた野菜スープを前に胃がキューと締まるのを感じた。いい香りがして意外にも本心から食べたいと思える一品が出てきた……。体が冷えていることも慣れや室内に入って少しマシになっていた事で忘れかけていた。
スープを口にすると少し熱めだったけど美味くて、冷えた体に染み渡っていく。
「どう? いけそうならコレも食べてみてよ」
ブラウニーが次に持って来たメニューは鶏肉やチーズ、卵を野菜と一緒に挟んだパンサンド。
見るからに美味しそうで口の中に唾液が溢れる、胃もいい具合に温まって元気いっぱいだ。
「今回はいける?」
ロセアは食べる事に必死になってブラウニーが感想を求めていることを忘れていた。パンサンドを頬張ったままうんうんと頷く。
正直パンに挟んだだけと油断していたら細かな味付けや甘辛い調味料で予想外に食がすすむ。もしかしたら自分が負けてるかもしれないと……凹んでしまいそうなほど美味しかった。
「そうか、よかった。やっぱり秤は便利だね。味の分からない俺でもロセアに食べてもらえる位の料理なら出来そうだ」
「そういえば、コックさんに教えてもらったって言ってたよね」
「ああ、細かいレシピを貰ったんだ」
なら仕方ないよね。自分にそう言い聞かせた。
予想外の素敵な晩餐にロセアは大満足で部屋に戻った。自分の机に腰掛け一つの本を手に取る、彼女のお気に入りの魔導器に関する本だ。
以前からよく読んでいた本だったが最近は読みながら別のことも考えるようになった。原因はその年の暑い日に起こった。
親しかった友達のホックがリジェールの主城から一つの魔導器を奪い国を逃げ出したことがあった。多少の事情はロセアにも教えてもらえたけれども、ホックの目的は分からないし、その魔導器が何なのかも教えては貰えなかった。
考え込みながらページをペラペラと捲るロセア。
好きだから、好きだけど――。
ガンッ!
ロセアは机に頭を叩きつけて更に抱えた……。
……なんて恥ずかしい。ホックの事を思い出した途端あんな台詞を思い出すなんて。ロセアは天井を見上げて大きなため息を吐き出した。
「も〜……。好きなんて言葉は聞きなれてるでしょ?」
自分に言い聞かせるように呟く。




