連れてきたのは聖女ではない
設定あまあま。
連載で書くつもりが書けなくて短編にしたものです。
暗雲が立ち込める空の下、四人組のパーティーが目の前にそびえる城を見上げて唾を呑み込んだ。
ここは魔王城。旅の最終目的、討伐対象である魔王が住まう城である。
「俺の力に恐れをなしてか、案外ここまで簡単にたどり着くことが出来たな」
緊張した面持ちから一転、うっすらとした笑いを浮かべた騎士は、国に仕える騎士団の中で、一、二を争うほど有能な男である。剣の腕前はさることながら、戦略を巡らすのも得意で将来有望と噂される男であった。だが実際は自意識過剰がたまに傷の戦闘バカである。そのバカな男の言葉に、王子でありながら勇者でもある青年が首を横に振ってたしなめた。
「己の力を過信するのではない。ここまで魔物とほとんど戦わずして済んだのは聖女殿の『魔物を寄せ付けない力』のおかげだろ?」
王子が聖女と呼ぶ少女に視線が集まる。その目は、期待しているものと、敵視されているもの、そして気の毒めいたものだ。そんな視線を一身に受け、少女は怯えるように涙目で震えている。
「王子、聖女なんて言われて彼女が困っているじゃないですか。気に入ったからといって、まさかここまで連れてくるだなんて信じられません。彼女はたまたま魔物に襲われたことがない、ただの村人ですよ? せっかく、魔力を振り絞って異世界から召喚した聖女様がお城にいらっしゃるっていうのに。いくらなんでも『聖女のくせに使い物にならん』などと言って聖女様の代わりに旅に同行させるとは職権乱用もいいところです! この事実がみなに知られたりでもしたら、あなた様はもちろん、無理矢理ここまで連れてきた彼女も、止めることが出来なかった僕も、そこの戦闘バカだってただでは済まされないのですよ! どうなさるおつもりですか!?」
そんな魔術師の言葉を嘲るかのように
「どうもこうも魔王を倒すまで。倒せば感謝されることがあっても、文句は言われん」
と王子は答える。
「そういう問題じゃっ…… おい、戦闘バカ! お前も王子に何か意見しろ!」
「魔物が怖じ気づいているのは俺のおかげ! お前の力じゃない!」
ピッと騎士が指を差した先で少女が「ごめんなさい、ごめんなさい」と城に向かって謝る。
ダメだこりゃ……
魔術師は額に手をあて、大きなため息をこぼした。
魔術師はまるで、まとまりのない生徒たちをクラスに持つ担任教師のようである。
このパーティー、元々まとまりがなかった。一度くらいみんなで力を合わせて戦うような事があれば良かったのだが、そうはならなかった。それもそのはず、戦闘バカは魔物を見ればすぐに剣を抜く戦闘狂。王子や魔術師が手を貸さなくとも有能な力を使って一人で退治してしまう。だが、それだけじゃない。少女と出会ってからは戦闘狂の出番もなくなった。少女の『魔物を寄せ付けない力』のせいである。その力が十二分に発揮され、魔物と出会う機会を永遠に失ってしまったのである。
一致団結も何もない、ただの魔王城までの見学ツアー。社会科見学状態である。
「さあ、行こう! 聖女殿、魔王のところまで安全に頼む!」
王子は意気揚々と拳を天に突き上げた。震える少女の肩を抱き、魔王城の入り口へと向かう。魔王討伐という緊張感はすでに消え去ってしまったようで、まるでこの状況を楽しんでいるかのようである。
それにしても不憫な娘だ。能力はともかく、容姿が凄く良いわけじゃない。なのに王子に気に入られてしまった。このままでは、魔王討伐はおろか、凱旋パレード、彼女と結婚する! なんてことになったりしたら国中大騒ぎになってしまうぞ。いや、待てよ。もしかして彼女の力が継続されたままになれば、魔王が現れないんじゃ。そしたら魔王討伐なんて出来ないのでは?
魔術師はあえてその疑問を口にしようとはしなかった。
それならそれで、さっさと城に帰ることが出来る。責任について問われたら『下見です!』と言い逃れよう
魔術師はこれからのことに策を巡らし、遅ればせながらも三人の後を追った。
◇◇◇
石造りで出来た魔王城は殺風景だった。絵画や彫像などは一切なく、壁に必要最低限の明かりを灯す松明が備え付けられてあるだけである。
カツン、カツンと響く四人の足音。
その音を耳にしながら、誰も言葉を口に出すことなく、無言で突き進む。
「おい、聖女殿! 大丈夫か!?」
王子の声が城内に反響した。見れば先ほどまで王子に肩を抱かれて歩いていた少女が床に手をついている。その顔色は真っ青で、震える唇からは「ごめんなさい、ごめんなさい」という言葉を繰り返しこぼしている。
精神的にヤられてしまったか。
三人は顔を見合わせた。そもそも少女はただの村人である。魔物に対して、剣や魔法の訓練など受けたことがないズブのド素人。それなのに魔王城まで引っ張られてきてしまった。その上、敵対視してくる戦闘バカは例外として、庶民から見れば天上人である王子、そして本物の聖女を召喚した魔術師がずっと側におり、しかも頼られているとなると心休まることなど一切なかったであろう。この旅は少女にとってストレス満載であったに違いない。
「どこかで休憩しよう」
王子のその言葉に戦闘バカが手頃な小部屋がないか探しに走り出した。王子は帯剣に手を添えて辺りを警戒し、魔術師は精神安定に効果があるか分からないが少女に回復魔法を唱える。
淡い虹色の光が少女を取り巻いた。
少女を中心にして渦を巻き、そして霧散する。
「気休め程度にはなっただろうか」
床に謝り続けていた少女がおもむろに顔をあげた。虚ろな瞳をしているが、多少なりとも効果があったらしい。
少女はその瞳のまま魔術師の袖を引くとか細い声で「お願いが……」と口にした。
珍しいこともあるものだ。
村人である彼女は一度たりとも意見したりすることはなかった。言われることを黙って受け入れ、大人しく従うだけの存在だった。
「なら……」
王子を呼ぼうとするが少女に拒まれる。
「あなたに内密でお願いしたいのです」
声は小さいままに、はっきりとした声で訴える。
少女の顔色はまだ悪い。「ごめんなさい」を口にしなくなっただけで、身体は小刻みに震えたままだ。
「なんだろうか」
魔術師が少女と個人的に会話するのは初めてのことである。
それもそのはず、少女の隣には常に王子がいた。
王子は少女にマーキングしているかのように身体に触れ続けていた。手を繋ぐ、肩や腰を抱いて歩くのは序の口、頭に頬を擦り付けたり、夜などは抱き枕にしていた。片時も離れることがなく、まるで恋人のようにも見えた。しかし今は、見張りをかって少し離れたところで警戒してくれている。出会ってから今に至るまで離れている時間も距離も最長かもしれない。
「あの、私には父が決めた結婚相手がいまして、それがイヤで家出をした身なのです。だけど家の跡取りは私しかいなくて。だから、私、自分で結婚相手を見つけて、それで家に戻ろうと決めていたのです。だけどこんなことになってしまって…… もしもの時は、あの、お願いしてもよろしいでしょうか?」
彼女はきっと死を覚ったのかもしれない。
ここは魔王の城である。例え、彼女の力が万全の状態で発揮されていたとしても魔王に遭わないということはないであろう。それに物語で言えば最終局面。魔王だけでなく、一筋縄では行かないような魔物が団体で現れたっておかしくはない。短絡的に彼女がいれば『魔王が現れないんじゃ』などと想像していたことに魔術師は後悔をした。
「それならば、なおさら他の二人にも話しておいた方が……」
もし魔王と対峙するとして、四人の中で少女の次に死が近いのは自分だと魔術師は思っていた。魔法による攻撃も防御も一級品ではあるが、何せ体力が二人と違ってあまりない。生存確率を高い順にすれば、勇者でもある王子、戦闘バカ、魔術師、少女の順となる。もしもの場合が起き、その顛末を伝えたいのならば、二人にも頼んでおいた方が心残りが少ないというものだ。
「いえ、王子様はちょっと身分的に頼みづらいですし、騎士様は私が嫌いなようですから」
「あぁ……」
分かるし、それについては同情の余地しかない。
「わかった。引き受けよう」
「ありがとうございます」
心の靄が一瞬で晴れたように微笑む少女に、魔術師の胸がトクンと弾んだ。初めて味わう経験に辺りを見渡す。得体のしれない瘴気でも漂っているのではと心配になったのだ。だが、側にいる少女にも離れた場所にいる王子にも何ら変化はない。自分だけが感じる違和感に魔術師は顔をしかめた。
「どうかされましたか?」
「いや、なんでも……」
少女にこれ以上心労をかけることがあってはならないと言葉を濁す。
「あの、本当に、本当にありがとうございます」
明るく柔らかな声。
細くしなやかな指が魔術師の手を包み込む。
「どうお礼を伝えていいのか……」
再び、胸がトクンと弾む。
もしや……
魔術師は咄嗟に少女の手から逃れた。視線も少女から逸らす。
「魔術師様は、やはり私の頼み事など……」
落胆した声色が耳に届き、魔術師は視線を元に戻した。見るからに落ち込んでいる少女の姿に慌てる。少女の肩を掴み「違う、イヤなのではない!」と声をあげてしまう。
「おい!」
王子が駆けてきた。ついでに戦闘バカも戻ってくる。
「絶対に約束は守る。信じて……」
魔術師はそう言って、少女から手を離した。
◇◇◇
王子は再び少女から片時も離れなくなった。少女の肩を抱き、迷路のような城の中をつまづくことなく進んでいく。そして、時折、魔術師を睨むのを忘れない。
「にしても、王子。よくまあ、こんなトラップ満載の城内を迷うことなく突き進んでいけますねぇ」
何を隠そう戦闘バカは、再出発して早々、先頭きって落とし穴に落ちた大バカ者である。戦略に長けているはずなのに、こんな簡単な罠に引っ掛かるのもどうかと思うのだが、どうやら罠に引っ掛かる方も得意らしい。また入り口まで逆戻りになると面倒なので、騎士なのではあるが後方支援である魔術師とともに歩いている。
「魔王と勇者は惹かれ合うものらしいからな。無意識の内に呼ばれているのかもしれん」
『勇者は、魔王の力が強まると現れる』というのが通説である。逆も然り『勇者が現れると魔王の禍が広まる』というのもある。
「ふーん。じゃあ、召喚した聖女様に意味は?」
戦闘バカの質問に王子が呆れ返る。
「お前、そんな事も知らないのか!? 異世界から召喚した聖女には魔王を封印する力があるんだよ!」
「でも、聖女様って城だよね? この娘は聖女じゃないよね?」
「何度もいうが、封印ではなく倒せばいいだけの話だ! よく考えてみろ。アレにここまで来る体力があると思うか!? みんなの期待にそえると思うか? 話し掛けても『なんだって?』としか言わんのだぞ!」
魔術師たちが総出で異世界から召喚した聖女は老婆だった。
けして失敗などではない。魔術師たちは、異世界で一番聖なる力を持った純真無垢な乙女を召喚したにすぎない。
魔王をも封印する膨大な力は、長年穢れを知らず生きてきた者に備わるのだ。
とはいえ、その場に居たもの全員の目が点となったのも事実。ゆえに、魔術師は王子に小言をいうことが出来ても、強く言うことが出来ない。
「この娘は聖女とひけをとらない程の力を持っている!」
そう信じたいのは王子だけでなく、魔術師もであった。
王子は少女を離さないまま階段をのぼり、通路を歩く。石壁を叩き、隠し扉を開け、進んでいく。
少女がたまに魔術師の方に目を向けるが、視線を合わせないように気を付ける。ここから一人で帰れと言われても帰れないほど入り組んだ道を歩いてきたのだ。王子に反感を買うことは出来ない。
ふいに、魔物が目の前に現れた。
久しぶりの事で驚く面々。目を真ん丸にして魔物を見つめているが、ここは魔王の城。魔物が現れても当然である。
「俺様の出番だな!」
気を取り直して剣を握り、魔物に向かって走り出す戦闘バカ。
紫電一閃!
一瞬の出来事である。魔物は鋭い刃で真っ二つなり、血飛沫とともに霧散していく。
「さすが俺」
フンと鼻を鳴らし、少女に一瞥くれてやるのを忘れない。
『なるほどな』
突然声が降ってきた。誰もが視線を激しく動かす。
「誰だ!?」
王子が声をあげるか、いなや、辺りの風景が一変した。
瞬間移動だ。
四人は部屋の中央付近に飛ばされたようだ。ここはいわゆる謁見の間であろう。広間には見たことがない、いかにも強そうな魔物たちが両脇に行儀よく並んで、中央にいる四人を見つめている。部屋を二分するように敷かれた真っ赤な絨毯の先には玉座があり、そこに魔王らしき人物が鎮座していた。
「魔王だな!」
「いかにも」
声を張り上げる王子の前に戦闘バカが立つ。
「まずは、俺が!」
「いや、待て!」
王子が戦闘バカを止めるのも無理はない。今の状況下からすれば、圧倒的に不利な立場である。見た通り少女の力にはもう頼れない。百戦錬磨の戦闘バカが善戦したとしても、魔王が一声掛ければ、両脇に控える魔物たちにあっという間に全員殺されてしまうであろう。
「クソ! やはり老婆であれど、聖女の力は必要であったか」
今更である。
「どうするんだ?」
戦闘バカが王子に指示を仰ぐ。
「おい、聖女を今すぐここに瞬間移動出来ないか!」
「出来るわけないだろう!!」
焦った王子は魔術師に無理難題を押し付けた。
瞬間移動には魔法陣がいる。魔法陣は綿密に緻密な紋様を書き込んだもの。作成するのには時間も労力も掛かる。
ここまでか……
唇を噛み、眉間に皺を寄せる。誰もが死を覚った。
気付けば気軽に魔王城まで来たものだ。人の生死に関わることも魔物からの攻撃に遭うこともなく、呑気な旅をしてきたものだ。魔王城を目の前に失くした緊張感を取り戻したものの、それも束の間。結局、後先考えずにここまでやって来てしまった。
「にして、誰をだ?」
魔王が少女を見据えて尋ねている。
彼女に最初の一人を選べというのか、酷なことをさせる。
「あの……」
「そんなに待てぬぞ。早くしなければこちらで選ぶ」
魔王が立ち上がる。すると少女は後方を振り返り、魔術師を指差した。
「か、彼です! 彼を!」
「わ、わたしぃ!?」
こくこくと頷く少女。
『もしもの時はお願いします』
魔術師の脳裏に少女の願いが流れた。
胸が締め付けられ、微かに芽生えた恋心が無惨にも引きちぎられたような気がした。
「そうか」
魔王が指を鳴らした。その瞬間、ほっとしたような表情を浮かべていた王子と戦闘バカの姿が消えた。
「えっ?」
困惑する魔術師をよそにして、魔王が満面の笑みを浮かべている。「ワシも選ぶなら彼だと思っていたんだよ」と笑っている。
「ですよね! 私、お父様に大口を叩いたにも関わらずさっぱりお相手を見つけることが出来なくて。それなのにこんな形で城に戻ってくることになってしまい謝らなくては、とずっと悩んでいたのです。けれども彼の優しい魔法に包まれた時『この人だ』って直感したの。よくよく考えてみれば、彼はいつも紳士的で私のことを大事にしようとしてくれていました。彼にはずっと側に居て欲しいのです」
魔王と少女がグータッチしている。
よくやった! と褒め称えている。
状況が呑み込めないのは魔術師だ。口をあんぐり開けて、目をぱちくりさせている。
「結婚しないって宣言した時にはどうなることやらと心配していたんだぞ?」
「だって、お父様ったら、目玉がたくさんあるヌメヌメした方とか『女の生き血が好物』なんていう浮気しそうな方しかお相手に選んでくださらないんだもの」
ぷうっと膨れっ面した少女の目は優しい。怒っているように見えて実はもう怒ってないって感じだ。
「ちょ、ちょっと……」
魔術師が声をあげた。
「つまりは…… えっ? お願いって?」
「はい、私と結婚してくださるっていうお願いです」
え、そうなるの?
私としては初恋が実るってことだけど……
◇◇◇
リーンゴーン。
魔王の城に場違いな鐘の音が鳴り響く。
純白のドレスに身を包んだ少女、もとい、魔王の娘は満面の笑みで魔術師の腕にしがみついている。
魔王や魔物たちに祝福され、戸惑い続けていた魔術師もまんざらじゃないようだ。
「お父様! 人間たちを真似た結婚式もなかなか乙なものでしょ?」
「ああ! いいっ!」
「お父様も再婚なさればいいのに! ほら、せっかく聖女様が召喚されたのですからお嫁にもらえば」
「でも、老婆なのだろ? 穢れを知らないとはいえ、ワシとしては熟女よりもピチピチのギャルの方が…… お前の母と同じようにな」
「え…… 待って!? 聖女って…… え? 君の母親…… え?」
「あら、知らなかったの? 聖女はね、勇者たちが魔王に差し出す生け贄なの。でも魔王としてはそうじゃない。愛で包み込んでくれる貴重な存在になりうる方なのよ。ね? お父様」
「もちろんだ! もう愛の魔法で包まれたなら、興奮が止まらなくなる! お前も彼の魔法に包まれたんだ。早く愛の結晶が欲しくてたまらないだろう?」
「えぇ、まぁ……」
もじもじする少女が上目遣いで魔術師を見つめた。魔術師はその可愛らしい姿に視線を逸らし頬を赤く染めたのだった。
『聖女』ならぬ『聖男』?
誤字報告ありがとうございます!
気を付けているつもりですが、まだきっと何処かにたくさん潜んでいるかと思われます。『誤字、みぃつけた!』って方がおられましたら、是非ご報告を。お待ちしておりますm(_ _)m