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醜い老婆短編集  作者: ゲロ豚
case2.【若気の至り】
6/12

【⑤】

 闇が、ぎゅっと濃度を増して二人を包む。


「ぶっ殺しちまえばいいんだよ、あいつら全員」


 涼介は、つい先程まで尾崎のことを崇拝するように慕っていた己をひどく恥じた。

 涼介にとって尾崎は、嫌老障に負けることなく前向きに人生を謳歌するモデルケースだったのである。尾崎の存在を肯定することで、涼介もまた己の展望にかすかな光を見出すことができた。

 そんな男の口から語られる狂気の言葉に、涼介はひどく失望した。


 むろん、涼介とて、老人などこの世からすべて消え去ってしまえと願うくらいのことは日常茶飯事である。それは涼介が嫌老障である以上は仕方のないことなのかもしれない。

 それでも、けっして殺意を抱いたことはない。そんな妄想に思い耽ること自体が、涼介にとっては明確に悪だった。


 そんな思いが、はからずも瞳に宿っていたのかもしれない。

 尾崎は拳銃を突き付けられたかのごとく諸手を挙げると、ふっと苦笑して顔を逸らした。


「そんな目を、するなよ。いいか? 俺たちは紛うことなき()()()なんだぜ。老人(あいつら)が存在するってだけで足がすくんで呼吸すらままならない、この世でもっとも悲惨な被害者さ。にもかかわらず、国はなんの役にも立ちやしねえ。俺たちが自分の人生をまっとうしようと思ったら、自分で自分の身を守るしかねえんだ」


 尾崎はふたたび腕を回して、絶妙な力加減で涼介の肩を揉んだ。


「機嫌を直せよ。お前がそこまで怒るとは思わなかったのさ。殺すなんてのはただの言葉の(あや)だ、本気で言っちゃいねえ。だいいち、老人どもが何万人いると思ってる? 皆殺しなんて現実的じゃねえよ」


 尾崎が猫なで声を上げてみても、涼介の瞳に灯った嫌悪の炎が鎮まることはなかった。

 しかし尾崎もまた余裕たっぷりに薄ら笑いを浮かべたままで、涼介の反抗心を楽しんでいるようですらあった。


「殺しなんてする必要はねえのさ。だがよ、こっちだって命がかかってるんだぜ、ちょいと小突くくらいのことはいいだろう? それだけで十分なんだよ。たとえばこの町で、そのへんうろついてるような老人をチョチョイと痛めつけてやるのさ。まあ怪我よりは財布で済ませてやった方が良心的かもな。とにかく、ひたすら老人連中をイジメてやるんだよ、片っ端から、365日。すると、どうなる? この町では老人が狙われているという噂が立つ。高齢者が住むのは危険だという話になる。ボケ老人どもだってそう思う」


 涼介は、饒舌に語る尾崎のことを心底恐ろしいと感じ始めていた。

 もはや、軽蔑ではない。たとえば尾崎の腹一つで己の生命を左右されかねないような、生殺与奪の権をがっしりと握られて二度とは離してもらえないような、そんな圧倒的なまでの恐怖を抱き始めていた。


「一説じゃあ、軽度なのも含めて一万人に一人が嫌老障とも言われてるんだぜ。単純計算で、ここの市だけでも二百人以上さ。俺たちにはそれだけの仲間がいるんだ」

 安心しろ、恐怖を捨てろ、と尾崎の表情が雄弁に語る。


「すでに、同志は集まり始めてる」

 尾崎は一点の曇りもない澄んだ瞳で涼介を見つめて、けっして視線を逸らさなかった。

「お前も来い、涼介」


 傍らを駆け抜けていく車のヘッドライトが、二人を包む闇を切り裂いた。


「俺は自分を自分で守るために、この町で、革命を起こすつもりだ」

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