【②】
それでも、十四歳という若さで二人の理解者を得たことは涼介にとって救いであった。
『今日の夜はおでんだよ。食べに来たら?』
とある日の授業中、涼介のスマートフォンが唐突に面を上げた。
二日は空かない頻度で続く夕食の誘い。逡巡ののち、涼介はやや乱暴にスマートフォンを鞄の中へと放り入れた。
涼介は、なにも返信しなかった。すなわちそれが、同意したということであった。
「やあ、おかえり」
放課後、涼介が帰宅すると制服姿の女性が夕食の支度の手を止めた。
よもや女子高生が一人では食べまいというくらいの具材が、所狭しと鍋を埋めている。開かれた扉から抜けていく気流に乗って、おでんの香りが涼介の鼻先を撫でていった。間もなく十七時になる。
涼介が催促するより早く、夕食は部屋の中心の座卓に並べられた。
六畳一間の部屋は女子高生が一人で暮らす分には事足りるが、二人で食事をするにはやや狭い。スカートの裾から伸びる脚が、たびたび涼介の手に触れる。
それはさておき涼介は、一心不乱におでんの具材を口へと運んでいった。十二分に熱せられた具材が口の中を焼くたびに、慌てて水を口にする。そしてまた、大根。水、がんもどき、水、ちくわ、水、たまご、水。
「相変わらず、美味しそうに食べてくれるねえ」
涼介の様子を傍らで眺めて、山村登喜子は満足げに口角を上げた。
「まぁた、お腹すかせてたんかい?」
そう訊かれると涼介は、鞄の中から無言で弁当箱を取り出した。白滝を咀嚼する口を止めぬまま、ずずい、とそれを登喜子の前へと差し出す。
ひょいと弁当箱を持ち上げてみて、登喜子はため息をついた。
「食べちゃおっと」
弁当箱の中身は、手付かずのまま陽の目を見るのを待ち侘びていた。卵焼き、肉団子、ひじき、蛸の形を模したソーセージ、オレンジ、等々。
「あら、美味しそう」
登喜子は右手でソーセージつまみ上げ、わざとらしく咥えてみせる。その様子を、涼介は眉間に皺を寄せて睨めつけていた。
嫌老障を抱える者のほとんどは、高齢者の作った料理に対しても拒絶反応を示す。
涼介の母親は四十代後半だが、重度の高齢障である涼介にとってはすでに母親の手料理は食欲の湧く対象ではなかった。もっとも、現時点でのそれは我儘の域を出ない程度ではあるのだが。
「明日は、なに食べたい?」
座卓に肩肘をついて、登喜子はまっすぐに涼介の目を見据えた。
涼介が山村登喜子と出会ったのは、一年前の冬だった。
眠れない夜を徘徊していた涼介を見つけて自宅に招いた。けっして、登喜子は誰彼構わず自宅に上げるような女ではなかったが、雪の降る寒空の下、部屋着一枚で凍えている中学生を見かけた場合は話が別だ。
もっとも、涼介の徘徊は眠りたくない、齢を重ねたくないという恐怖心からくる行動だったのだが、その日涼介は登喜子の部屋で、あるいは登喜子の腕の中で心から安らかに眠った。涼介の記憶に訊く限り、それはほとんど生まれて初めてという経験だった。
むろん、登喜子は、恵まれない子どもたちに片っ端から手を差し伸べる慈善活動家ではない。
端正な顔立ちをしている涼介に対し、異性として憎からず想う下心もあるにはある。ただし登喜子自身、涼介を愛らしく思うこの感情が恋なのか、あるいは母性本能なのかを測りかねていた。
子犬のように彷徨い、迷い苦しむ涼介の姿にえも言われぬ胸懐を抱いていた。