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スカウトマンは、迷子を二人拾った。

 

 イストが感じた危険のニオイは、霧散していた。


 ミロクと名乗ったシュラビットは剣と共に殺気を納めてくれたらしい。


 代わりに、砂糖で煮詰めた小豆あずきのような香りが漂い始め、その甘ったるい濃厚さにイストは思わず顔をしかめた。


 ーーースゲェ才能の匂いだな。


 この満ち溢れんばかりの香りかたは、イストと同じ四天王の一人、竜戦士のフィーアから昔感じたものと似ている。


 前衛の才覚……それも、かなりの逸材だ。

 明らかに単独戦闘に特化した存在がこの手の香りを漂わせている時は、要注意である。


 注意深く観察すると、ミロクは鞘に収めた刀の鯉口こいくちから手を離しておらず、ツバを指先でわずかに押し上げていた。


 危険の臭いは感じないが、いつでも抜ける体勢……彼はこちらを警戒しているのだ。


「どうした?」


 イストが黙り込んだことを不審に思ったのか、ミロクが首をかしげる。


「いや……俺はイスト、ただの冒険者だ。だから旦那(だんな)、その刀にかけた手、離してくれねーか? 緊張しちまうからさ」

 

 ロングダガーを鞘に収めて両手を挙げたイストに、ミロクはクック、と楽しそうに喉を鳴らした。


「お主、やはり面白いな。殺気は出さなかったはずだが」

「危ないことに関する嗅覚は、それなりにあるんだよ」


 比喩でもなんでもなくただの事実だったが、片手を懐の合わせ目に突っ込んだ相手は、ピン、と立てていた耳をぺたりと寝かせて目を細める。


「気に入ったぞ。が、一つ勘違いを訂正させてもらおう、イストとやら」

「勘違い?」


 黒ウサギに似た魔物は、トントン、と自分の胸元を叩く。




「ーーー我はメスだ」




「えマジで?」


 全く気づかなかったイストは、自分でも間抜けだと思う声を上げた後に、すぐ謝罪した。


「そいつは申し訳ない」

「うむ」


 イストは、魔物の雌雄を見分けるのはそれなりに得意な方だ。

 

 が、どうやら迫力と貫禄、口調に目を眩まされていたらしい……と考えたところで、気づいた。

 ミロクの、サラシを巻いた胸元は、メスだと聞いてから見ても明らかに膨らみが足りない。


 つまり。


 ーーーひんにゅ


「お主今、何か考えたか?」


 ゴッ! と吹きつけるような勢いで鼻をつく危険の臭いに、イストはブンブンと首を横に振った。


「いや何も考えてないっす。マジで。ほんますいません」


 どうやら視線と表情から、考えを読まれたらしい。


 そしてこの話題が決して口にしてはならない話であることも同時に理解させられた。


 こちらのやり取りをどう思ったのか、そこでクスィーが口を開く。


「あの、何がなんだか分かりませんが……この巣にいるはずの、幼獣たちは……?」


 おずおずと言われて、イストは自分がここに来た本来の用事を思い出した。


「そうだ。ミロク、さん? この巣穴が何の巣穴か知ってますか?」

「いきなり気持ち悪い態度を取るな。普通に喋れ。そしてミロクでよい」


 コンコン、と前足の先で刀の柄尻を叩いた彼女に、イストはヘラヘラと笑いながら何度もうなずく。


「分かった。で、ここが何の巣穴か知ってるか?」

「イノシシの穴だろう? ジジババだらけのイヌどもがいたからな。痩せて不味そうだったから見逃してやったが」


 と、言ったところで、ミロクの腹がグゥ、と鳴る。


「……この際、食うのは人族でも構わんか」

「いや良くねーよ」


 そんなに腹が減っているなら、保存食くらいは持っているのだ。

 干し肉と堅パンを荷物から取り出して放ると、パシパシと片手で受け取ったミロクは、美味そうにそれにかぶりついた。


「助かる。が、しょっぱいし固い」

「それは流石に諦めろよ……」


 保存食なんて、大して旨くないのが常識である。


「で、この場所にブルンドックーの子どもとかいなかったのか?」

「あんなジジババどもが子どもなんぞ産むか。ここにいたのは、多分末期(まつご)の群れだ」


 末期。


 つまり幾度かの子育てを終えた魔獣が、子らを旅立たせて分かれ、残った最後の群れという意味だろう。


 一瞬、主人を失って役目を終えたのかとも思ったが……表に印がついていた以上、主であるレッドブルンは確実にこの場所にいただろう。


 ならば、死骸が巣穴にないのもおかしな話である。


「我はあまりにも腹が減ってな。役目を終えた者たちであれば、殺して食ろうても問題はあるまいとイヌどもを蹴散らして待っていたら、お主らが現れたということだ」


 弱肉強食の掟に従ってな、とミロクは平然と言う。

 しかしその言葉に、イストはポリポリと頭を掻きながら半眼になった。


「……じゃ、連中が荒れてたのは」


 レッドブルンが不在の間に、乗り込んできたミロクに追い出されたからなのだ。


 つまり。


「お前さん、こんな街道の近くでンなことやって、他の連中に危害が及ぶ可能性を考えなかったのか?」

「ぬ?」


 干し肉と堅パンを瞬く間に平らげたミロクは、ペロペロと名残惜しそうに指先を舐めながら、ピン、と耳を立ててこちらを見る。


「街道が近くにあるのか? ならば村や街もあるな?」

「当たり前だろ! ていうかお前さんのせいでクスィーがブルンドックーに襲われたんだぞ!?」

「それは災難だったな」

「他人事かよ……」


 いや実際に他人事ではあるのだが、あまりにもあっけらかんとした態度にイストはため息を吐いた。


 ーーーそういや、シュラビットってこういう連中だったわ。


 何せ戦闘にしか興味がない連中である。

 一度戦い始めると、巨人族にタメを張るレベルの死兵になる。


 敵に回すとこの上なく厄介で、味方にすると頼もしいが際限なく暴れるのでやっぱり厄介、そんな奴らだ。

 

「しかしここがどこか分かるのなら好都合だ。ここらをうろついていたが、山と平原しかないと思っていた」

「確かにこの辺は辺境だけど、そこまで閑散とはしてねーぞ……?」


 普通にまっすぐ歩けばすぐに街道があるような場所で、反対側は海である。


「我は回り道が得意だ」

「つまり迷子か」


 短時間の間に、才能のある迷子を二人も見つけるとは、我ながらいい嗅覚だ。


 そう思いつつイストがクスィーに目を向けると、彼女は視線の意味を悟ったのか肩を縮こまらせた。


「わ、私は不可抗力です! ……多分」

「自信なさそうだな」


 まぁ、彼女の場合は記憶もなく、おそらく《遊離体(ファントム)》なので、言いたいことは分からなくもない。


「でも、幼獣を殺さずに済みました」

「そーだな」


 心の底から安堵した様子のクスィーに同意すると、ミロクが話題を変える。


「ではイスト。我も連れて行け」

「何でだよ?」

「言ったであろう。我は回り道が得意だ。つまり単身では着くまでに時間がかかるか、つかん」

「素直に方向音痴と言え」


 というか、それが人にモノを頼む態度だろうか。


「そろそろ野宿も飽きた。布団が恋しい」

「分かったよ」


 イストはガリガリと頭を掻きつつ、ミロクの申し出を了承した。


 ーーーしゃーねぇ。レッドブルンのことは、村のギルドで依頼を出してから探すか。


 人や魔物のニオイがついた場所にレッドブルンが戻ってくるかも分からない。


 どこかで死んでいればいいが、そうでなければ村や、街道で誰かが襲われる可能性もある。


 ーーーのんびりする予定だったのに、なんか厄介ごとが増えた気がするな。


 今回の査察は前途多難かもしれない。


 そんな嫌な予感を覚えつつ、イストは二人を連れて『ハジメテの村』へ向かった。

 

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