スカウトマンは、勇者の望みを聞く。
魔王アインスと再来した勇者オメガの対決、という茶番。
それらがつつがなく全て終わり、イストは凱旋を終えたカイと会っていた。
場所は、神聖都市ナムアミから少し離れた場所にあるミシーダの街だ。
元来知の都と呼ばれていたここを、イストはナムアミとの共同で、さらに魔法の研究を進めるための提携研究都市とする計画を立てており、その話し合いの後だった。
「オメガの名誉は回復したけど、アルファはこれで良かったのかな?」
「何がだ?」
成長したカイは、少し表情を曇らせながら、原っぱに座ったまま夕焼け空を見上げる。
「オメガの名誉は回復したけど、これってオメガの望んだことじゃないじゃん」
「そうだな」
聖女アルファの内心がどうなのか、はイストには推し量ることは出来ても完全に知ることは出来ない。
「これから先、どうなるんだ?」
「表向きは、色々国同士のいざこざが増えるだろうな。上から押さえつけることが出来なくなった神聖都市側がどう出るか次第ではあるが」
基本的にこれ以上の戦乱を望むようなことはないだろうが、魔族の迫害や邪神に関することなど読めない点も多い。
しかし、それらは仮に魔王政府を存続させていたところで、いずれ対立やアルファの行動次第で表出していた問題である。
「邪神の影響は確実に受けているだろうが、それがどの程度深いものかは読めんしなぁ」
「……助けられるのか?」
カイの言葉に、イストは眉根を寄せた。
「救いたい気持ちはあるけどな……」
正直、どうなるかは未知数だ。
事と次第によっては、殺さなければならなくなるだろう。
そこに関して確実に助ける、とは言えない。
分かっているのは、邪神に関して調べ続けた結果、邪神がかつて封印されたこと、その封印が未だに解けていないことだけは分かっている。
しかし邪神の影響を受けた者がどうなるのか、救われるのか、という点については記述がなかったのだ。
「そっか……」
説明を受けたカイは脇にあるレーヴァテインを……オメガの魂が宿った聖剣を撫でた。
そして、意を決したような顔で立っているこちらを見上げて、言葉を重ねる。
「なぁ、イスト」
「何だ?」
「オレ、勇者やめるわ」
「……………………………………は?」
思いがけないことを言われて、イストは反応が遅れた。
「やめれんのか? そんなもん」
「オメガと話し合った。やめるっていうより、『勇者の力』を手放そうかと思って。それは可能だって、アイツが言ってたから」
「何のために?」
カイの持つ『勇者の力』が不完全なものであること、は、イストも把握していた。
『ザツヨー奇書』に、その力の一部を封印した、という記述があり、さらに読み解いていくと、完全なる勇者とやらは『竜の魂』と言われる世界で唯一の魂を持つらしいことが分かったのだ。
アインスが調べた結果、カイには勇者の力はあっても、その魂は持っていないらしい。
「オレが完璧な勇者じゃないとかは、どうでも良いんだけどさ。邪神に対抗するには、勇者と、魔王と、修羅の間に絆が必要だったり、そういう話があったじゃん」
「ああ」
「でも、オレ、アインスの爺ちゃんとかツヴァイよりも、イストの方が好きなんだよ」
沈みかけた夕日に目を向けたカイは、さっぱりした顔をしていた。
「オメガの名誉は回復したし、これから修羅も探さないといけない。でも、いつまでかかるかわからないだろ?」
「……そうだな」
偶然生まれる存在が、本当にいつ生まれるのかを知る者はいないのだ。
そしてカイの言うことも分かる。
絆というものがどうやって生まれるのかは分からないが、カイと誰の絆が一番深いか、と言われれば、アインスでもツヴァイでもない。
凱旋の後、結婚を申し込んだという幼馴染みの薬屋の娘、スティと、勇者として覚醒した時に共にいて、成長を見守った自分、あるいはタウだという認識はあった。
「だから、オレ、イストと同じになろうと思って。アインスの爺ちゃんに、不死の呪いをかけてもらって、イストたちの手助けがしたいんだよ」
「……良いのか?」
それは、まさに結婚相手であるスティに先立たれることと同義だ。
だが、カイはうなずいた。
「アイツ寂しがりだから、オレが先に死ぬわけにはいかねーし。こんだけ色んなこと知って、放っといて死ぬのも嫌だしさ。アイツとは、ちゃんと話し合った」
それでも、死ぬまで一緒にいてくれるって、と呟いたカイは、どこか嬉しそうだった。
「だから、勇者の力は手放して……新しい勇者と、修羅と、魔王で。もちろん新しい勇者とか修羅とかいう奴らが望めばだけど、ソイツを助けたりしたいなってさ。今、結婚して隠居すりゃ、オメガの名前だけ残る。オレは、ただのカイに戻るよ」
「そうか……」
その成長した横顔を見て、イストは思わず笑みがこぼれた。
懐かしいオメガと同じ香りが強く漂う。
誰かを助けたい、というその想いは、間違いなくカイの本質であり、これ以上勇者に向いた性質もないだろうが。
同じように、彼が新たに望んだ道も彼に合ったものなのだろう。
「お前さんがそうしたいなら、そうすりゃいい。俺は、その決断を尊重するさ」
ポン、と彼の頭を撫で、イストはさらに続ける。
「ありがとな」
「礼とかいーよ。こんなの、ただのオレのワガママだし」
「俺が礼を言いたかったんだよ」
カイが照れ臭そうに頭を横に振ったので手をどかし、イストは彼と同じ方向に目を向けた。
「今まで勇者の役目、良くやってくれた。お疲れさん」
「うん」