スカウトマンは、蔵書殿に向かうようです。
ーーー九龍蔵書殿。
アルファとの対話から数日後に、イストはそこを訪れていた。
同行しているのは、フィーアとラピンチ、メゾ、そしてカイとミロクだ。
魔王アインスと四天王のドライは、イストの計画を詰めるために魔王城に戻っている。
クスィーたちも同行を希望したが、彼女らも彼女らで身分がある。
本人たちは捨てたものだと思っているだろうが、完全に身の振り方を決めるまでは、と魔王城側に行かせていた。
「そろそろだな」
イストが風を感じながらワイバーンの背の上から見下ろした街は、巨大な神殿のような施設が街の中心に存在している。
「カイ。あれが〝九龍蔵書殿〟だ」
「あの中、全部『本』なのか!?」
足の間に座っているカイが驚いたように目を見開くのに、イストはうなずいた。
「かつて存在した王国は、現代の魔法体系を確立した『知の都』だったと言われている。今は魔道士協会の本部がある『ミシーダの街』が魔法研究の最前線だけど、古代から現在に至るまでの資料の量については、ここが一番だな」
蔵書殿自体には、世界征服の戦時中にも訪れたことがある。
『蔵書を焼かない』という条件で不戦協定を結んだ時、ツヴァイが中の蔵書を読み漁っていた記憶があった。
その彼女は、手綱を握るイストの後ろに乗っている。
「ツヴァイ、起きろ。そろそろ昼だぞ」
「んー……」
相乗り状態で、ぐったりとこちらの背中にもたれていた女に声をかけると、呻きながらもぞもぞと動き始めた。
朝が死ぬほど苦手なツヴァイは、早朝の出発早々寝こけていたのだ。
「出来れば夕方頃に起こして欲しいんだがな……」
「やかましい。ならワイバーンの背中の上で寝とけ」
必要だから連れてきたので、実際にそれをされたら困るのだが。
何せ多分、アインスの言った蔵書を読めるのが魔王自身か彼女、もしくはドライしかいないのである。
『ザツヨー奇書』と言われているらしいそれは〝旧魔導文字〟で描かれたものらしいからだ。
イスト自身は旧魔導文字そのものは苦労しながら勉強して読めないことはないのだが、奇書そのものに結界術が施されているのだという。
『特定以上の魔力の持ち主しか読めない』と言われてしまえば、イストに読めるわけがなかった。
「つーいた!」
そうこうする内に、ワイバーンに自分の翼で追走していたフィーアが、シュタッとワイバーン降着場に降り立つ。
すると、周りの者たちが驚き、すでに休んでいたワイバーンたちが慄いたようにざわついた。
人間はフィーアの特徴的な姿で正体を察し、竜たちは本能的に相手のヤバさを感じ取ったのだろう。
「懐かしいな」
続けて着陸したワイバーンから地面に降り立ったツヴァイが、大きく伸びをする。
たゆん、と大きな胸を揺らしながら遠くに見える蔵書殿に向けて、楽しげに目を細める彼女の色香に、男たちの目が釘付けになった。
「オヤジが言ってたモンは、お前さん読んだことねーのか?」
さっさとこの場を後にしたいと思いつつ、イストはツヴァイに問いかける。
ツヴァイは、質問に対して首を横に振った。
「ないな。おそらくは秘書、もしくは倉庫棚のものじゃないのか?」
そもそも、旧魔導文字で書かれたものを読める者も少ないが、アインス……正確には伝聞した霜の巨人いわく、内容も『並大抵では信じない』と言われるようなものらしい。
「何が書かれているかは知らないが、非常に楽しみだ」
「いや、どー考えても楽しい内容ではなさそうだけどな……?」
何せ邪神に関する記述であるというのだ。
どう考えてもキナ臭い……イストの望む、のんべんだらりとした平和とは真逆の内容である。
ツヴァイは鼻を鳴らし、笑みをさらに深めた。
「だから良いんじゃないか。戦乱の香りがするだろう?」
「強いヤツと戦えるのかなー!!」
「ほう、お主ら気が合うな。らしくないヤツを最初に見たが、マトモな連中もいて何よりだ」
「ちょっと待て誰のことだ」
どう考えても、この戦闘狂の女性連のほうがおかしいのだが。
イストが首を傾げていると、キラキラした目で周りのワイバーンたちを見回していたカイがふとこちらを見る。
「イストは戦うの嫌いなのか!? 体鍛えてるし冒険者なのに!」
「嫌いだよ。訓練とか手合わせは好きだけどな」
実力もないのに人狼化したタウみたいな連中を相手にしてれば、自然とそうなる。
そもそもイスト自身まで出張らなければならないような戦闘と言えば、ツヴァイやフィーアの力押しでどうにもならなそうな局面なのだ。
毎回毎回、必死こいて頭を使って戦う羽目になるし、巻き込まれたら一撃で吹っ飛ばされるし、〝魔人化〟すれば先日みたいに後から苦しむことになる。
「命の奪い合いを楽しむなんてのは強者の特権だ。もしくはバカの所業だ」
「フィーア、バカじゃないよ!」
「挑発するとは良い度胸だな、イスト。戦りあうか?」
「愉しさを教えてやろうか? 我はいつでも歓迎するぞ」
ーーーよし、無視しよう。
こいつらはダメだ。
フィーア以外は、冗談が通じた上であえてボケてくる。
それも九割くらい本気で。
背中に冷や汗を垂らしながら、何でもない顔でイストは蔵書殿に向かって歩を進めた。