スカウトマンは、自分の考えを述べる。
「「「「「「……は?」」」」」」
イストの提案に、ドライ、ツヴァイ、アイーダ、ゼタ、クスィー、タウの声が重なった。
カイとフィーアはよく分かってない様子で周りをキョロキョロしており、アインス本人に至ってはますますおかしげに口元を緩める。
「おぬしは、相変わらず突拍子もないことを言い出すのう」
「そうか?」
「しかし、理解が追いつかぬ。順を追って話してくれるかの?」
アインスの言葉にうなずき、イストは指でトントン、と机を叩いた。
「俺がまず考えたのは、『魔王に関する悪評を流すことで、相対的に勇者の名誉を回復する』ってことだ」
誤情報の流布は、情報戦術の基本である。
策を弄し、相手を混乱させることで目的の達成をたやすくする。
また自陣の士気を高めると同時に、相手の士気を削ぐために、あえて誇大広告を打つこともある。
その広告を、逆に適用するのだ。
「そのためにまず『魔王は昔、勇者オメガに受けた傷が原因で死んだ』って噂を流す」
「ふむ。……それが名誉の回復に繋がるかの?」
アインスは、イストの提案にアゴヒゲを撫でた。
「現状の、儂の元で平和に統治された世の中では、むしろ勇者にますます悪評が集まる可能性の方が高いのではないかの?」
その反論をしたのはわざとだろう。
こちらが話しやすくするために合いの手を打ってくれているのだ。
「そう。オヤジの言う通り、この情報流布に関しては直接の名誉回復には繋がらない。当然布石だ」
「続きを聞こうかの」
「オヤジが死んだことにして、次の魔王を立てる。そして、その次の魔王に関する悪い噂をばらまく」
税を重くして民衆を苦しめているだとか。
どこかの人族の村を滅ぼしただとか。
「実際にはやらないが、その悪評の根元を確かめる手段は多くの民衆にはない。『魔王』という肩書きの評判を落とせば、相対的に勇者を求める機運が高まる。これが第二の布石だ」
名誉を回復するための下地である。
すると、黙って話を聞いていたドライが軽く目を細めて口を挟んできた。
「治世に影響が出る。賛同しない」
「ずいぶんと回りくどく感じるね。勇者の英雄譚でも流せばいいように思えるが?」
ドライとツヴァイの言葉に、イストは指を立てて左右に振った。
「勇者の名誉をアルファが望む形まで回復することと、魔王の治世を円満に継続することは並び立たない。世間的には、勇者ってのは魔王に対抗する存在として認識されていて、その認識は根強いからな」
イストは、反論を重ねたツヴァイの目を覗き込んだ。
「だから俺は表向き〝魔王の影響力〟を世界から消す」
その言葉に、彼女は褐色の美貌に訝しげな表情を浮かべた。
「……権力を手放す、ということか? そんなことをして乱世に戻れば、何のために世界を征服したのか分からないだろう?」
「権力は手放さない。だが、形を変えるんだ」
そのこと自体は、イストがしばらく前から考えていたことだった。
立場が窮屈であることや、アインスもいつまでも生きてはいないこと。
組織の巨大さが、自分たちで維持するには負担が大きすぎること。
今はまだ、イストがスカウトしてきた者たちも、四天王も健在で、憂いはないが。
「話が読めないが。そんな方法があるのか?」
「ああ。武力による直接統治から、富による間接統治に切り替えるんだ。……つまり、商人として裏から権力を握る形にして、表舞台から消える」
イストの提案に、ツヴァイが理解が追いつかないようだった。
目まぐるしく何かを考えているように視線をジッと一点に集中したまま軽く指先でこめかみを叩きながら、ちらりと横に立つ仲間に目を向ける。
「……ドライ。そんなことが可能なのか?」
「理論上はね。でも、そんな形を作るための下地がない」
あっさりと答えたドライの方は、イストの考えをほぼ理解しているのだろう。
そんな彼女に声をかけようと口を開く前に、アインスが首を横に振った。
「いや、下地はあるのう」
「……?」
ドライが不思議そうに首をかしげるのに、アインスはイストの方を向く。
「答えを言っていいのかの?」
「ご自由に。間違ってたら訂正するさ」
「うむ」
昔から茶目っ気を忘れないアインスは、問題の答えを知っている子どものような得意げな顔で答えを口にした。
「冒険者ギルド。……武力の形を兵から冒険者へと変え、世界中の商人と繋がりを持つこの組織を利用するのじゃろう?」
「ご明察だ。さすがだな、オヤジ」
イストは一発で言い当てた義理の父に、拍手を送った。
「他にも、魔道士協会もある。聖教会に匹敵する魔法系の武力を持つ組織がな」
魔王を倒した勇者と、次代魔王の悪評。
そこからの勇者を求める機運。
並行して、冒険者ギルドや魔道士協会に徐々に権力を移し、牛耳ることで各国を牽制する形を整える。
「そこまで来たら、今度は聖教会を利用する。その中に潜入してな」
「意図は?」
「聖教会主催で、勇者を募るんだよ。魔王を殺した〝聖剣レーヴァテイン〟を手土産にしてな。……そうだな、武闘大会とかでいい。名前は〝勇者の祭典〟なんてのはどうだ?」
イストは、カイに目を向けた。
「【神器】と呼ばれる武具を手に出来る者たちを各国に選定させて、覇を競う。勝ち抜いた者が聖剣を手にする」
「で、そこにカイくんを参加させるわけかの?」
アインスの言葉に、イストはうなずいた。
「ああ。どうせレーヴァテインの持ち主はカイだ。鍛えれば鍛えただけ強くなる資質もある。祭典を勝ち上がり、勇者オメガの聖剣レーヴァテインを受け継ぐ少年……そいつが、次代魔王を倒したら」
「オメガの名誉も、カイの活躍によって回復する……」
ようやく合点がいったのか、ツヴァイがおかしげな笑みを浮かべた。
「君は、よくそんなことを思いつくな。面白い」
「人を集めるために、冒険者養成学校なんかを作って、そこの卒業時に『神託』みたいなもんを受けさせるのもいいな。見込みのありそうな奴に『お前には勇者の素質がある』なんて言ってな」
そんな軽口をイストが叩くと、もう一つの筋について考えていたらしいドライは、軽くメガネの縁を押し上げた。
「ギルドの運営構造をより洗練させて、裏から牛耳る……実態を権力一点集中から、蜘蛛の巣のような網の目構造に変化させ、問題だけに対処する……悪くない」
権力を失うことなく、構造だけを変質させることに、ドライは興味を持ったようだった。
イストは、それらの構想の先に話を進めた。
「そうして魔王亡き後、魔の国は世界を牛耳る国から、魔族の暮らすただの小国の一つになる。同時に、聖教会を利用して歴史の表舞台から『魔王に統治されていた』という事実を極力消し、オメガは魔王と相討ちになったという偽の噂を流す。……ま、五十年も経てば大体の奴は死んで、真実は闇の中だな」
普通の人間には気の遠くなるようなスパンの話だが、不老の呪いを持つイストと長寿の魔族なら可能な計画だ。
「それで、魔王やめねぇ? というわけじゃの」
「そういうこった」
「計画は理解した。が、イストよ」
「何だ?」
アインスが手のひらを打ち合わせ、続く言葉とは裏腹に生き生きとした目で問いかけてくる。
「ドライとツヴァイは納得したようじゃが、そのゲームとおぬしの弟の名誉のために、儂がそれに従うメリットは何かの?」
イストは、その言葉にニヤリと笑いながら彼の顔を指差した。
「オヤジを魔王の立場から解放して、代わりに自由をくれてやることだよ。ーーー最高の報酬だろ?」
「乗った」
「「そんなあっさり!?」」
まるで話についてこれていない様子だったアイーダとゼタが、揃って声を上げる。
「何を驚いておるのじゃ?」
「ま、魔王陛下のお立場ってそんなに軽いものなんですか!?」
「わ、我々はクスィー様のお立場を諦めるのに、どれほど葛藤したと……」
双子の言葉に、アインスがクスィーに目を向ける。
「ふむ。……世の中が平和ならば、別に立場に固執するつもりはないがの。おぬしはどうじゃ?」
「同様の考えにございますよ、陛下」
ニコニコと笑みを交わす魔王と神聖都市の皇女に、タウがやれやれと頭を横に振っているのが見えた。
「なぁ、タウ」
「何だ?」
「策は今口にした通りだが、俺にはもう一つ気になることがあってな」
タウが目で先を促すのに、イストは言葉を重ねた。
「アルファの信奉する神は、どことなくきな臭い。あの天使にゃ神聖さよりもどこか無機質さを感じた。……何か、秘密がありそうなニオイがする」
「……そいつは、俺も感じてた。それを探るのか?」
「ああ。神の記述に関する資料を片っ端から当たりたい。問題は、世間に流布してる通り一遍の資料で足りるかどーかなんだが……」
神聖都市の最奥にはそうした資料もあるだろうが、秘匿されていればそれらを調べる手段はないし、何より潜入するのには時間がかかる。
そう悩んでいると、アインスが真っ白なアゴヒゲを撫でながら、一つの情報を口にした。
「一つだけ、神聖都市以外にそうした資料がありそうな場所に心当たりがあるがの」
「どこだ?」
「〝九龍蔵書殿〟ーーーかつて九龍王国と呼ばれた場所の跡地にある街の、古文書を保管する蔵書殿じゃ」
九龍王国。
それは、歴史上に存在し、今は滅んだ大陸中央にある小国の名だった。
「その蔵書殿に、ザツヨー・ガカリと呼ばれた男の遺した文献があると、我が師父である〝霜の巨人〟から聞き及んでおる」
「内容は?」
イストの問いかけに、アインスは深遠な色を瞳に浮かべながら、少し声を低くして告げた。
「神や魔王ではなくーーー邪神、と呼ばれるモノに関する記述だということじゃ」




