スカウトマンは、大物の出現にうんざりする。
「君は本当に締まらないな、イスト」
たっぷり半日眠ってから目を覚ましたイストに、顔を見せたツヴァイがニヤニヤとそう告げた。
「ほっとけよ……」
終わり良ければ全て良しを信条とするイストだが、魔人化の後に襲ってくる全身の痛みは寝たくらいでは治らない。
二、三日はまともに動けないだろう。
「で、今後はどうする気だ?」
「その話は、全員揃ってるところでやろう。特にクスィーとカイについては、あいつらの身の振り方に関わる」
聖女とのゲームをどうするか、も大事だが、彼らに何かを強要してコマとして使うつもりはイストにはさらさらなかった。
クスィーの故郷である神聖都市をどうするかについては、相談しなければならない。
また、カイが村に残りたいと言えば、聖女に身柄を狙われる可能性もあるので村の護衛をどうするかを検討しなければいけない。
そちらも、彼の要望を聞く必要があった。
呻きながらどうにか体を起こしたイストが痛む体を引きずって食堂に向かって階段を降りると、そこに一人の老人が座っていた。
その周りに、四天王の残り二人と、タウ、カイ、ミロク、三人娘の全員がすでに揃っている。
「……おい」
「なんだ?」
ツヴァイに半眼で声をかけると、彼女は軽く小首をかしげてみせた。
分かっていて問い返している。
それにため息を吐いたイストは、すまし顔で手をあげる老人を指差した。
「なんでオヤジがここにいる?」
「大事な話をすると言われての。まさか仲間外れにする気かのう?」
言いながらアインスがとぼけた様子で片目を閉じるのに、イストは眉根を寄せて語気を強めた。
「そういう問題じゃねーだろ!? 魔王のくせになんでわざわざこんな敵地間近の辺境に出張ってんだって聞いてんだよ!」
「おぬしも四天王の仕事を他の連中に押しつけて出張っておるではないか、バカ息子よ」
ほっほ、とアインスが笑うと、彼の顔を知っているタウと四天王以外が次々に反応する。
「「魔王陛下……!?」
「この方が……」
「えぇ!? 爺ちゃんそんなスゲー人だったのか!?」
「人ではないが、只者でないと思ったら魔王か」
戦慄した様子のアイーダ、ゼタと違い、他は相変わらずの反応である。
するとそんな人々に向かって、アインスはヒラヒラと手を振って見せた。
「うむ、かしこまらなくてよいぞ?」
「言われてかしこまらねー人間はそもそもかしこまらねーよ」
テーブルに向かい、アインスの正面にある椅子に腰を下ろしたイストは軽く頭を掻いた。
「まぁいーや。始めようぜ」
とりあえず全員に情報を共有するために、昨夜起こったことを話したイストは、改めて問いかけた。
「クスィーは、これからどうする?」
「イストさんの決定に従います」
クスィーは即答した。
予め答えを決めていたようだ。
「神聖都市の乗っ取りに関しては、査察を出すことは可能で、今のタイミングなら多分取り戻すことも出来る。だが、大規模ではなくとも局地的な内戦にはなるが」
イストがそう問いを重ねると、クスィーは目を伏せて、首を横に振った。
「そうしたことは、望んでいません。伏した父も、同様の考えかと思いますし……かの聖女が民を害さないのであれば、私自身の地位に固執するつもりはありません」
「……そうか」
彼女にとって苦渋の選択ではあるのだろうが、イストはあえてそれ以上突っ込まなかった。
「カイはどうする?」
「何が?」
「お前さんは聖剣を手にしたが、自由を奪うつもりは俺にはない。村に残りたいなら好きにしていいし、冒険に出たいなら護衛をつけるが」
「え? オレ、魔王城に行くんじゃねーの?」
頭の後ろで両手を組んだカイは、キョトンと、まるで当たり前のようにそう言い返してきた。
逆に拍子抜けしつつ、イストは首をかしげる。
「……それでいいのか?」
「むずかしーことはよく分かんねーけど『勇者ってスゲーんだぞ』って皆に思わせるようにあのクスィーさんと同じ顔のねーちゃんと戦うんだろ?」
「大筋間違ってないな」
「なら、オレがイストと一緒に行って、スゲー奴になったらいいんだよな!」
任せとけー! と拳を突き上げるカイに、イストは笑みを浮かべる。
「もう十分スゲーけどな、お前さん」
するとそこで、タウが口を挟んできた。
「なら丁度いい。俺も一緒に連れて行ってくれや。カイの保護者あたりの立場でよ」
「いいのか?」
「ここに居ても大して役に立ちゃしねーからな。そいつも魔王城で引きこもってるわけにゃいかねーだろうし、一緒に旅でも出来る奴がいた方がいいだろ」
イストは、その言葉に片眉を上げた。
「でもお前さん、動けるのか?」
「そこの竜戦士につけられた傷なら、治った。満月花の効果かユグドラの絞り汁のおかげか知らねーがな」
ニヤリと笑ったタウは、自分の足をポンポン、と叩きながら意味ありげな笑みをフィーアに向ける。
「え? 誰、おっちゃん?」
「おめー、ごしゅじんと戦ったことがあるのか? ナァ?」
突然水を向けられたフィーアがキョトンとするのに、パタパタと飛び回っている幼竜ラピンチが一丁前に護衛であるかのようにタウをにらみつける。
「俺の本名はプサイだ。元はオメガのパーティーの一人だよ」
タウがそう名乗ると、フィーアが『ああ!』と声を上げて彼を指差した。
「あ、あの全然攻撃当たらなかったヤツ! ……老けたね?」
「ほっとけよ! 普通の人間はそこのズルイストと違って歳食うんだよ!」
「別に好き好んで不老の呪いを受けたわけじゃねーんだが……」
素直な彼女の言葉でなぜかこちらが罵倒されたので、イストは少し納得いかなかった。
だが、そこを膨らませても仕方がないので話を続ける。
「とりあえず、俺が考えた作戦に関して言えば、二人は最良の形でイケそうな選択をしてくれたからな。なんとかなりそうだ」
「何か考えがあるようじゃの?」
「ああ。勇者の名誉を……オメガの名誉を回復するゲームについちゃ、それなりに考えがあるよ」
おかしげな様子のアインスを横目で見て、イストは笑みを浮かべる。
「ーーーオヤジ、魔王やめねぇ?」