スカウトマンは気絶する。
アルファが姿を消したところで、イストは大きく息を吐いた。
「疲れた……」
もう正直、頭が回らない。
しかも仲間たちの顔を見ると、皆一様に不満そうだった。
「なんだよ?」
「せっかく来たのに出番ないじゃーん! 暴れられると思ったのにー! フィーア、超欲求不満なんだけどー!」
声をかけると、一番最初に竜戦士の幼女がぷっくー、と膨れながら地面を踏み鳴らす。
「軽く地面揺れてんだけど。魔力込めて地団駄踏むな」
「今回ばかりは、ボクもフィーアに同意かな。転移魔法の分、無駄に魔力を消耗しただけじゃないか。この責任はどう取ってくれる?」
「時間を無駄にした。厄介な約束のせいで仕事も増えた」
ツヴァイとドライも口々に言い、疲れも相まってカチンと来る。
「うるせーな、言ったってしゃーねーだろ! この場で他に手段あったか!?」
「あの聖女を殺したら済んだ話じゃないか」
「万一取り逃したら、それこそ全面戦争だろうが!」
「なるほど、弟との約束を守るための素晴らしい大義名分だな?」
「ぐっ!」
バレている。
何もかも見透かしていそうな調子のツヴァイに思わず言葉を詰まらせている横で、ドライがメガネの奥から冷たい目で夜空を見上げた。
「相手が、きちんと約束を守るかどうかは分からない」
その冷静な言葉に、イストは頭を掻いた。
「……匂いが変わったから、大丈夫だと思うんだがな」
上司であり、問題解決の実務に当たる彼女にはそこまで強くは出れないが、それでもきちんと感じたことは伝えた。
するとフィーアを含めた三人は目を見かわし、一応納得したように頷く。
イスト自身の信用はともかく、自分の〝鼻〟のことを知っている連中はそれを疑うことはない。
彼女ら自身も、この鼻をきっかけにして、今の地位にいるからだ。
そこで高速で空気を切る複数の羽音が響き渡り、上空に巨大な群れの影が現れて旋回し始めた。
騎竜兵隊だ。
「向こうも、無事に終わったようだね」
ツヴァイが、おそらくは彼女の作り出した爆弾を撒き終えた騎らしい竜兵隊の姿を見上げて、笑みを浮かべる。
「ラフレシアンは退治出来たのか?」
「少なくともこの山にはもういないな。孵化した分の天使は、あの女が連れて帰ったんだろうね」
そこで、騎竜兵隊から一つ小さな影が離れ、翼をパタパタと羽ばたかせながらこちらに降下してくる。
月明かりに照らされたのは、フィーアがどこかで拾ったらしい幼竜だった。
「ごしゅじんー!! 俺っち、言われた通りにやったぜー! ナァ!?」
褒めて褒めて、と言いたげにパタパタと彼女の周りを飛び回る幼竜を、フィーアはニコニコと褒める。
「えらいよラピンチ! すごくえらいよ!」
「そーだろー!? ナァ!? そーだろー!?」
楽しそうな二人は放っておいて、イストはドライに声を掛ける。
「なら、もう一つ向こうの山を見に行かせてくれねーか? ゴブリンの集落が向こうにあるから、魔獣が残ってたら……」
「ああ、それに関しては心配ねぇ」
イストの言葉を遮ったのはタウだった。
腰を落としたまま、こちらも疲れた様子で腕を軽く振る。
「ラフレシアンは全部こっちに連れてきた。奴ら、実は聖水の香りで誘導出来るんだよ」
「……そうなのか?」
「ああ。勝手にどっか行ったのが数体いるだろうが、多分山全部をしらみつぶしにするほどは逃げてねーはずだ。そもそも奴らは本来、天地の魔力が強い場所でしか繁殖出来ねーしな」
この辺りにはそこまで強い魔力溜まりがない、と続けた彼に、イストはうなずいた。
「なら、冒険者ギルドで依頼を出せば済むか。そういや、繁殖はどうやったんだ? お前さん、あそこまで自分では行けねーだろ?」
「動けない時期はアルファの手下がやってた。ずいぶん親切だとは思ったが、奴にも思惑があったんだな……」
人狼にされたことを、そこまで恨んだ様子もないタウは、サバサバと続ける。
「で、こっからどうする? 俺はもう抵抗する気はねーが」
「……アルファを殺さなかったのに、お前さんを殺すわけねーだろ」
でなければ、なんでこんなに苦労したのか分からない。
そして、イストはふと気づいてここで知り合った者たちに目を向けた。
こちらを見つめている、双子とミロク、カイとスティ、そしてクスィー。
ーーーああ、そういや謝らなくちゃな……。
やっぱり頭が回っていない。
こんな重要なことを忘れていたなんてな、とイストは彼らに向かって歩き出した。
「連中も、見るからに手練れだの。先ほどのお主といい、世の中は本当に広い」
「そりゃ一応、奴らはうちの最高峰だからな。……ケンカ売るなよ」
「残念だの」
どこかワクワクした様子のミロクに、一応釘を刺してから、イストは他の面々に目を向ける。
なぜかは分からないが、ミロク以外はどこか緊張した様子を見せていた。
「どうした?」
「……お前は、本当に魔王軍四天王なんだな……」
「あんな強大な連中を前にして、緊張するなって方が無理でしょ……」
イストは慣れているが、アイーダとゼタは、先ほど三人がアルファに対峙した時に放っていた気配の圧に少し萎縮したらしい。
「まぁ、確かに強ぇけど、別に無差別に人を殺したりはしねーから安心しろよ」
そして、クスィーに向き直ったイストは、言いづらさを押し殺して口を開いた。
「あー、その……悪かった、クスィー。それにカイ。お前さんたちを勝手に交渉材料に使った」
クスィーの体が目の前にあったのに取り戻すこともなく、カイに聖女に目をつけられる理由を与えてしまったのだ。
「責任を持って、お前さんたちの安全は保証する」
イストは、彼らに頭を下げた。
しかし二人は顔を見合わせると、どちらからともなく笑みを浮かべる。
「私は気にしていません。全員を救おうとしたイストさんは素敵ですし、体なら、もうここにあります。イストさんが止めなければ、アイーダさんたちに殺しても構わないと告げた体です」
「オレ、大事なスティを守れたからなんでもいいよ!」
「カ、カイ……!?」
はっきりと告げたクスィーと、浄火の鎧が消えて元のヤンチャそうな様子を取り戻しているカイのカラッとした明るさに、イストは少しホッとした。
「これから、どうなさいますか?」
「とりあえず、ハジメテの村に戻ろうぜ……少し大所帯になったが」
四天王の三人も、とりあえず村に連れて行かなければならない。
本当に万一、アルファが襲ってきたら今度こそイストらだけでは太刀打ちできないだろう。
村の安全は最優先で確保する必要があった。
少し窮屈だが、護衛として全員で宿に泊まり、警護体制をどうするかを話し合わなければならない。
「タウ、良いか? ちょっと人数が多いが」
「命を助けてもらって、人狼病を治してもらって、ギルドの雲の上にいる連中が四人揃ってて、嫌だとは言えねーだろ……」
タウはそう言い訳を並べ立てたが、単なる軽口の類いだろう。
「なぁ、カイ。ありがとよ」
「!? なんだよ、タウのおっちゃんが礼とか気味悪いぜ!?」
「テメーが今まで感謝されるようなことしてなかっただけだろうが!?」
イストは、嬉しそうな二人のそんなやりとりを目を細めて眺めた後、足元がふらついて、思わずクスィーの肩に手を置いてしまった。
「イストさん!?」
「悪ぃ……ちょっと、そろそろ……」
魔人化には、副作用がある。
一時的に上位魔族並みに身体能力を底上げする代償は、発動時間が短い程度では収まらなかったのだ。
極端な疲労による失神。
いつも、あの力を使った後にくるそれが、イストに襲いかかっていた。
アルファの襲来で気を張っていたのも、もう限界に達している。
「後……よろしく……」
最後にそれだけをつぶやいて、イストは意識を失った。